L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

本物の騎士の声を聞け


鉄腕ゲッツ行状記―ある盗賊騎士の回想録 (ゲッツ・フォン ベルリヒンゲン著)

 ライトノベルといえば、中世ヨーロッパ風の異世界ファンタジーが定番。そして、そんな作品の主人公といえば、やっぱり騎士が圧倒的ですよね! とはいえファンタジー小説以外の騎士がどんなだったかを知っている人は意外と少ないんです。『アーサー王と円卓の騎士』といった代表的な騎士物語さえ読んだことがない人も多いのでは? いわんや実在した騎士について知っている人はほとんどいないと言っていいでしょう。

 しかし、ここに一冊の本があります。”鉄腕ゲッツ”と勇名を馳せた鋼鉄の義手を持った騎士ゲッツ・フォン ベルリヒンゲン(1480-1562)その人が記した貴重な記録です。日本人には馴染みは薄いですが、地元ドイツでは知らぬ人のいない英雄です! あの文豪ゲーテさえも戯曲『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』(1773年)としてゲッツの活躍を書き残しているくらいですから。

 ゲーテの戯曲中のゲッツは重税に苦しむ農民たちが蜂起したドイツ農民戦争の指揮官として庶民の味方、民衆の英雄として描かれる一方、盗賊騎士として悪名を轟かせた鉄腕ゲッツとは、いったいどんな人物だったのか? 戦場では傭兵部隊の台頭により昔ながらの騎士の地位が失われ没落しつつあった時代にゲッツはどう生き抜き、どう語っているのか?

 この本はゲッツ本人の回顧録です。作家の手による手記ではないので、多少読みにくさはありますが、そこには騎士としての”生の声”が残されています。ヨーロッパでは貴族や騎士の多くが文盲であった時代が長かったため、騎士自身の遺した記録はまずありません。なので私たちの知る騎士のイメージはフィクションの騎士です。そのため誰かの創作したファンタジーで語られるニセモノの騎士などではなく、歴史上実在した本物の騎士とはどんな生き様だったのかを知るには、この本がほとんど唯一無二です。

 異世界ファンタジーを志す人なら、読んでみて損はないでしょう。あわせてゲーテの戯曲に登場するゲッツの姿とも比較してみるのも、どうやって英雄伝説が生まれてゆくのかの過程がわかって、とても興味深いです。余談ですが、漫画『ベルセルク』のガッツのモデルになったのも、名前といい、精巧なギミックを備えた鉄の義手といい、おそらくこのゲッツでしょう。 <UNO

海外の創作事情

 欧米では日本アニメや漫画が人気だということは誰でも知っていることだし、こうした現状はもう何十年も前からだ。昨今では自国文化保護のために規制が入ったりして、正規で日本アニメが放送される機会は減ってしまったが、現在ではインターネット上の非正規動画に移行し、さらに従来の消費だけではなく、自分たちの手で日本漫画を解釈しつつ新たな高校生を模索している人々も多くなってきている。英米のコミックやフランスのBD(バンド・デシネ)といった独自の漫画文化のなかったドイツ、スペイン、イタリアといった国々では日本的漫画の浸透と創作意欲が特に高いようだ。

 いくつか例を挙げるなら、ドイツのamazonでは'Comics & Mangas zeichnen'(漫画の描き方)が1ジャンルとして存在している。しかもやっぱりドイツ人はマニアックだ。普通にエロやBL作品が何冊もジャンプ作品よりも上位にランキングされている。なぜかドイツ人は『ふたりエッチ』が大好きらしいぞw またスペインでは日本で発刊する『まんがの達人』を翻訳出版しようとしたり(結果的に企画は流れてしまったようだが)、その代わりにイタリアではディアゴスティーニ社が日本漫画の描き方雑誌としてDISEGNA MANGA E ANIME(おなじみの初回特別価格で毎号漫画道具付き)を今年からオリジナルで創刊させていて、かなり好評らしい。専用SNS型サイトも用意されていて、自作漫画やイラストなどを投稿すると掲載されて誌上で講評してもらえるんだそうだ。

 ライトノベルについては、すでに世界一本を読まない韓国でさえ、かなりメジャーな書籍として翻訳出版されているくらいだから(ちなみに韓国内で出版される小説の7割は日本作品らしい)、アニメ原作の小説作品として欧米へ将来的にもっと浸透して人気が出てくれないかなと期待している。とはいえ欧米では文化背景が異なるので、日本的な設定やストーリー構築までは咀嚼しきれていないのが現状で、まだまだイラストやパロディどまりの同人気質が大多数みたいだけれど。しかし海外には良質なジュブナイル小説が日本より充実しているので、これらと融合、ラノベ化して大バケする可能性は大いにあると思う。

ライトノベル作家は絶滅する!?

 インターネットの普及もあり、動画サイトが合法も非合法も花盛りとなった昨今、既存メディアの収益構造は大きく変化してる。例えば、アメリカでは新聞社が次々と潰れてる。わざわざお金を払って新聞(しかも大半は夕方に郵送されてくる)を購読しなくても、新聞社のサイトに行けばリアルタイムでより多くの情報が手に入るのだから当然だ。日本だって新聞社の赤字経営が明るみになった。購読者は減り続けてゆくなかでネット広告は巧く機能しておらず、新聞社が効率よく収益をあげられるビジネスモデルを未だ確立できてないのだ。

 これはテレビ局も同様、民放では放送事業自体はどこも大赤字だ。不動産事業などサイドビジネスでどうにか黒字を出している局があるくらい。なんといってもCMが売れない。投げ売り価格なのにぜんぜん売れないのだ。そういえば最近、北朝鮮関連のニュースが少ないと思わないか? 一時期はどうでもいい北朝鮮ネタがニュースにワイドショーに取りあげられていたのに、ここにきて「すわテポドン発射か!?」かという重大ニュースがあるのにテレビではどうでもいいWBC報道ばかり。ちょっと考えればすぐわかるけど、このCMが売れない時代によく流れているCMは何かってこと。この前までガンガン流れていた消費者金融も年利40%の暴利を貪っていたのが法改正で18%まで引き下げられ、さらには過去にさかのぼっての過払金返還訴訟、追い打ちかける金融危機で資金調達まで苦しくなってCMどころではなくなってしまった。そして今の時代に流れているのは携帯電話と……そう、アレだw そしてあの産業の経営者の7割以上が北朝鮮籍の方だ。残るほとんども韓国籍で、中国・日本籍の経営者は数パーセントしかいない。だからテレビ局も数少ない大事な大事なスポンサー様を刺激するようなことはしないわけだよw

 閑話休題。ここで本題になるけど、出版事業の収益構造だって今後めまぐるしく変化するだろう。amazonは目聡くアメリカで電子ブックKindle2を発売、さらにiPhoneにKindleのアプリまで提供することになっている。Kindle2は通信機能があって本をダウンロードやWikipediaへのアクセスにかかる通信費はamazonが全て負担するとか、常に連携するiPhoneとのしおりの同期機能もあるようだ。当分、日本での発売は未定なんだけどね。つまり違法アップロードも含めて将来的には書籍も電子媒体への流れが強まるだろう。もし書籍電子化が一般化された場合、誰もが印刷コストをかけずに気軽に出版することが可能になるわけだ。売れ残りの心配もないからリスクもほとんどなし! これにより今まで出版社と作家が独占していた書籍化、書店販売の権益が崩れてしまう。ちょっと前からのケータイ小説ブームなんかがその兆候を見せているよね。出版社を通さないで一個人によるベストセラーが登場する可能性もあるってことだ。

 それとライトノベルに特に関わってくるのが、もう一つ! アニメもそうだけど書籍も違法アップロードが横行すると、当然のなりゆきとして本が売れなくなり、印税も激減……。これでは作家は生活できなくなり、必然として作家は絶滅するしかないだろう。これはお隣の韓国に実例がある。そう、韓国のゲーム機産業はコピーの氾濫で壊滅してしまったのだ。今でもDSのマジコンが小学生にも一般化していて普通にゲームソフトを買うやつはバカだと思われている。中国だって同じ。残念ながら、この流れは規制強化しても変えられない。悪いやつはどんなことをしてでもタダでできる方法を見つけだし、あっというまにネットに情報が広がってしまうのだ。これを規制しても”いたちごっこ”でしかない。

 では、どうすればいいのか? 行き着く先は、もう創り手も無料提供するしかないだろうw アニメもマンガもラノベも完全無料! コアなファンだけが、これまでどおりDVDなり本を買えばいいという姿勢だ。じゃあ、どうやってクリエイターは儲ければいいのかということになる。この答えを韓国のゲーム会社はネットゲームとうかたちで出した。基本無料のネトゲーだ。これなら違法コピーする必要もない。そして特別なアイテムなどに課金することで収益をあげ、そこそこビジネスモデルとして成功した。また中国でもアニメ産業が盛りあがっているが、やはり違法動画が花盛りなので、日本みたいにDVD販売はまったく期待できない。では、どうしているかというと、キャラクターグッズだ。『クレヨンしんちゃん』の版権がパチモノのほうが正規品として認可されてしまった事件を知っている人も多いと思うけど、中国でのアニメ制作会社の収益は、とにかくグッズ、グッズ、グッズ! 子供の日用品、学習用具、衣類、その他キッズが手にするであろうあらゆる物にアニメキャラが付けられるのだ! そうしてコピー商品が市場に出回る前に正規品を大量投下し、パチモノにつけいる隙を与えない。そして、これが現在の中国アニメの主な収入源となっているのだ。ある意味、ディズニー商法とも言えるよねw

 日本のアニメやラノベもそういう収益構図の劇的な転換期が遠からずやってくるだろうことは想像に難くないというか、すでに変化の渦に巻きこまれているのだ。ならば、どうすればいいのか? ギリギリまで追いつめられてから考えていたのでは遅すぎるのだ。著作権の概念さえ皆無の百戦錬磨のアジアのパチモノ軍団にどう対抗してゆくか、今から次世代の斬新なビジネスモデルを考えておく必要がある。そう、ライトノベル作家が絶滅しないためにもだ!

どうしても好きな作品に似てくるんです……

 上のタイトルのような悩みを持つ作家志望の人はわりと多いんです。まあ、好きな作品なり尊敬する作家に影響を受けるのは、しかたないことなので、そんなに神経質になることもないんですけどね。けれど本当にそっくりな投稿作品もままあるので、やっぱり似すぎているのはNGです。

 では、パクリのセーフとアウトの境界はどこからでしょうか? これがまた曖昧なんです。もともと主観的なものなので、人によって見解は違うからです。誰がどう見ても似てる場合は紛うことなき「剽窃」「盗作」になるので言わずもがなですが微妙な線引きはできないんですね。あえて主観的に考えるなら、作品を執筆するとき「本家に似すぎないように注意した」なんてネガティブな心構えで書いてるとしたら、それがオリジナルと似ていなかったとしてもアウトでしょうね。どんなに工夫しても劣化コピーやパクリの域は出ないでしょう。逆に「本家を越える」ような心意気でしっかりと書いたとしたら、たとえオリジナルと少しばかり似すぎていたとしても、どこか評価できる部分が必ずあるはずです。

 あと、どうしても似てくる原因は執筆者の”ひきだし”が少ないというのも大きな理由なんです。ひきだしが少ないと参考にできる作品や知識も少ないのでバリエーションをつけられないんですね。なので、どうしてもオリジナルに近いものしか書けなくなるわけです。もし、ひきだしが多ければ部分的には参考にしたオリジナルに似ていても、全体としてはどれにも似ていないように見えるんですね。

 そうそう、本といえばライトノベルばかり読んでいる人はいませんか? もし、あなたがそうなら、その時点ではかなり不利な状況にいます。ときどきライトノベル作家さんのお気に入りの本はなんてアンケートがありますが、まずライトノベルを挙げる先生はいませんよね? 読者的には低年齢向けのバカバカしい作品を書いていると思える作家さんでも、かなりの読書通、博学であることが多いんですよ。古今東西の古典から内外の最新作までかなり精通してたりするんです。逆にライトノベルに関しては敵情視察とかマーケティングとして一通り目を通してはいるけど、趣味として楽しんで読んでいる作家さんはさほど多くないようです。

 かく言う私も受賞作を書く前に読んだライトノベルはたった2冊だけでした。(受賞後に山ほど読まなければならくなりましたが……)これは極端な例ではありますが、ライトノベルをどんなに多く読んでもライトノベル作家に近づけるわけではないんです。むしろ違うジャンルの小説や学術書、図鑑図録など多岐にわたって渉猟しているほうが自分の作品を書くときの糧になってくれます! なぜかというとライトノベルしか読んでなかったら出来あがってくる作品もいつかどこかで読んだようなライトノベルの域からまず出ないからです。やっぱりライトノベルとはまったく違うところから影響を受けた作品は従来のライトノベルとはひと味ちがってきます。それが個性や魅力になってくれます。ちなみに私が受賞作を書いた当時、もっとも大きく影響を受けていたのはトルストイの『戦争と平和』でした。

 少なくとも夏目漱石とシェイクスピアのどちらも授業以外で1冊も読んだことがなかったら、実力派のライバルたちからかなり出遅れていると言っていいでしょう。有力なライバルなら中高時代にかなり古今東西の名作を読みこんでいるからです。今からでも遅くはありません! まずは辞書の巻末付録にある文学史年表に列挙されている名作の10作や20作はざっと読んでみましょう。きっと違った世界が開けると思いますよ。

 もちろん小説作品以外に映画でもテレビでも漫画でも構いません。落語や講談、歌舞伎、能といったストーリーのあるものから小説とはまったく無縁に思える思想書でも物理学の専門書でも構いません。実体験を含めて見たり聞いたり読んだりしたものは、作家にとって全て血となり肉となります。こと知識に関しては作家ほど雑食でゲテモノ食いで、しかも貪欲な職業はないのですw

ひさしぶりに意味不明だ

 無理やハッタリがなければ、どこにも自分の居場所がなくなってしまう失敗はおかさない。

 上の文章を読んで意味がすんなり理解できたら、あなたは凄い読解能力があるでしょう。白状すると、私はこの文章を読んだとき(原文はもう少し長い)、さっぱり意味がわかりませんでした……。文章を品詞分解するなどして解析して、ようやく理解できたときには5分が経過してましたよ。これでも現国だけは常に成績がよかったんですよ!

 なぜこうも意味が伝わりにくいのでしょうか?
文章を分解してみればわかると思うが「ない」という否定語が、この短い文章に3つもあるんですね。しかも「無理」と「失敗」という否定的な語句も2つあるではないですか! こういう文章はなかなかないのでブログでも取りあげてみました。

 「二重否定」が肯定であるくらいは、すんなりできても、5つも否定する語句が含まれていると、否定すれているのか肯定されているのか、混乱してしまうわけですよ。3月22日の初心者オフも近いことですし、これはいい具体例になったんじゃないでしょうか。

 特に小説は、退屈だった国語での文法の授業なんて思いだすことなく、すらすら読めて、すんなり意味のわかる文章のほうがいいに決まってるわけです。こういう技巧的な文章は避けて、できるだけ肯定文で書きましょうということですね。それと受身形の文章も意味を把握しくくなるので、できるだけ使わないほうがいいんですね。

 ちなみに最初の文章をできるだけ否定形を使わずに書くと下のような文章になります。

 無理やハッタリがあるから自分の居場所をなくすなんて失敗をおかすのだ。

 これなら考えなくても意味がすんなり理解できますよね。

SFが流行らないのにはワケがある

 今年の第29回日本SF大賞はNHKアニメ『電脳コイル』に決まりましたね。電脳コイルは先が読めない展開で非常に高いクオリティもともなって、すごく面白い作品だったので、未見の人はぜひ見てみてください。

 ところでSFが流行らなくなって久しいですよね。特にライトノベルの風当たりは強いです。そうはいっても『マクロスF』がヒットしたじゃないかという人もいるかもしれません。でも、あれはSFというより「ロボットもの」ですよね。ストーリーのなかにSF的なテーマが強かったわけでもなかったし、SF設定についても『超時空マクロス』シリーズなので80年代のアニメからの流用を越えるものではなかったわけです。あの作品の何がSFだったかというと「マクロス」という”ブランド”がSFだったんじゃないでしょうか?

 なんで、ここまでSFが凋落してしまったかというと早い話、作品がマニア化してしまって、ライトな一般人がついていけなくなったと思うんですよ。進化の方向性がシューティングゲームや格闘ゲームと同じだったんです。コアなファンの要望を受け容れすぎた結果ですね。完全にミスリーディングだったと思います。

 それというのも、SFは宇宙が舞台なだけのスペースオペラからアシモフみたいな本格SFまでと幅広いのが原因なんですね。いちどSFにハマると受け手も作り手も重力に引かれるように本格SFに流れていくんですよ。もともと入口はスペースオペラみたいな作品からだったのに、すぐそんなのはSFじゃないとか言いだして敬遠する傾向が強いんです。その点、ファンタジー作品って幅がとても狭いので、こういう極端に振れることはないんですよ。どちらがいいってわけじゃないですけどw

 SFを書きたいという人は、ほぼ100%コアなSFファンです。SFが好きだかからこそSFをやりたいわけなので自然にそうなっちゃう。しかたないことです。で、そういう人は、とかく設定にこだわりがちなんです。もう三度の飯よりSF設定が大好きなんですよ。だからストーリーやキャラクター以前に「最初に設定ありき」です。しかも複雑難解なやつが好きとくるから始末に負えなくなる。そのうえ設定を作ったり決めたりするのが楽しくてしかたないもんだから、あれもこれもと欲張って手を出したりもする。こんなわけなので、特に小説なんて独りで作るタイプの作品は、完全に趣味の世界に没入してしまって、およそ一般人の理解を越えたSFができあがるわけです。

 で、こういう趣味のSF作品のどこが悪いかというと、まあたいていの場合はストーリーが単調あるいは破綻している、キャラクターが凡庸あるいは魅力が皆無、作品を貫くテーマが不明瞭あるいは作者自身も知らないといったところですね。要するに全てがダメダメなんですよ。それというのもストーリーやキャラに振り向けるべき情熱の全てが”設定”に費やされているわけですからw これじゃあ、いくらいいSF設定でも駄作にしかならないですよね。

 とはいえ渾身の”設定”だけは素晴らしいのかというとそうでもないわけで……。たいていの場合、あれもこれもと趣味の設定を詰めこみすぎているので、全体としては得体の知れない鵺(ぬえ)のごときものになっているんですよね。だから作者以外にはまったく意味不明な荒涼たる設定砂漠が作品の中に延々と続くことになるわけです。これを読まされる読者には苦痛でしかなくなります。

 なので、SF作品以外でも同じことですが、特にライトノベルのようなエンタメ系SF作品を書くときに注意すべきことがあります。まずライトな初心者層にも理解できる噛みくだいた設定に限定すること。つぎに核となる設定を1つだけ用意すること。その2つをふまえたうえで作品全体の設定を一言(最大でも40字以内)で説明しきれるほどでなければ、読者はおろか作者自身さえまるでわかってない作品になるのがオチです。これらの注意点を守って、おもしろいSFを書いてくださいね。

本は売れているか?

「活字離れ」はウソ?――本当に本は売れていないのか

 作家を志す人には出版産業の動向は気にならない人は少ないでしょう。そこで上の記事を読んでの考察です。この記事を読んでもらえれば、わかるとおり活字離れはウソってことです。まあね、ネットやメールの普及で字を読む機会は格段に増えているので当たり前なんだけどw とはいえ書籍の販売不振は気になるところですね。しかしながら、これも真っ赤なウソだったことがわかってしまったということです!

 たしかに出版社は業績不振で苦境に立たされているけど、売れていないのは雑誌なんですね。逆に書籍販売のほうは底を脱してゆるやかに売上が伸びているし、ブックオフなどの大規模古書店の参入による中古市場拡大を換算すれば、確実に本は読まれているってわけです。ただし漫画がそのうち2割を占めているけど。それでもたいしたものだよ、と思います。それに漫画単行本は減少傾向にあるらしいんですね。たぶん原因は少年ジャンプにかつてのような超弩級ヒット作が少ないからじゃないかな?

 すっかり新聞や雑誌の役割が既にネットにとって代わられてしまったのが、ここでもよく示されていました。小説や漫画もケータイを含めて電子媒体化しつつあるんだけど、雑誌記事のように5分程度で読める文章量ではないところが違う。小説や漫画単行本は少なくとも1時間以上読み続けるのが大前提なので、やはりまだまだ読みやすさでは紙の本にはかなわないのが現状なのでしょう。

 でも今後、電子ペーパーの進化によって紙媒体の書籍も衰退してゆく可能性は高いんですよね。逆にケータイ小説のように小説がネット環境に合わせてゆく面もあります。ライトノベルの場合、電子書籍化が一般化すると、フルカラーイラストは当たり前で、ゲーム同様ちょっとしたアニメ表示になったり、部分的にボイス付きになってゆくんでしょうね。ハリーポッターに登場する魔法新聞みたいな感じで。現時点でもDSソフトとして試験的に市場投入されているけど、まだまだお値段が高いですよね。だけど電子出版によって出版社がいちばん恐れる返本リスクがゼロになるとすれば、声優をキャスティングしても書籍価格と同等で提供できるんじゃないでしょうか?

 電子書籍へと向かう過程において気になるのは、アメリカではメジャーな”オーディオブック”(音声朗読)の日本への普及です。アメリカでは専用再生機(書籍データ交換不可、イヤホン付)が書籍版と比べてもちょっとお高めくらいで普通に売られているんです。しかもちょっと売れ線の本なら確実にラインナップされてる充実ぶりで、図書館にだって豊富に蔵書されてるそうです。そんなオーディオブックなんですが、はたして日本でも根づくのかどうか? う~ん、これは未知数なんですよね。日本には欧米のような教養との一環として「朗読文化」の素地が残念ながらないんですよねぇ。どうしても児童への読み聞かせか視覚障害者向け媒体の域を出ることがないんですね。なので私の予想では日本では欧米の伝統的な朗読スタイルよりも、紙芝居的なスタイルにベクトルが向きそうな気がしてます。日本らしいといえば日本らしいですけどねw

伸びる人 伸びない人

 3月22日(日)の初心者オフも近いので、ちょっと関連した話題を。

 今回で通算10回目となる勉強会形式のオフを主催してきたわけですが、やはりぐんぐん実力が伸びる人もいれば、なかなか伸びない人がいます。そのちがいは何かというと、そう難しいことじゃないんですね。一目瞭然です!

 要は「アドバイスを受け容れる度量があるかどうか」にかかってくるんですね。アドバイスや他人の意見を聞き入れるのも実力のうちです。なぜかというと人の意見を聞き入れられるということは、それだけ自分の中の軸やスタイルがしっかりしているからなんです。だから外部の意見に右往左往させられて心が揺らぐなんてことはないので、素直に聞き入れられるわけです。そしてすぐに咀嚼して自分のものとして体得してしまうわけで、これで実力がつかないほうがどうかしてます。

 逆に実力が伸びない人というのはというと、自分の考えに頑なに固執しがちな人です。これは自分に絶対の自信があるかというと、ちょっとちがうんですね。他人の意見を聞き入れてしまうと、これまでに自分の築いてきたものを批判され、台無しにされそうで恐いからなんですよ。つまり自分の中に確固たる芯がないんですね。しかも、そういう人は知識もテクニックも受け容れる入口を閉ざしてしまっていることになるので、どうにも上達する理由が見あたりません。で、こういう人は例外なく実力が伸びない原因や受賞できない理由を他人や社会のせいにするんですよw みなさんの周りにもいませんか?

 もちろん、アドバイスをなんでもハイ、ハイと無条件に受け容れてしまうのも危険です。いかにそのアドバイスが理にかなった適切なものであっても、鵜呑みすると自分の個性がなくなって凡庸な作品になってしまうので注意しましょう!(経験者談) アドバイスは受け容れるけど自分なりの解釈なり付加価値をつけて、教えてもらったアドバイス以上のレベルにしてやろうという熱意や意気込みが大切です! そういう気概がないと、やっぱり実力はつきませんよね。

意味のある文章のすすめ(講義オフ補講)

 3月22日(日曜日)に第1回初心者オフを開催しました!

 その名の通りライトノベルを書きたいんだけど、文章なんて学校の宿題で書いた読書感想文以来だという人から、まだ投稿歴の浅い人までを対象とした講義中心のオフです。

 内容は初歩の文法からはじまって、小説執筆には欠かせない文法や文章表現方法、およびライトノベル特有のテクニックなどを3時間の講義の後、ワークショップとして実際に短い文章を書いてもらい、それを相互評価してもらいました。

 講義内容は小説を書こうにも右も左もわからない人にも道しるべとなる基準を示しました。特に『小説の書き方』といったハウツー本には書かれていない細かいことも集中的にまとめています。また今回のワークショップでは情景描写の練習として「高校2年生の主人公が登校するシーン(4月)」という課題としました。

 結果として高評価の人は、もうダントツでしたね。やっぱりいい文章は誰が読んでも好感を持たれるということでしょうか。ただ講義の中ではさほど情景描写の書き方について説明していなかったので、この場を借りて少し補足講義をさせてもらいます。

 まずは下の情景描写を読んでみてください。

 スターンウッド邸の玄関は二階建ての高さだった。インド象の一隊をごっそりいれられるくらいの入口の扉の向こうには、ステンド・グラスがあった。何も着ていないがうまいぐあいに長い髪の毛を持った貴婦人が、木にしばりつけられ、それを黒っぽい鎧を着た騎士が助けようとしている絵だ。騎士は礼儀正しく兜の面頬をどけ、貴婦人をしばっている縄の結び目をいじっているが、どうも処置なしらしい。私はその場に立って、もし私がこの邸に住んでいたら、おそかれ早かれ登って行って騎士殿に助け船をだしてやるだろう、と思った。まるっきり、縄をほどこうとしているようには見えないのだ。

 これはハードボイルド小説の金字塔、レイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』冒頭シーンの一部です。作中の「私」とはもちろん世界で最も有名な私立探偵、フィリップ・マーロウ。つまり、この文章はマーロウの視点で描かれた情景描写です。では、細かく見ていきましょう。

 このシーンでマーロウがしていることはお屋敷のエントランスにあるステンドグラスを見上げただけですよね。他には何もしていません。しかしチャンドラーはマーロウにただステンドグラスを見せるという些細な行為をさせるだけで、その後に続くフィリップ・マーロウのキャラクター性を全て物語ることに成功しているといっても過言ではありません。

 まず「インド象の一隊をごっそりいれられるくらいの入口」という比喩表現(直喩)は、明らかに金持ちに対する皮肉がこめられています。つまり人間(=自分)には不必要なものであるという前提で、ゾウのように肥大化した金満家の虚栄心に対する反発が読みとれますよね。マーロウは皮肉屋なのです。

 つぎにステンドグラスに描かれた囚われのお姫様と騎士についての感想が、もっとも大切です。マーロウは出来ることなら「騎士殿に助け船をだしてやるだろう」と思っています。もしマーロウではなければ、情けない騎士などほうっておいて、抜け駆けにお姫様を助けたいと思うのが普通の男の感覚でしょう。でもマーロウはそんなことは思わない。お姫様の美貌にも惑わされることなく、おせっかいにもステンドグラスの中にまで入って行って困った人に手を差し伸べずにはいられない性分だということが、これを読んだ読者にイメージとして示されているわけです。

 もし上記のようなことを作者が読者に伝えたいがためにマーロウが「これだから金持ちは嫌いなんだ」とか「俺は困ったやつは放っておけないぜ」とか口にだして言ってしまったらどうでしょうか? そんなマーロウじゃ、逆に心の狭い小物、しかも口だけの信用できない偽善者と読者に思われるのがオチです。でも、そうならないようチャンドラーは短い情景描写のシーンにマーロウの”人となり”を巧みに織りこむことで不屈の私立探偵フィリップ・マーロウなる主人公を読者に知らしめることに成功したのです。

 つまり登場人物が「ふと空を見上げる」のも「昼寝しているネコを見かける」のも、すべて何らかの理由があるのです。たしかに現実世界では結果的に人生において無意味な事象ばかりでしょう。でも小説の中では主人公が見るもの、聞くもの、感じるもの、その他あらゆるものが主人公にとって必要なものだから、わざわざ紙面を割いてまで描写されているのです。無意味なものは全てカットされているからです。だから無意味なものをダラダラ書くべきではないんですね。だから、もしそんな主人公の性格なんて織りこむ必要がないというのなら、上の例なら「スターンウッド邸は豪奢だった」と一言でいいのです。

 それに豪華な邸宅の中にある数々の物の中からわざわざステンドグラスに注目したのはマーロウゆえの視点です。他の人間なら絵の騎士の手が不器用そうだなんて微塵も考えませんよ。もし主婦だったらステンドグラスよりも「こんな大きな部屋を掃除するとしたら、いったい何日かかるのかしら?」とか思うでしょうねw でもマーロウは掃除より絵の騎士が気になってしかたがなかったのです。だからこそマーロウの性格が特徴的に浮き彫りになり、一般読者はマーロウという人物が気になってくる。読者はステンドグラスのデザインや値段、製作年代なんて気にする人はいないし、どうでもいいんですね。

 さて、みなさんは状況説明だけの目的とか”章”の冒頭部では情景描写を入れるのがセオリーだからとかいって特に書かなくてもいい無意味な情景描写シーンを書いてしまってませんか? だとしたら大きなミスをおかしています。ぜひ何気ない文章でも軽んじることなく意味のある文章を書いてください。

 今回はそんなことを学んでもらうためのオフ会、ワークショップでした! またいつか希望者がいれば初心者オフをやってみたいですね。そのときは、ぜひよろしくお願いします!

2週連続オフ終了!

 3月22日と29日の2週にわたって開催した第1回初心者オフ第10回東京オフが好評のうちに無事に終えることができました。これもオフ会を支えてくれる参加者の皆さん、そして善意のスタッフの方々のおかげです! 本当にありがとうございました。今後も会場抽選が当選する限り月例でオフをやっていこうと思っていますので、よろしくお願いします!

 カラオケボックスではじまったmixiライトノベル作家志望コミュのオフ会も数えること通算11回、参加者の要望に応えるかたちでスタイルを変えつつ、参加者数も毎回40人前後と大幅に増えてきています。ここ最近のスタイルとしてはテーマに沿って解説してゆく講義、その後に実際に課題を書いてもらうワークショップ、そして交流会の三本立てとなっています。それも講義で学んだ内容をワークショップで課題を実践してもらい、交流会では自分の書いた課題についてお互いに意見交換することで、二重のフィードバックができることになるので学びとったものを自分の中にしっかりと身につけることができるんですね。これって理想的なスタイルになってりんじゃないかと、ちょっぴり自負してますw

 交流会での参加者の溌剌とした表情で熱く文学を語る姿をまのあたりにすると、自分がまだ受賞していない頃に、こんなオフに出会えていればよかったなと、我ながらちょっとうらやましいですね。かつて私も”某小説講座”に通ったことがあるんですよ。そこは全10回のカルチャースクール形式の短期集中講座だったんですが講義内容は……実践的なことはおろか、基礎についてもほとんどふれず、ほとんどの時間は2週間ごとに変わる講師の体験談ばかりで、役に立つとか以前の内容で、どんなに「金返せ!」と言いたかったことか。そんな経験があるだけに、こういうオフ会だったら自分も参加したいなという思いもあって今のスタイルになったのかもしれません。

 ところで今回のオフは2週連続だったので、2つのオフでは対象も違ったので参加者層もだいぶ異なっていました。初心者オフは7割以上は投稿経験がまだない本当の初心者の方だったのに対して、通常オフのほうには中級レベル以上の方が多く、ほとんどが投稿経験者で、そのうち10人前後は難関である2次選考通過経験者で、さらにはメジャーラノベレーベルの受賞者も2名来てくれていました。他にも現役ラノベ編集者さんやラノベ創作指南の有名サイト「ライトノベル作法研究所」所長うっぴーさんの参加もあったりして、そんな実力のある人たちを前に偉そうに講義をぶつのは本当に緊張してしまいました……。だからといって初心者オフでは緊張しないわけじゃないんですけどねw どちらのオフもおおむね好評だったので、ひと安心です。

 次回オフは4月18日(土)になります。会場と時間は前回と同じですが、講義内容など詳しいことが決まりしだい発表しますので、次回もぜひよろしくお願いします! 
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