L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

第6回 登場人物のシーン最適人数

サトミ 「みんな~げんきだったかなぁ? 世間さまでは休みでもお仕事なんかしてるおねえさんだよぉ!」
ワガハイ「ちょっ……おねえさん。仕事”なんか”というのは表現的にマズいんじゃないかな?」
サトミ 「いいのよ、この番組見てるような大きなお友だちなんて、休日だってろくに予定もない人たちなんだから」
ワガハイ「全然フォローになってないと思うんだけどな……最近、おねえさんスレてきてないかな?」
サトミ 「そっかな? ちょっとブランクが長くて感覚が鈍っちゃったみたい。ごめんちゃいちゃい(ハート)」
ワガハイ「ああ、さとう○緒おみたいに自分の頭を叩いてごまかそうとする、おねえさんはやっぱり変わってないや」
サトミ 「同じにしないでよね! わたしだって30越えたいい歳したおばちゃ……」
ワガハイ「ハイッ! これ以上話すと問題発言になっちゃいそうだから、さっさと本題へ移ろうか、おねえさん!」
サトミ 「ワガハイがそう言うんなら……いいけど」

ワガハイ「え~、今回のテーマは『登場人物のシーン最適人数』についてだったね!」
サトミ 「おお、そんなことになってましたか。で、ぶっちゃけ何人が最適なわけ、ワガハイ?」
ワガハイ「おねえさん、そういうミもフタもない単刀直入すぎる質問はやめようよ」
サトミ 「でも、それを教えてくれるんでしょ?」
ワガハイ「それはそうだけど、これはよい子のための番組なんだから、大人として空気読もうよ」
サトミ 「はい、はい、わかりました――チッ」
ワガハイ「あ~っ! おねさん、いま舌打ちしなかった?」
サトミ 「うわあ、すごいなぁ! 小説の登場人物って何人くらいがいいのかな? わくわく(棒読み)」

ワガハイ「まあ、いいんだけどさ……で、今日は作品ごとの総数ではなくて、シーンごとの人数についてなんだね」
サトミ 「多からず、少なからずって感じじゃないの?」
ワガハイ「それはそうなんだけど、何人からだと多すぎて、何人だと少なすぎるってことさ」
サトミ 「そうだなぁ、1シーンに十人も出てくると、もう誰が誰だかわかんなくなっちゃうかな」
ワガハイ「そうそう。多すぎると小説では誰の話しているセリフだか、わからなくなりがちだよね」
サトミ 「そうね。アニメや漫画じゃないから声とか絵とかないから余計にね」
ワガハイ「そう考えると、おねえさんの場合、何人だと混乱しない?」
サトミ 「4人くらいかな。ややこしい名前だったり、冒頭だったりしたら3人くらいが限界かな」

ワガハイ「いい線いってるね。実は小説の場合はね、2人が最適なんだよ!」
サトミ 「なんで? ちょっと少なすぎない?」
ワガハイ「2人が最適っていうのはワケがあるのさ」
サトミ 「どういうこと?」
ワガハイ「例えばA、B、Cの3人の登場人物が会話するときの文章を思い浮かべてよ。
     登場人物Aのセリフにこたえて、つぎにセリフがあったら、誰ののセリフだかわかるかい?」
サトミ 「そりゃ、A本人以外のBかCよね」
ワガハイ「じゃあ、BとC、どっちだかわかる?」
サトミ 「実際に作品を読んでいれば会話の流れでわかると思うけど。
     それにセリフのあとに”とBは言った。”みたいな地の文が続くことも多いし」
ワガハイ「そうだね。会話の流れで判断するか、地の文で判断するしかないよね。でもAとBの2人だったら?」
サトミ 「ああ、それならAが連続して話すことはまずないから、Bしかないわね」
ワガハイ「そうなんだ。2人なら会話の流れなんて読まなくてもわかるし、いちいち地の文だっていらないのさ!」
サトミ 「そっか! いちいち会話のあとに”とBは言った。”みたいな地の文が入ってたらしつこいわね」
ワガハイ「そういうこと! 漫画なら絵とふきだしが一致するからいいんだけど、小説は活字だけだからね」
サトミ 「う~ん、ライトノベルと漫画、似て非なるものなのかぁ」
ワガハイ「小説には小説。映画には映画。それぞれに登場させる最適の人数というのがちがうのさ!」

サトミ 「でも2人じゃなくて1人じゃダメなの? 1人でも誰のセリフか一目瞭然だよ」
ワガハイ「まあ、1人でもいいんだけどね。たしかに独白主体の小説もあるけど、あくまでイレギュラーだよね。
     やっぱり小説の中心って”会話”だからね。そもそも1人しか出てこない小説ばかり読みたいかい?」
サトミ 「ごめん、それは遠慮しとくわ。すごく暗そうな内容っぽいし」
ワガハイ「だから小説では1シーンに登場させる人数をコントロールして2人にさせることが多いんだね。
     3人以上がそのシーンに存在していても、2人だけの会話にもっていったりとかね」
サトミ 「言われてみれば、小説って2人になるシーンってすごく多いかも」
ワガハイ「実際に手持ちの小説を読み直してみて、登場人物の人数について分析してみるといいよ!
     3人以上のシーンも読んでみて、読みやすさを比べたりとかもしてみると勉強になるね!」

#06 novel school


<応用クイズ>
 どうしてもストーリー上、5人の登場人物をそのシーンに登場させないといけないとき、
 会話をする登場人物を2人にしたいので、余計な3人は(     )すると巧くいく。

文:UNO=日昌晶 絵:みのり
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5月だけど4月オフ終了!

本日というか、もう日付を越えてしまいましたが、夜明けまでは今日とみなす古来からの慣例にならい
無事に4月ライトノベルオフが終了しました! 
毎日更新のブログもギリギリセーフということでお願いしますw

そもそも5月に入ってるのに4月オフというのも、おかしなものですが会場抽選にはずれたんですよ……。
でもね、ゴールデンウィークの連休のほうが、みんな都合いいだろうしということで本日だったわけですが
不運なことにライトノベル・フェスティバルにかぶってしまいましたよ。
そういえば、去年もかぶってしまったんですよね……行ってみたいと思っていたのに。

それはともかく、今回は特別講師として原稿を書きあげたばかりの滝本竜彦先生を迎えまして
小説のアイデアの出し方について、講義してもらいました!
実践的練習をしながらアイデアを閃かせる練習をしてもらったわけですが
いつものオフではエンタメ作品として必要なテクニカルな講義を行ってきましたが
はじめてメンタルな部分の講義をしてもらえたので、1粒で2度おいしいみたいな講義でしたね!
今回のオフに参加できた方は本当に幸運でしたよ!
ぜひとも講義内容を確実に実践していってくださいね。

交流会も大盛況で参加者の半分くらいは2次会、3次会と朝まで飲んだりカラオケしたりしながら
熱く創作論について語りあっている頃だと思います。
残念ながら私は次の日は最臭兵器シュールストレミングを食すという目的があるため
なくなく終電で自宅へと戻って、今こうしてブログを更新しているしだいです。

参加してくれたみなさん、どうもありがとうございました!
そして来月もよろしくお願いします。
ちなみに次回は5月29日(土)で今度こそ本当の5月オフです!

最臭VS.最辛体験

今日はゴールデンウィークということで、シュールストレミングを食してきました。
シュールストレミングは知る人ぞ知る世界で最も臭い料理の缶詰として有名ですよね。
数値的にはシュールストレミングの臭気は8070Auで、くさや(1267Au)の6倍以上の凶悪さ!

本当は8月の第3週の木曜日が解禁日なので、まだ3ヶ月ほど缶内熟成がたりない若いものでしたが
初心者用としては、ドロドロに溶けたものより魚の原形をとどめたものがよかったと思います。
若い缶詰だったので、テレビでよく見るような演出の缶切りを入れた瞬間に
プシューっと臭い液が噴出なんてことはないと思っていたのですが大間違い!
若いなりに大量ではないもののかなりの臭い液が飛び散ってしまいました……

で、料理はというと定番のパンやクラッカー、ゆでたジャガイモにのせて食べるのはもちろん
日本ならではということで和風に寿司、お茶漬け、冷や奴に挑戦する猛者まで登場!
私が食べたのは、写真のシュールストレミングとクリームチーズたっぷりのバケット、デスソースがけです!
写真だけを見ると、かなり美味しそうですよねw
写真で赤く見えるのが日本向けに売られている最も辛いデスソースの「サドンデス」です。
辛さは10万スコビルでタバスコ(2000スコビル)の500倍となっております。

シュールストレミング

賞味した感想としてはですね、食べるときの臭気はそれほど気になりませんでした。
クリームチーズがいい具合に臭さと辛さをマイルドに調和してくれましたよ。
けっして美味しくはないですけど、食べられなくはなかったです。
しかし、このとき食後こそが本当の悪臭との戦いになるとは誰も知らなかった。

缶詰自体はというと、ものすごい臭気です。刺激臭とまではいきませんが周囲を制圧できる威力です。
缶切りでフタを開けている途中に、もうハエなどありとあらゆる虫が嗅ぎつけて寄ってきますw
腐肉を好む昆虫にはたまらない美味しい匂いなのでしょうね。
人間の嗅覚的には類似するものとしては、遠く薄く漂うときの臭いはチーズにちかいです。嫌いじゃないです。
しかし近寄ると……その臭いは私の言葉ではありませんが「ま○こ」だそうです。
放送禁止な下品な言葉なので伏せ字にしておきますが否定はしません。同じ乳酸菌系ですし。

とりあえず、シュールストレミングは強烈な刺激臭に昏倒する者が続出とかそんなことはなかったのですが
撤収するときに、どうもデスソースのフタがゆるんでいたらしいのです。
場所移動した後の公園でバッグを開けてみると、とってもスパイシーな美味しそうな臭いがするではありませんか!
自分のゲップがドブの臭いなのに閉口していた私には、そう感じられました。
そう、シュールストレミング真の恐怖とは、食後に胃の中がシュールストレミング化することなのです!

いい臭いの出どころはデスソースのようです。
しかし7割ほど残っていたはずのデスソースは、もうほとんど残っておらず、あとはバッグの中に……
ぶちまけられたデスソースはティッシュで拭きとったり、水で洗い流したりしたわけですが、
その処理の際に大量のデスソースが手に付着してしまったんですね。これが地獄の始まりです。

きれいに洗い流したつもりでいても、ごく微量のデスソース成分が残っているだけで猛威をふるうのです。
つい気をゆるして、ちょっと目をこすってしまったが最後、もう痛くて涙が止まりません。目が開かない……
レストランのトイレに駆けこんで必死に石鹸で洗い流したところ、目の痛みは軽減されましたが
顔中に成分が飛散して、顔の真ん前にストーブを置かれたような猛烈な熱さが襲いかかってきました。
それでも我慢して帰宅して、すぐに風呂に入りますが、今度は両手の甲に猛烈な激痛がっ!
お湯にさらすと、まるで火傷でもしたときの刺すような痛みが走ります。
冷水なら痛みはひくのですが、湯は堪えられない痛みですね。恐るべしデスソース!
今、こうしてブログ記事を書いている瞬間も手の甲はひりひりしていますw
こんなものを口に入れていいのか! 私は戦慄せずにはいられませんでした。
そして、私はもう1本デスソースを買ってしまっているのです。どうすればいいというのでしょうか?

しかし、これはこれで貴重な体験なのです!
これで私はシュールストレミングの臭いを体験した数少ない作家の1人、第一人者になれました。
もし作中でシュールストレミングを扱うシーンを書かせたら、私よりリアルに描ける作家はいないのです。
そしてデスソースの経験は、デスソースそのものの体験としても使えますし、
今の痴漢対策用の催涙スプレーの主成分というか原料は唐辛子だったりするので
催涙スプレーを浴びせられた人が感じる痛みなども部分的に知ることができました。
たとえば催涙スプレーを洗い流そうとしたとき冷水なら痛みはひくが、温水なら激痛が走るとか
こんなことは経験者でもないと、まずわからないことだったりします。

問題は、そんな限定されたシーンを自分の作品のなかで書くときがくるのだろうかということですが
こういう一見してムダな知識というのは、面白いことに間接的にでも、いずれ何かの役に立つものです。

みなさんも特殊な体験ができるというときには、率先して参加してみると作家修養のひとつになりますよ!

文章のリズムは古典から

本日は出先からの投稿です。

よく文章のリズムを訓練するには、自分の書いた文章を音読してみるといいなんていいますね。
読みやすい文章というのは、声にだして話しやすいということでもあります。
必ずしも話し言葉と書き言葉は同一ではないのですが、リズムという点では共通点も多いんですね。

ところで声にだして読みやすい文章というのは、どういう文章を言うのか?
そもそも、それがわかってないと、いくら読みやすくとか、リズムよくとか言ってもしかたりませんね。

ひとつには質のよい文章を読むというのがあります。
文豪とか文章の巧い作家の作品を実際に音読したり、手で書き写したりして体得する方法です。
もちろん、自分の目指す憧れの作家の文章でやってもかまいません。
しかし、ここで注意してほしいのは、文章が極端な作家もいますし、
ストーリーテラーとして優秀でも文章は平凡という作家もいます。
なにより巧すぎる文章というのは、すらすら読めてしまうために心に残りにくくて
なんて書いてあったのか読後に印象があまり残っていないなんてこともあります。

もうひとつには小説ではなくて話芸から学ぶという方法もあります。
話芸というのは、落語とか講談とかですね。これは話言葉のプロです。
読者に文章を通して伝えるのではなく、声を通して伝えることに特化しています。
ですから落語をそのまま口述筆記で文章に書き写しても、そのまま小説として巧い文章にはなりませんが
話の区切り方から話すスピードといった音読するときの読み方の参考にはなりますし、
作中の小気味よい会話の参考にもなってくれるでしょう。
それに古典落語といえども江戸時代、明治時代から演じられ続けていた作品も多いですから
ネタとしての構成も洗練されていますから、ストーリーや演出の参考にもなります。

地元の図書館にも落語名人全集みたいなCDがたくさんありますから
今まで触れたことのない人はぜひ古典のよさも味わってみてください。
もちろん都内にも数少なくなってきましたが、演芸場では毎日演じられていますので
実際に足を運んでみれば、より素晴らしさを実感できるでしょう。

作家は変人であるべきか?

単刀直入に言えば、ひとさまに妄想を売るのが小説家の仕事ですから、普通の人ではつとまりません。
やはり変人として、どこかおかしいところがないと小説家としてやっていけないでしょう。

ですが変人だからといって対人コミュニケーションがとれなくてもいいというわけではありません。
小説家というのは独りで仕事をしているわけではなく、常に編集者との共同作業だったりします。
また編集部に自分の作品がいかに面白いかをアピールするだけのプレゼン力、営業力が求められます。
結局のところ、長く仕事を続けるコツは人脈だったりもするので、どうしてもコミュニケーション力は必須です。
そもそもコミュニケーション力がないと、読者に共感してもらったり理解してもらったりすることもできませんよね。

だから作家は変人であるべきです。
しかし普通の感覚とコミュニケーション力も必要です。
もっとも作家に向いていないタイプは、ごく普通の感性なのにコミュニケーション力のない人です。

もし、あなたがコミュニケーション力がないと思うのなら、文章の訓練よりも、まずそこを鍛えてください!

エレベーターピッチを知っていますか?

もしもビジネスプランを持つあなたがエレベーターの中で投資家と居合わせたとしたら
このチャンスを利用して、エレベーターに乗っている30秒ほどの短時間に
自分のビジネスプランを魅力的に投資家に説明してビジネスチャンスを掴めるかどうかで
あなたの事業家として成功するか失敗するかが決まることになる。

このたとえ話からエレベーターピッチ(elevator pitch)という用語が生まれました。
しかし、これは事業家や起業家だけのケースではなくて、小説家でも同じです。
以前、月例のライトノベルのワークショップでもプレミスを書いてもらいましたが
他の人にできるだけ短時間で自分の思うところを的確に伝えることができるかが
編集者や選考員といった人の心を捉えるかどうかの決め手になってきます。

しかしエレベーターピッチのたとえ通り、いつどこでチャンスが巡ってくるかわからないのですから
偶然だからといって、アドリブやその場のノリでなんとか乗りきれるかというと、そういうものではないんですね。
やはり、いつどこでチャンスがやってくるかわからないからこそ、いつどこでチャンスが巡ってきても
対応できるように常に準備を怠らない心構えこそ、本当に重要なものなのです。

あなたは自分の作品コンセプトを、いま、ここで、30秒あげるから説明してくれないかと言われたとき
ちゃんと思いの丈を相手に伝えることができ、さらに相手の興味を惹くだけの魅力をだせますか?

新人賞の締切までに原稿の中で自分の実力を発揮できればいいんだと考えているような人は
結局のところ、いつもどこでも準備不足のために実力を出しきれないで終わる人が大半です。
少なくとも、いつでもどこででも対応できる人は、もちろん原稿の中でだって実力を発揮できます。

自分が何を書きたいのか? そして、それは読者が興味を持ってくれるほど魅力的なのか?
そういったことは常に明確なビジョンを持って、日々の生活を送ってみてください。

好きなもの語れますか?

小説のアイデアのきっかけをインプットするには、どれだけ多くのものに興味を持つかにかかってきます。

作品の中には、何人ものキャラクターが登場して、そのうちの何人かはあなたの分身かもしれませんが、
中にはあなたの性格や生い立ちとはまったく違うキャラクターだって登場してくるでしょう。
自分と似たキャラクターなら、自分の価値観なり知識でまかなうことができますが、
そうでないキャラクターなら、そうそう容易に想像で描きわけることもできません。
だからこそ自分の趣味趣向とは別に幅広い知識や経験といったものが必要になってくるんですね。

自分とは似ても似つかないキャラクターを活き活きと動かしたいなら、
やはりより多くのものに興味を持つのが最も近道になるでしょう。
だからこそ好きなものをどんどん増やしていって、それを人に語れるようになりましょう。
好きになったもののどこが好きかを人に語るというのは、自分の気持ちの再確認になりますし、
相手の反応で、どう話せば効果的かということもフィードバックされて表現力のよい訓練になります。

反対に好きな物ではなく、嫌いなものでも構いませんが、ネガティブな感情よりも
ポジティブな感情のほうが、読者の喜ぶ作品のアイデアになりやすいんですね。
たしかに嫌いという感情からルサンチマン的な作品を生みだすこともできます。
たとえば『資本論』なんかも、彼の有名なカール・マルクスさんという人がいまして
「俺がこんなに貧乏で、社会的にも認められないのも、すべて社会が悪い。社会は俺にも平等に金よこせ!」
というルサンチマンから生まれたといっても過言ではありませんが、得てして後ろ向きの作品になりがちです。
もしかしたら共産主義国家が破綻したのも、そもそも後ろ向きなイデオロギーだったからかもしれません……。

なにより「好きなものを好き」とはっきりと公言できる人は、人間的な魅力にあふれている人が多いです!
作家ならずともそういう輝いている人というのは、あらゆる面で素晴らしい結果を残すことができますし、
なにより活力がありますので、周りの人を幸せな気分にしてくれます。
自分の作品を通して読者を幸せにすることは小説家として本望でしょう!

ただし自己満足や自分の意見の押しつけは、逆に相手を不快にしてしまうのでご注意を。

人間観察

よく人間観察とか人間ウォッチングが趣味なんですなんて応える女の子っていますよね。
「本当かよ?」とか思ったりもしますが、世の中には面白い人、変な人、恐い人、いろいろいるわけで
小説の登場人物や作品の題材にも大いに役立ってくれるのはまちがいありません!


でも、ぼけ~っと通行人を眺めているだけでは、まったく役に立たないことくらいはわかるでしょう。
風景ではないので、ただ見ているだけで内からこみあげてくる何かを感じるようなものはまずありません。
やっぱり人間観察をするにも方法というのがあるんですね。
ですから今回は目的別に2通りの方法を紹介したいと思います。

(1)通行人など見知らぬ人の人間観察

これは通勤通学途中でも、どこかに遊びに行ってもどこでも気軽にできるので暇つぶしにはもってこいです。
特に”見知らぬ人”というのがポイントになるんですね。この方法は知ってる人ではダメなんです。

話は飛びますが、その昔、『ホーム&アウェイ』(2002)という月9ドラマがあったんですが憶えてますか?
主演は中山美穂で、その当時、辻仁成と結婚したばかりということで、ラブストーリーが期待される月9で
辻サイドの要望でキスシーンNGだとかいろいろあって、ストーリーが迷走したことで低視聴率にあえいで、
未だにDVD化がされていなかったりする不運のドラマなんですが、
このドラマの中で主人公の中山美穂がやっていたのが、通行人の人間観察だったんですね。
中山美穂は身も知らぬ通行人を見つけては、その容姿や行動から突飛な人物設定を作りあげ、
なぜ今ここにいて、何をしようとしているのかというのを妄想するんですね。
このドラマの脚本家は『踊る大捜査線』の君塚良一でしたから、放送を観ていた私としては
「ああ、君塚さん自身も、ああやって人間観察してるんだろうな」と思ったわけです。
本当のところは確かめてないのでわかりませんが、ほぼ確実にそうでしょうね。
そのシーンだけは本当に面白かったですからw(とはいえ3話で挫折してTVタックル観てましたが……)

そんなわけで、実在の人物の様子をベースにして「某国のスパイ」だとか「逃亡中の犯人」だとか、
ありえない設定を膨らめてみるのは、なかなか興味深いものです。
特にターゲットとなった人物の何気ない行動の裏に特殊な意味をこめるというのも創造力や表現力を鍛えるのに
おもしろい訓練になりますから、ぜひ暇つぶしでもいいので、やってみてください。
1人でもできますが、できれば友達なんかと複数で会話してゆくと、ずっと効果的になります。

(2)友達など知り合いの人間観察

今度は実際に面識のある人物の人間観察になります。友達でもいいですし、先生や上司、恋人でもいいでしょう。
赤の他人の人間観察は言わば妄想をふくらませた勝手な解釈だったわけですが、面識がある人物なら
どういう経歴や肩書きであるとか、どんな性格なのかといった基本設定は既に知っているでしょうから
ゼロから妄想の翼をはばたかせることができない代わりに、解剖学のように細かく分析できるんですね。
実際にメスをいれるように、対象となる人物を構成する要素を細かいパーツに分解してみるのです。
たとえば「どこが人に好かれているのか?」「なぜ信頼されるのか?」「どこがカッコ良く見えるのか?」とか
はたまた「嫌われる要因はどこ?」「なぜ不細工なのに彼女がいるんだ?」「どうして卑怯だと感じるんだ?」とか
良い面も悪い面も清濁併せ持っている実在の人物を細かく解剖してバラバラにして、よく観察してみましょう。
たとえば「急いでいても絶対に走らないから、いつも堂々として貫禄があるように見えるのか」とか
モデルになった人物の細かいところの所作や言動と性格や社会的イメージなんてものを結びつけることができます。
そうすれば、身分の高い人物というのは、どういう行動様式や思考パターンで、どういう嗜好があるのかとか
金持ちと貧乏人の金銭感覚のちがいはどこにあるのかとか、傍目に見て勇敢と無謀の境目はどこにあるかとか
実際の友人知人を通してサンプルを抽出することができるようになるんですね。

こうしたサンプルを有効に活用できれば、リアルなだけに破綻のない魅力的な人物造形ができるわけです。
そうすると、特にライトノベルにありがちな突飛すぎたり、無理矢理な設定があったとしても
動いているキャラに息吹や鼓動が感じられるのなら、読者は無茶な設定に違和感を感じることなく
ちゃんと納得してくれて、キャラクターたちを好きになってくれるでしょう。
初心者に限らず最近の作品ではキャラに性格設定の「記号」を貼りつけただけの薄っぺらい人物造形が多いので
本当にリアルな人物造形をできるというのは、作家として大きなアドバンテージになってくれます!

さあ、明日からでも2通りの人間観察に挑戦してみてください。
暇つぶし程度の遊びながら実力アップができるなんてことは、そうそうないです。
やらないのは損です!

読者対象別ヒーロー像考(少年向け作品編)

作品が面白さというのは、その作品が読者の期待を上まわっているかどうかによって決まります。
よって読者のタイプによって、求めるものが違っていれば、作品も異なってきます。
今回は読者対象別に、どんなヒーローとしての男性主人公が好まれるかを考えてみます。

まず、ラノベりあんを読んでくれている人で最も多いのは、少年向けライトノベル志望でしょうから
少年向け作品に登場するヒーローについて考察してみたいと思います。

現代の少年向け作品のヒーローは、一言で要約するなら「実は凄いんだぞ系」と言えるでしょう。
ほとんどの主人公は普通っぽい十代の少年ですが、彼らには特異な能力を潜在的に秘めています。
ヒーローたる者、本当の凡人ではストーリーにならないので、これは絶対です。
主人公は、この特異な能力――ときに超能力だったり強靱な体力、あるいは知力や精神力を駆使して
敵やライバルや様々な難事件や障害を乗り越えてゆく姿が格好よく描かれていきます。

そして共通しているのは、デフォルト状態においては社会的に認められていないということです。
アメコミのスーパーマンにはじまり、ジャンプ漫画、そしてライトノベルに至るまで
基本的に少年向けヒーローは変身するなどして実力を発揮しないかぎりヘタレやバカあつかいです。
それが誰かが危機に陥ったりすると、一転してスーパーヒーローとして大活躍するところに
少年読者ならずとも一般男性の切なる願望として、自身が自己投影していたダメな主人公が
物語のクライマックスに颯爽と変身を遂げて大活躍することにカタルシスを感じるんですね。

なぜなら読者の大半というか全員が社会的に認められていなかったり、軽んじられたりしているからです。
「そんなことはない! 俺は地位も名声もあるし、女にもモテモテだ!」なんて男はまずいません。
そもそもそういう実生活に満足している人というのは、そういうカタルシスを求めていないので
この手のヒーローものを求めていなかったりしますので関係ありません。

この一見すると読者と同等かそれ以下の扱いを受けている主人公という設定が、
特異な能力を活かして活躍するのは大人向け娯楽作品でもよく使われていますよね。
たとえば『水戸黄門』とかも印籠が出てくるまでは、ただのクソジジイだし、
内田康夫作品の素人探偵浅見光彦も実兄が警察高級官僚であることが露見することで
横柄だった刑事たちに認められるシーンは、視聴者的にも爽快感を感じますよね。
だからこそヒーローの「実は凄いんだぞ」というファクターは
少年向け作品に求められている最も大きな期待のひとつとなっているのです。

もうひとつの特徴として、敵やライバルは登場時においては主人公より強いということです。
そんなの当然じゃないかと思うかもしれませんが、実は後で解説する少女向けではそうでもないんですね。
強大な敵や生涯のライバルを「努力」と「友情」によって「勝利」するというのは少年向け作品の鉄則ですが
その他のジャンルの作品においては、それほど忠実に従っている法則ではないのです。

しかしながら、『巨人の星』や『あしたのジョー』などスポ根全盛期の熱血ど根性の「努力」というのは
最近では敬遠されていますので、あっさり書かれるか、他の要素で埋め合わせているケースが多いですね。
というのも、べつに男というのは今も昔もけっこう特訓とか修行とかの苦労話は嫌いじゃないんですが
商業的に女性読者もとりこもうとすると、どうしても暑苦しい展開というのはネガティブ要因ということで
後述する少女作品向けヒーローの特徴に影響されて、省略されがちとなっています。

あと上にも書きましたが「友情」というのが、「努力」が霞んでしまった結果もあって
かなり大きなウェイトを占めるポイントになっていますので、基本的に友人が多いのも特徴です。
これもまた少女向け作品とは真逆のポイントになっています。
女性の場合、「わたしと、友達とどっちが大切なの?」状態になってしまうこともあって
確固たるヒロインが存在している場合は、ヒーローは孤高であることが好まれるんですね。
少女向けでヒロイン不在の作品の場合については、また次回に譲ることにします。

基本的に男性読者のみを意識したときの少年作品のヒーローは、このような存在が好まれているんですね。
これは昔からそうなので、すでに根源的な王道路線となっています。
次回は、少女向け作品にみるヒーロー像についての考察をしていきますので、おたのしみに!

読者対象別ヒーロー像考(少女向け作品編)

昨日のポストに引き続き、今日は少女向け作品にみるヒーロー像の考察です。

少年向けは「実は凄いんだぞ系」としましたが、少女向けは「俺を本気にさせるな系」とでも言いましょうか。
基本的には少年向けと同じようにずば抜けた能力を持っているわけですが、その扱われ方がちがうんですね。
少女向けにおいて読者が感情移入するのは等身大のヒロインであって、ヒーローは理想の男性像となりますから
その特異な能力というのは、周知の事実あるいは一部には高く評価されていることが前提となります。
もちろん美形であり容姿については完璧といっていいでしょう。

ですが能力の発揮という点では、やはり最初から出しきっていることは稀なんですね。
少年向けと同じく作中では能力は出し惜しみされていることが多くなっています。
少年向けがあくまでも潜在的な才能であり、努力や友情パワーを経て徐々に開花するのに対して
少女向けのヒーローは最初から才能は開花しきっていて、その世界の頂点を極めています。
これは理想の男性像としては最強であってほしいという願望を実現しているんでしょう。
才能はあるけど弱いヒーローがどんどん強くなってゆく姿に憧れる男の子とは別の心理となっています。
そこで少女向けヒーローは実力はありながらも、過去のトラウマ、呪い、自ら課した戒めなどにより
能力が封印されていて充分に発揮できない、あるいは敢えて発揮しない立場にいることが多いのです。

ご存じのように少年向けヒーローは長期連載によって戦闘力や必殺技のハイパーインフレが起きるのですが
少女向けは最初からヒーローが頂点に君臨していますから、インフレしにくい構造になっているんですね。
敵やライバル、問題の困難さに合わせて、能力を限定的に解除してゆくというスタイルが好まれているので
終生のライバルといえども、最初からヒーローの真の実力にはかなわないことになっています。

少年向けヒーローは能力を発揮しようにも自由自在に全力をだせないのに対して
少女向けヒーローは条件さえそろえば、自らの意志で全力をだすことができます。
何らかのリスクを背負うことになったとしても、少女向けヒーローは本気になろうと思えばできるところが
いつヒーローが本気になるかという葛藤といった感情面の盛りあげで読者を魅了してゆくのです
これは派手な必殺技の応酬などバトル要素が読者に求められていない少女向け作品としては当然の帰結です。

たとえば、往年の名作として名高い西部劇映画『シェーン』なんかはその典型ですね。
凄腕のガンマンながら、それを理由にこれまでのように町の人に怖がられて町を追い出されないよう
ごく普通の若者としての農場生活に徹するも、最後の最後では町の人のためにならず者たちを撃ち殺す。
そしてガンマンの正体を晒してしまったら、もう町にはいられないと独り町を去ってゆく。
「シェーン、カームバック!」という少年の叫びを背中にうけながら――
他にも高倉健主演の仁侠映画シリーズなどでも、この手法を採りいれて見せ場を作っていますから
この構図は男性向け作品でも問題なく通用するにはするのですが、少年向けとなると哀愁やら悲哀といった
複雑な負の感情が理解できなかったり、求められていなかったりするので作品的に少なくなっています。

上記のことから、少女向けヒーローの見せ場は、正体を現す、あるいは真の実力を発揮する際に
相応の対価やリスクが求められるため、普段は物静かだったり、無愛想だったり、飄々としていたりします。
ですが、ヒロインや誰かのピンチにおいては、自分が負うことになる多大な代償を顧みずに助けてくれる。
その奉仕の精神、自己犠牲の精神がクライマックスとして、女性読者をドキドキさせるのです。

結局は、命がけで自分(あるいは大勢の人)を守ってくれるような騎士道精神の男性こそが
古今東西、普遍的な女性の求めるヒーロー像となっているんですね、ということでまとめておきます。

それでは少年向け、少女向けと来たので、次回は大人向け作品について言及したいと思います。
HOMENEXT →
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