L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

『ティンダロスの猟犬』を読むと意外にも……

「ティンダロスの猟犬」といえばクトゥルフ神話好きなら、ほぼ100%の認知度があるってくらいの超有名キャラですよね!
猟犬とは言いますが異次元の生物なのでイヌとはまるで違う姿をしているという神話的生物なのです。

ですがゲームやビジュアルなどではおなじみのこのティンダロスの猟犬の登場する作品、
その名も『ティンダロスの猟犬』を読んだことがある人はどのくらいいるでしょうか?
作者はフランク・ベルナップ・ロング・ジュニア(Frank Belknap Long, Jr)で米国の『ウィアード・テールズ』といった
パルプフィクション(大衆小説雑誌)に作品が掲載されていたホラー・SF小説作家です。
ロングの作品として最もポピュラーなのは短編小説『千の足を持つ男』でしょうか。邦訳もいくつかのバージョンが出ています。
そしてくだんの『ティンダロスの猟犬』もまたロングの代表作なのですが、この作品が読めるのは
『暗黒神話体系シリーズ クトゥルー5』(青心社)の中に収録されているくらいなんですよね。

今回、私もキャラの名前は知れど、どんな作品なのかを確かめるべく、この本を取り寄せて実際に読んでみました。
なんと文庫本にして27ページしかない本当に短い短編でした。本当に短い。
何本もの短編や連載小説を掲載するパルプ・フィクションの作品の中でもかなり短い作品です。
そのためストーリー的にもたいした内容ではありません。ちょっとしたエピソードですね。

読んでみたいという人も少ないでしょうから簡単に要約すれば「友人が死んだ。それはティンダロスの猟犬のせいだ!」
以上です。本当にそんなものです。
なにしろ作品の主人公(視点)はティンダロスの猟犬を見ていないんですよ。友人からこんな存在だと聞いただけです。
ただティンダロスの猟犬の放つ臭いを感じたくらいですね。
そのためただでさえあまり怖くないクトゥルフ神話作品においても更に怖くないのです。
ここでラヴクラフト御大であるなら「私のところにもやがてティンダロスの猟犬がやってくるだろう……なんだ、あの音は!」
というような感じでホラー小説のセオリーを守ってくれたのでしょうが、そういう余韻もないんですよね。

そういうわけでキャラとしては独り歩きして非常に有名になった存在なのですが、出典はそれほどおもしろくありませんでした。
でも、これだけ愛されるキャラを考えるというのはロングの手腕だとは思います。
あらゆる鋭角を通して異次元から執拗に襲ってくるというモンスターは創造すると恐怖でしかありません。
それこそ江戸川乱歩の『鏡地獄』のような球体の中にでも避難しない限り助からないでしょう。
それはそれで発狂してしまうんですけどねw

同じようにドラキュラだってフランケンシュタインの怪物だって、ほとんどの人が原作小説を読んだことがないでしょうが
世界的にこれらのモンスターたちを知らない人ってまずいないわけですよ。
あなたの作品に登場するキャラクターは作品としては朽ちても時代を越えて生き続けることができますか?


マスコミのヒラリー氏ゴリ推しの末路

ご存知の通りトランプ氏が大統領に当選しました。
なぜかマスコミではこぞって「大番狂わせ」などと言っていますが別にそんなことはないんですよね。
過去3回の大統領選で最も精確だった分析によれば、選挙期間中ずっとトランプ優位だったわけです。
しかし米国のマスコミは基本的に民主党好きなので、プロパガンダを含んだ偏向でヒラリー有利と報道し続けただけのこと。
ニューヨークタイムスに至っては開票中、決定的にトランプ優位の中でもヒラリー優位と報道していたくらいですから。
トランプ勝利の理由は「トランプよりヒラリーのほうがもっと嫌いだから」に尽きるでしょうね。
トランプはわざと憎まれ役をやっていますが、ヒラリーは好かれようとしているのに嫌われてしまう人柄のようです。

翻って日本のマスコミも似たようなもので、主に外信をほぼ直訳するだけみたいな報道姿勢なのと
やはりなぜか民主党好きという傾向から、やたらヒラリーを持ち上げ、トランプへのネガティブな報道を繰り返していました。
日本のジャーナリストとずっとトランプ当選を主張していたのは木村太郎さんくらいでしたね。

日米ともマスコミはこぞって反トランプキャンペーンを打っていたせいで、あまりものを考えない人たちはすっかりコントロールされ、
よくわからないけどトランプという酷いやつが大統領になるから大変なことになるみたいな漠然とした不安に支配されたことで
ついには経済にも大きく影を落としてしまう結果となってしまいました。
今もマスコミは「トランプ・ショック」などと不安や恐怖や煽って視聴率を稼ごうとしています。なんともバカげた話です。

とはいえ、私がもっとも評価するのは従来メディアのこうしたコントロールが既に有効ではなくなった象徴的なケースだということですね。
原因はインターネットによって従来マスコミの短絡的なウソが簡単に見破られてしまうようになったことでしょうね。
日本でも政治家の発言などはすぐに過去のアーカイブから間違いや整合性を確認され矛盾を指摘されるようになりました。
この傾向はもう止めようがなく、小手先のウソはもう通用しないとなれば、選挙も含めよりよい傾向ではないでしょうか。

私見ではトランプ大統領は過激な発言は多いですが政治経験が皆無のため、
百戦錬磨の共和党議員や議会に抑えられてしまい良くも悪くもそれほど大それたことをやることはできないでしょうね。
意外と細かい所だけは政策が実現できて、アメリカにとっても日本にとっても比較的よい方向に動くのではないでしょうか。


婚活ブログがおもしろい

最近のエントリーから派生して、いろいろとネットを徘徊してみたのですが、何かと話題の婚活ブログを非常に興味深く読んでいます。
特にオタク婚活というのを中心に男女のブログを渉猟しているのですが、その世界ならではの専門用語とかもあるんですよね。

たとえば最初まったくわからなかったのが【FO】と【CO】という頻出語だったのですが、なんの略号かわかりませんでした。
で、調べると【フェードアウト】と【カットアウト】ということで、自然消滅かお断りをいれるかってことみたいですね。
あと普通の男女交際とはちょっとちがって強制的にペアになるようなところがあるので【仮交際】と【本交際】が明確に別れてます。
たとえば婚活パーティーなどでカップルになってから、ちゃんと結婚を前提としたお付き合いを双方が確認するまで仮交際で
確認してからが本交際なんだそうです。また仮交際のあいだのいわゆるデートは【面接】と呼ばれているようです。
なので「1回面接した相手にLINE既読スルーされてFOになった」みたいな感じでブログが書かれています。

そして私が知っている過去のカップリングパーティー、ねるとんパーティーとはだいぶ異なっていて
婚活パーティーでは比較的カップル成功率が高めなんだなというのが第一印象なんですが
結婚という大前提があるので、その後の展開がかなりシビアになっているみたいなんですよね。
今でいう恋活であるなら、とりあえず付き合ってみるか的な余裕があるわけですが、年齢が高くなるほどもう余裕がないので
無駄な時間を使いたくないとばかり男女とも見極めを早めにしようとするんですよね。
で、結局カップルが成立してもその日だけで、いちども会わないままFOなんて展開が多いようです。
特に女性側がたいてい無料か低額設定なので大枚をはたいている男よりも執着心も少ないため即FOも多いようですよ。

あとはオタク婚活ブログに限って言えば、男女とも「恋人いない歴=年齢」の人が非常に多く、
そうでなくても恋愛経験が極端に少ない人が目立っているというか、そういう人のほうがブログとしておもしろかったです。
本人の価値観とか異性への接し方、偏見といったものが独特なため個性的です。
いろいろなタイプがいて千差万別なのですが、自分のことを棚にあげて異性への注文が厳し目ですぐ切っちゃうんですよね。
恋愛経験値を積むためにもう少し様子を見たほうがいいのになと思うようなケースでも即断でお断りしてしまう。
しかもすぐ次があるかというと、男性の場合なかなか次に恵まれないんですけどね。
で、下手に年収があってプライドが高かったりすると、こだわりの強い人ほど出会えてないですねー
相手を見下しているようでいて実際のところは逆に見下されてしまっているような感じでした。
ただ容姿がよければ、たいていのことはどうにでもなるという裏の側面も見え隠れしているのも婚活の現実ですが。

うぶな男女が異性をどう見て、どんなほうに判断しているのか、また何を悩んでいるのかといったことが
赤裸々にわかるので、キャラ造形のためにも読んでみる価値は非常に高いと思います!

当事者的にはアラサー、アラフォーになってから、恋愛経験なしにいきなり婚活に挑むようなことは避けたほうが幸せですよ。
日常に出会いがないというのなら20代前半からどんどん街コン、恋活パーティーなどは参加しておいたほうがいいでしょう。
多少高くつきますが出会いがないのなら、成否に関係なく対価を払うだけの価値はあると思います。
若ければたくさん失敗しても何度でもやりなおせます。やはりリミットがあるので30、40からスタートしたら、そう失敗できません。
それに今は昔と違ってオタクとかいろいろな趣向に合わせて出会いの場がビジネス化されているので選び放題です。
ここで見栄をはったり、ケチったりすると、結局のところ後になって出費も嵩むわ、チャンスは減るわ、成果も低くなるだけですよ。




なぜモテない男は多いのか? 女が男を好きになる確率について

各種統計をだすまでもなく、まったくモテない男子は山ほどいるのに対して、まったくモテないという女子は非常に少ない。
語弊はありますが、女の子であればよほどのことがない限り、誰からも誘いを受けないというはありませんが
男の子に限ってはさほど悪くはない程度であっても、まるで相手にされないことが多いという不条理を実感したことはありませんか?
実際のところ、これはだいたい男が原因であって、穴が空いていれば誰とでもやりたいという輩が一定数いるためであり
女性にはそういうタイプはいないとはいいませんが、ゼロに近いほど稀な存在だからです。

ではなぜ、そういうことになってしまうのかというと、それは男女の恋愛対象への意識の仕方が異なるというのです。
ざっくり言ってしまえば男性が女性を見るとき、恋愛対象になるかどうかの判断は【ストライクゾーン】によって決定されます。
「だいたいこのくらいの女の子ならOK!」みたいな感覚が男にはたいていあるんですね。
ところが女性にはそういう感覚ではなくて、非常にピンポイントで恋愛対象になるかならないかを判断することになります。
そして、その確率は非常にシビアで「およそ男性の7割はキモい」と感じているとのことです。
言うまでもなく「キモい=生理的に受けつけない、付き合えるわけがない」ということになります。
男子は同世代の女子が10人もいれば平均的には6、7人を恋愛対象にしてしまえるのに
女子はというと、そもそも10人中7人の男子には眼中にもないということです。
前回のエントリーに美醜の比率を美:普通;醜=1:2:2としましたが、男はたいてい普通まで恋愛対象なのに対して
女は普通レベルはほぼ対象外ということになってしまうわけです。

この恋愛観の不均衡さは本能によるものなので、いかんともしがたいわけです。
よく言われるように、オスはできるだけ多くの子孫を残すためにより多くのメスと交尾する機会を持ちたい。
メスは妊娠機会が限られるので、より優秀なオスとのみ交尾したいというやつですね。
とはいえ、高度な人間社会は単純な弱肉強食の野生の世界とは異なり、多用な価値観があるのが救いです。
力が強いだけが選ばれる理由ではなく、ときに美しさ、ときに経済力、はたまた性格、趣味、共依存など
女性が男を選ぶ基準はかなり美醜にこだわったものになりますが、女性は男よりも選ぶ基準が多いんですね。
これによりかろうじて男女の自由恋愛は成り立っているといっても過言ではありません。

ライトノベルの中でヒロインが主人公である少年を好きになるというシチュエーションはお約束ですが
そのヒロインがなぜ主人公少年を好きになったかということを突き詰めて考えてみるとおもしろいかもしれません。
よくある展開では結局のところ「やさしさ」や「一途さ」にほだされてしまうのですが、それでいいのでしょうか?
多くの読者のなかでイケメンとかスポーツ万能、頭がいい、といった属性を持つのは一握りであるのに対して
性格的な理由というのは、どうとでも理由づけできるし「オレにもワンちゃんあるかも!」的な自己投影が簡単なので
こういった性格的理由から”性格に難のある絶世の美少女”が好意を寄せてくれることになります。
では、このヒロインがキモいと感じて相手にすらしなかった7割の男子というのは、いったいどんな男だったんでしょうね?
いくら性格がよくたって7割も振り落とされるのでは、それはかなり厳しい選抜を予感させてくれます。
その選抜基準がユニークだったりすると、それはそれでおもしろい展開になるかもしれませんよ!





君の名は聲の形で乙武さん……真の障害について考える

ちまたでは映画『君の名は』、『聲の形』が大ヒットしてます。
こういうヒット作が出てくると必ず出てくるのがアンチの存在です。
で、これらの作品に対しての否定的意見として出てくるのが「結局のところ主人公たちが美少女、イケメンだから」だから
物語が成立するんだろというものをネット上で見受けました。
たしかにそうなんですよね。入れ替わるにしても、聴覚障害を受け入れるにしても、これがキモメン、ドブスだったとしたら
たぶんこんな美しい物語になることもなく、ひたすら淡々と収束してしまったであろうことは想像に難くありません。
なぜなら恋愛に発展していかないからであり、男女が惹かれあわなければ物語は成立しなくなってしまうわけです。
そう、この世の中、特に若い人たちの基準は美醜に重きが置かれているわけで、醜いことは悪そのものだったりします。

つまり身体障害よりも美醜のほうが、よほど我々にとって大きな問題であり、
美しければ身体障害くらい簡単とは言えなくとも高確率で乗り越えられるというなんとも厳しい現実があるとうことなんですよね。
そこで登場するのが乙武さんです。彼は御存知の通り四肢がほとんどないという重度の障害を負っています。
しかし彼はモテモテです。不倫という道徳的問題さえなければ、彼は美女たちのハーレムを築いて人生を謳歌していました!
男としてはうらやましい限りではないですか! たとえ手足のある健常者で彼を凌ぐほどモテる人は一握りです。
なぜ彼がモテるのか、ひとつに『五体不満足』のベストセラーを契機に彼は高収入であることも一因ですが
それ以前の高校生のときにはもう結構モテていたことを考えるとお金があるからというわけでもないわけです。

最大の要因は彼の顔が爽やかなイケメンであり、知的で話上手という才能があったからなんですよね。
たったそれだけで手足がないことはモテることにおいてハンデになりえないということです。
逆の場合だったらどうでしょう? たくましい完璧な肉体を持つが首から上はひどく醜く、知能も平均を下回っていたら……
ほぼ確実にそんな逆乙武さんのような人がいたら、どんなに障害者差別には反対だと主張する人であっても
彼を対等の人間としてはあつかわないでしょうし、口さがない人々はバケモノとしかみなさないでしょう。
そもそも身体障害者が差別される原因としては独特の容貌などで美しくないからという厳しい現実もあります。
物語に登場する盲目の美女や白痴の美少女がもてはやされることはあっても現実ではほぼ皆無です。

こんなおかしな現実を皮肉った映画として『シュレック』があります。
この中で美しい姫は怪物のシュレックと結婚知るだけでなく、自らも怪物の姿になることを選びます。
とはいえ、この映画は現実を逆手にとったアンチテーゼですから、この裏返しが現実であることを認めたうえでの作品です。

そして、この美醜基準の最大の悲劇が障害者よりも醜い男女のほうが圧倒的に多いという現実です。
だいたい世間的には、美:普通:醜の比率は1:2:2くらいとして認識されるんじゃないでしょうか。
無作為に異性が10人くらい集まったら、いいな、付き合いたいなと思えるような人が数人いる一方で
生理的に無理、頼まれても付き合えないという人が3、4人いる感じですね。だいたいこんなものでしょう?

結論をいえば、身体障害者よりも数が多く、それでいて対人関係においてはハンデも大きいブサイクなのに
行政など社会的にはなんら援助の手を差し伸べていないという事実です。美容整形だって保険は適用されません!
私はこのような社会的に醜いという一点で大きな支障をきたしている人にも支援してゆく必要を感じています。
かつてはお見合い結婚ということで、ブサイクな人でもそれなりに結婚相手が決まてくれる世の中であったのに
いまの自由競争の時代においてはセーフティネットがあまりにもなさすぎます。
民間ではアニメや漫画、ライトノベル、アダルトビデオなどといった物語世界の提供のみが唯一の受け皿ですが
そこに溜まってしまうと脱出するすべはなく、蜘蛛の糸が垂れてくる期待値は地獄よりも低いかもしれません。

独身男性の7割以上が現在交際相手がおらず、4割については童貞であるという日本社会についてどう考えるか
自分として何を提言できるかということを作品の中で語るというのもおもしろいかもしれませんよ!

最近の青春恋愛小説の書き方、そこは虎舞竜【ロード第?章】に鍵がある!

最近、映像化などされるくらいヒットする青春恋愛小説というのは、けっこう類型的なストーリーが多いようです。
そこで今回は、そんな最近の青春小説について、どんなものが読者に好まれているのかを考えてみましょう!

昨今の青春恋愛小説をひとことで言うと、いかに「何気ない青春の一コマ」を貴重な一瞬として描けるかということに
かかっているといっても過言ではありません!
つまり、このツボを押さえていれば、かなり成功に近づくのではないでしょうか!

ここで定義する「何気ない青春の一コマ」というのは、なにも実現不可能な創作上の展開などではなく
現実の中高生の男女の恋愛によくありがちなシーンということになります。
映画やカフェに行くデートだとか、一緒に過ごした学校生活や行事、登下校とかですね。
非モテ男女ではなければ、一度は経験したであろうありふれたあ恋愛のあるある風景のことです。

しかし、これらの普通のあるあるシーンを羅列するだけでは当たり前すぎてつまらないものになってしまいます。
そこでこれらの普通のシーンをいかに劇的に描くか、それが作者の力量であり発想力ともなります。
で、ここで出てくるのが、あの虎舞竜の大ヒット曲【ロード】なのです。
歌詞にある「何でもないような事が幸せだったと思う 何でもない夜の事 二度とは戻れない夜」
この歌の中では明確に語られてはいませんが、恋人が突然、交通事故で亡くなってしまったのでしょう。
それを一年後に回顧するとき、当時はそれほど意識していない普通の出来事がいかに幸せだったか思いしらされる……
そんなストーリーが歌詞にあるわけであり、発表当時はものすごい共感と支持を受けてヒットしたわけですよね。

そして、この原理は昨今の青春恋愛小説においては非常に多用されているメソッドなのです。
『世界の中心で、愛をさけぶ』を筆頭にヒットしましたが、いつもいつも恋人を事故や難病で殺していくという展開では
マンネリになってしまい、読者も飽き飽きしてしまいますから、ちがうものを用意してあげて新鮮味を与えなくてはいけません。

そこで参考にされたのが、さらに昔の作品だった『時をかける少女』(アニメではないほう)です。
時空を超えた恋愛というSF的な要素を加えることにより、主人公の男女は別れる運命を背負わされてしまうんですね。
ここ最近の作品において多用されていますが、ネタバレになってしまうので具体例はださないようにします。
参考までに下に代表的でわかりやすい作品を紹介しておきました。興味があれば一読してみてください。

しかし基本形としては一時的に交わる交点において出会い、普通の恋愛をするようになりますが
双方の運命は何らかの抗えない法則などにより離れ離れになってゆくことになる。
そして、その運命を知ったとき、ふたりは初めてお互いが一緒に過ごした時間の大切さに気づくという展開になります。
ここで何気ない恋愛シーン、つまり読者にとって普通の恋愛シーンなのに無上のものとして昇華されるわけです。

なにより青春時代の恋愛なんていうものは基本的に失恋で終わるものですから、やはり別れというつらい経験と
そして他者にしてみれば特筆すべきこともないふたりの思い出こそが貴重で大切だったという想いは誰しもあるので
それが実際は性格の不一致や相手の浮気などで別れたものであったとしても、
物語としては運命として別れた悲恋として美化されたかたちで描かれているものを読んだ(観た)ときには
より多くの読者が実体験を想起し、当時の感傷的な持ちが喚起され、非常に共感されやすくなり、ヒットしするのです!

かつてのように一般人とは別世界に住む王侯貴族やアウトローの美男美女たちによるドラマチックで熱烈な大恋愛ではなく、
どこにである普通の男女の恋愛、共感されやすいそんな恋愛模様をいかに「たいせつな瞬間」であったかを演出してみましょう。









作家志望者の夏休みの過ごし方のすすめ

もう7月も終わろうとしています。学生さんはもうすでに夏休みの真っ最中でしょう。
ちまたではポケモンGOは猛威をふるっていますが、この夏、作家志望のみなさんはどんな予定がありますか?
この期に原稿を仕上げるのもまたいいのですが、それは夏休みの宿題みたいなものととして考えるなら
他に何をしておくと創作に有利かということを今回は考えていきましょう。

まず学園小説などにおいては、夏はやはりイベント盛りだくさんの季節ですから、おのずとネタの宝庫なんですね!
しかし作者がそのイベントを書こうとする際には、やはり実体験しているかどうかがリアリティやネタの拡がりから
またオリジネリティ、ちょっと異なる視点といった点で大きな差が生じてきてしまいます。
他のアニメや漫画などの作品の中で花火大会や海水浴といったイベントの回を見て、それを参考にしたとしても
結局はその元ネタを大きく越えることはなかなかできるものではありません!
物語では描かれない背景や細部などを理解するには、ひととおり作者は経験できるものならしておくべきです。
異世界ファンタジーのように誰も経験できないことでなら、そこまで差はひらきませんがたいてい触れることのできる経験においては
やはり机上の空論と肌で感じた実体験とでは、そこで得られる情報量が雲泥の差があるんですね。

では、どんな夏のイベントがあるのか、ここであらかた拾いだしてみましょう。

・海水浴(プール)
・花火大会
・夏祭り(盆踊り)
・夏合宿(旅行)
・キャンプ/BBQ
・肝試し(お化け屋敷)
・音楽フェス(各種イベント)
・天体観測
・お盆(墓参り)
・コミケ
・虫取り

だいたいこんな感じじゃないでしょうか。他にもいろいろあります。
そして、これらは一様ではないんですね。都心でのそれと、地方それぞれのそれとはまるでちがってきます。
特に宗教色の強いお盆や祭りなんて地域によって時期も風習も独自色が強いですからね。
そういったものを知っていて、それを作品に活かせると味わいがでるわけです。

あとたいていのイベントはデートと密接な関係にありますので、できればデートで体験するのがベストなのですが
それができない孤独な人は周りのカップルなどを事案にならない程度によく観察してみるのもいいでしょう。
「リア充爆発しろ」とか怨嗟の言葉を吐かず、まるで自分がそのカップルの片割れであるかのような気持ちでなりきってください。
そうすることで追体験すれば、実体験に近いものが得られる可能性があります。

なにより遊びながら学べるというのはたのしいものですよ。
もちろん何もせず家に閉じこもるという経験もまたニートやヒキコモリのキャラクターを描く際には貴重な経験にもなりますので
まだ経験したことがないというのであれば、今年の夏をそうやってすごすというのもまた一興でしょう。

なにをするにも去年とちがったことをできるだけすることで、あなたの心のネタ帳はどんどん膨らんでいきますよ!

【不正選挙か!?】三宅洋平くんの選挙ボランティアやるってよ(2)【選挙フェスは都市伝説?】

2016夏の参院選が終わりました!
私が応援していた三宅洋平候補は25万票越え、東京選挙区(定数6)で9位の大健闘を果たしたといってよいでしょう。
準備不足から前回と異なり無所属で支持団体がなくなってしまった三宅候補の場合、組織票が皆無の状態からはじまったので
私の予想では奇跡が起きないかぎり20~30万票と見積もっていましたが、だいたい予想通りの結果でした。
山本太郎議員と異なり、はなから当選は厳しいと思っていましたが有権者の判断は選挙前の下馬評通り順当でしたよね。

ただ選挙フェスの盛り上がりしだいでは40万は厳しいが30万を越えてくるかもしれないという淡い期待もありましたし
ほぼ過去の人になっていた元あいのり出演者だった横粂勝仁候補よりは上回ると予想していたわけですが
無所属ながら横粂さんの底堅さはさすが元国会議員でした。あと「議員報酬ゼロ」がキャッチーだったんでしょうね。
私のなかでは東大卒弁護士という優秀を絵に描いたような横粂議員の頼りないおぼつかない国会答弁とは正反対に
同期当選ながら学歴のない小泉進次郎議員の堂々とした国会答弁と比較された動画のイメージでしかなかったのですが……

今回の三宅洋平候補の注目点としては【選挙フェス】に集票効果がはたしてあったのかどうかということですが
実際に観に行ったり、ネット中継を観たりした実感も踏まえた分析としては「それなりにあった」という程度だったようです。
たしかに今まで選挙に行かない、投票してこなかった無関心層の一部を掘り起こしたのは事実でしょう。
ただし三宅候補の音楽性というのはレゲエということもあり、選挙フェスで演奏される音楽に関しても
必ずしもメジャーではなく、かなりマイナーであり、ニッチなジャンルになってしまっているため、
票を掘り起こせた層というのもまた、その手の音楽への嗜好が強い30代40代の人たちだけだったのではないかと思います。
観衆やボランティアスタッフもまた見たからにそういうマイナー音楽が好きそうだなというタイプの男性が多かったですしね。
女性はエコとか自然食、ベジタリアンとかそういうのが好きそうなタイプも多く見受けられました。
意外なのかどうか演奏される音楽的な問題か、票の掘り起こしを狙った10代20代の若者は非常に少なく見えましたね。

さらに平日夜の新橋や品川というサラリーマンしかいないような街中でもスーツやワイシャツ姿の観衆は稀だったようですし
集まってきた人々は通りかかった人を巻き込むというより、連日リピーターとして集まってきている人が多数派だったんでしょうね。
音楽ビジネス的には一見さんよりいかにリピーターを集めるかが成功の鍵となりますが、選挙ということになりますと逆で
AKBではないのでひとり1票しかないため、より多くの一見さんを引きこむことが肝心だったのがミスマッチだったかもしれません。
また渋谷の選挙フェスなど繁華街の長時間占拠では単に通行のじゃま扱いされ、潜在的な票をかなり失っていた感もあります。

あと公約や政策に関しては本人の政治信条や夢などがあるので、あまり深くは追求しませんが
「改憲反対」といった10年後20年後に結果が出てくるようなことに対して大多数の有権者はあまり重視していないこと、
「反原発」についても東京都民は原発受益者なので、一部の原発恐怖症の人たち以外には訴求力がなかったこと、
それらを含めて音楽性ともども政策に共感してくれる人が絶対的に少数派であったがために、すべて票をさらえたとしても
当選はおぼつかなかっただろうことは確実で、もう少し現実路線でいけばよかったかなとも思いますが
そうすると他の大政党の候補の中に埋没してしまい、個性を発揮できないというジレンマもあるんですよね。

三宅洋平さんをまた選挙の中で見かけるのは、おそらく3年後の山本太郎議員改選のときでしょう。
それまで臥薪嘗胆して次なるチャンスに向けて頑張ってほしいものです!
もっとも有効な手はミュージシャンとして大成功して全国的に知名度をあげることだと思います。

ちなみに私は自民に投票してしまいました。ごめんなさい……
残念ながら私の出自は、明治時代から議員を輩出していて戦後は一貫して自民党議員を歴任してましたし
大臣クラスの議員の後援会長なんかもずっとやってきたり、中央官僚もいる家系なのです。
利権的に自民以外に投票するわけにはいかないんですよね。でも心は三宅候補をずっと応援していました!




作品の個性とは己のコンプレックスを表現すること

こうして長年、小説の書き方などをたくさんの指導してきているわけですが、その中で伸びる人と伸びない人がいます。
その違いは何かというと、端的に言ってしまえば「カッコつけた」とか「ええカッコしい」ものを書こうとする人はまず伸びません!

べつにカッコいい物語を否定しているわけではなくて、創作する際の作者の姿勢がカッコつけているような人という意味です。
具体的に言葉で表現すると難しいのですが、作品を通して「こんなことを書くオレってカッコいいだろ?」的な雰囲気が漂うというのか
作品の中で作者が見栄を張っているような感じというんでしょうかね。こういうのは残念ながらモノになりません。
どう体裁をよくしても優等生的なおもしろみのない作品にしかならないんですね。
作品そのものが漫画に出てくる「真面目ガリ勉キャラ」みたいな感じなので、人気者になるようなタイプにはならないわけです。

では、どんな作品が面白くなってゆくかというと、個性的な作品には可能性が大いにあります。
そして、その個性とはどこから来るかというと、それこそが作者の「コンプレックス」にあるといっても過言ではありません。
しかし普通の人は自分の弱みを見せるようなことは嫌いますし、それをおおっぴらにするなんてことしませんよね。
でも、こと創作において作者にはそれが大いに求められていて、それができる人は可能性が高くなるのです。
いくら作中で自分のコンプレックスを表明しなさいと言われても一定数の人はプライドが邪魔して絶対できないんですよ。
人それぞれの性格なのでそれが良いも悪いもありませんが、あいにくそういう人は作家には向いていないだけのことです。

たいていの自慢話より失敗談のほうがおもしろいしウケるのと一緒です。
作者の持つコンプレックスをいかに作品の中に織りこんで、それを笑える話、哀しい話などにもっていくかが勝負なのです。
そして、あなたの描くコンプレックスに読者たちが同調することでキャラなりストーリーなりに感情移入してくれるのです!

そもそも学校のクラスなどで中心になるような人気者の話って、そもそもそういう失敗談をからめたものが多くないですか?
ときに自分は傷つきたくないので、その役目を一方的に「いじられキャラ」に押しつけてしまう中心人物もいるでしょうが
真におもしろい人だと思われているような人は、たいてい自分の失敗談やらコンプレックスをあけすけに語ることで
周囲の人たちの笑いをとったりしています。それでいて失敗しているからと蔑まれるどころか一目おかれてますよね?
逆に話のおもしろくない人というのは逆に弱みを見せようとしないで話すため、笑いのないつまらない話になりがちです。
自分の弱みを見せないことはできても誰からも尊敬されるどころか軽く扱われてしまったりするわけですよ。

友達同士の会話も小説も根本は同じなんですね。
要は聞き手や読み手の関心をどうやって得るかにかかっているわけです。
あなたは話のつまらない人間に、そして書き手になっていませんか?

【今回ばかりは】三宅洋平くんの選挙ボランティアやるってよ(1)【ヤバいらしい】

わたくし日昌晶は2016年夏の参院選、東京選挙区において三宅洋平くんのボランティアに参加してみようと思い立ったのです。

政策や政治思想に強く共鳴したというわけではありませんが、第一に手作り選挙というものに携わってみたかったというのと、
第二に今回から18歳以上に選挙権が与えられることもあり、投票先を問わずに投票率をアップしようという主張については
深く同意するものがありまして、かつ選挙事務所へのアクセスもよいということも考慮して判断させてもらいました。
要するに参加しやすそうで楽しそうかなというフィーリングです♪

やはり投票率は特定の組織票による偏向を緩和するためにも70~75%くらいが妥当だと個人的には考えています。
それ以上だとパレートの法則などにもあるように、マトモに候補者を選べない人まで投票することになってしまい
結局はテレビでよく観るタレントだとか容姿が好みだとかいうような安易な判断で投票してしまう人が多くなりすぎて
組織票の偏向は防げても、あまり好ましからぬ結果になりかねないリスクを抱えてしまうというのが持論だからです。

さて公示前でまだ確定ではありませんが、現状での東京選挙区は1増の定員6名となり、かなり混戦模様のようです。
もともと自民公認のふたりめは乙武くんの予定で、そんなに選挙活動をしなくても浮動票をとりこんで楽勝だったはずが
御存知のとおり不倫騒動で不出馬となった結果、元ビーチバレー日本代表の朝日健太郎くんが公認となりました。
しかし銅メダルさえとっていない朝日くんでは世間的な知名度はかなり低く、自民支持者も現職中川候補を推すため
選挙協力するための余力はあまりないとのことで、当選はかなり危ういのかなと思っています。

そういうわけで今回の東京選挙区では既に6枠のうち4枠はほぼ確定しています。
中川(自民)、竹谷(公明)、蓮舫(民進)、山添(共産)は組織固めもできているので不動でしょう。
残る5位、6位に誰が来るのか、そこがかなり注目されるのではないかと思います。
ここに田中康夫元長野県知事、自民のふたりめ、民進のふたりめ、そして無所属の三宅洋平のうち上位2名が
議席を獲得する展開が予想されまして、それ以外の社民党候補やマック赤坂氏ら泡沫候補は圏外でしょうね。

しかし洋平くんはこの混戦の4候補のうち、かなり後塵を拝しているのは否めません。
盟友、山本太郎くんと二人三脚での選挙活動になるのですが、やはりミュージシャンとしてはほぼ無名です。
しかも与党候補は3名のみなのに野党候補が乱立しているというのが足枷になってしまっています。
3年前の比例での洋平くんの得票数は約17万票でしたが今回の当落ラインは60万弱と予想されているので
どれだけ野党同士で票割れを起こさずに得票してゆくかというのが課題となっているようです。
三宅陣営では既存政党支持者ではなく今まで選挙に行かなかった人や興味のなかった人たちを取りこもうとしているようですが
現代のネット情報に精通する十代、二十代の若者世代は保守傾向(≒自民支持)が強いので過度に期待してはいけないでしょう。

しかしながら、もちろんボランティアに参加する以上は頑張ってほしいと心から思っています!
今回ばかりはヤバいらしいのです。詳しくは下記リンク先へGO!

  ジーク・ヤーマン!

毎週土曜日夜、渋谷にて選挙フェスを開催するよ~





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