L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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言いたいことは”ひとこと”で!

もしも小説作品を通して読者に伝えたいものがあるとき、長編小説を書くとすれば
原稿用紙換算で300枚も500枚もあるからと、じっくり伝えればいいんだなんて考えてませんか?

もしもそんな悠長なことを考えていたとしたら、絶対に読者にはなにも伝わりません!
小説というのは、たくさんの言葉をつむいで物語を語るものではありますが
もともと伝えたいテーマ性を長々と語るべきものでもないし、難しい媒体なのです。

なぜなら小説では、ほとんどの文章が物語に費やされるのですから
実際にテーマについて書かれている文章というのは圧倒的に少ないか
あるいは物語の全体にちりばめたとしても稀釈されてしまうわけです。
もしテーマだけを語りたいなら論文や評論を書けばいいわけです。

だから小説作品を通して読者にどうしても伝えたいテーマがあるのだとしたら
はっきりと一言で言いあらわせるほど明瞭なものでなければなりません。
そのうえで微妙なニュアンスや機微といったものを物語の中で補足するようにしなければ伝わりません。

もし簡潔に一言で説明できないのだとすれば、それは作者自身さえわかっていことだということです。
作者さえよくわかっていない曖昧模糊なテーマを作者が作品の中でくっきりと書けるわけがないし
それを読者に読みとれというほうが、どだい無理な話というものです。

オフなどを作家志望の人のプロットを読んで、この手の質問すると巧く応えられなかったり
そこまで考えていなかったりということが多いのですが、そういうプロットはやはり芯がないので
ストーリー自体がぐらついてあらぬほうに向かってしまうことが多いんですね。
難しく考えすぎてしまい、作者本人がよくまとめきれてないのです。

オフでは最近、言葉短く説明説明する練習をすることが多いのですが
それは物語の芯であり、軸をしっかりと立てる感覚を掴んでほしいからなんですね。
経験がないほど詳細設定などの枝葉末節に心を奪われてしまいがちなので、
みなさんも投稿作品を書く前に、その作品で自分がなにを言いたいのかということを
はっきりさせてから書くようにしてみてください。
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まさに革命的なiPad

やはりというか、ちまたのカフェにはiPadをあやつる人がたくさんいるみたいですね。
なにをやっているかというと、入力ではなくて、いろいろ閲覧しているそうです。
これって、おもしろくないですか? まさに革命的ですよ!

なにがおもしろいって今の段階でiPadを買うようなイノベーターやアーリーアダプター層が
iPadそ片手に新聞や雑誌をカフェで読んでいるってことが、おもしろいんですよ。
だって彼らはiPadを買う前には、きっとこう言っていたはずです。

「もはや雑誌とか新聞の時代は終わったね。ニュースはネットのほうがテレビや新聞より断然早いし、
流行の話題だってツイッターのほうが早くて自分の嗜好に高度にフィルタリングされてるからね!
もうネットさえあれば、新聞も雑誌もテレビもいらないよ」

――なんて言っていたにちがいないんですよ。ええ、賭けてもいいですw
それがiPadを手にしたその日から、あれだけ時代遅れのメディアだとバカにしていた
新聞や雑誌に殺到しているわけですから、これを革命と言わずなんというのでしょうか。

皮肉はこのくらいにしておいて、iPadでの新聞や雑誌の閲覧、そして電子書籍の機能は
ただ可能という意味での「できる」でしかないんですね。
それが「ベスト」の方法なのかといったら、ぜったいに違うはずです。
従来型のネットスタイルであるテキスト文書を上下スクロールしながら記事を読むのと
キャプチャーした新聞画面をわざわざ縦に横に不規則にスクロールしなければならない記事と
どちらが読みやすいのかと問われれば、答えはおのずと明らかです。

今は軽快にサクサク動く大画面(iPhoneと比較して)に感動しているかもしれませんが、
飽きっぽい人なら、あと数日で普通のことになり、来週には苦痛になってきますよ。
今現在、iPadの最も有用な活用方法というのは、持っていない人に「見せびらかし自慢すること」です。

電子書籍の機能だけに絞れば、amazon.comのキンドルのほうが特化していて優れていますし
今年8月にはキンドルの新型が投入されるという話も伝わってきていますが
とはいえまだまだ電子書籍を必要とする人が少ないんですよね。

何百冊、何千冊もの本をiPadなりキンドル1つで持ち運べるとは言っても
そもそも普段から本を数冊以上、持ち歩く人がどれくらいいますか?
普通、雑誌でなければ1冊の本を読み終えてから、つぎの本を読みはじめますよね?
それに資料でもないかぎり既読の本を読み返すってことは、まずしないでしょう?
資料にしたいような本は電子書籍はおろか一般書籍でもなかなか入手しにくいわけですし。
何度も読み返したい本なら、普通以上に紙の本として手元に置いていたくはないですか?

そう考えてゆくと、一般的な人々の従来型の読書習慣と、今の電子書籍端末の長所である機能では
まったくもって乖離してしまっているんですよね。
そもそも電子書籍が便利という人って、かなり特殊なケースの人なんですよね。
たとえば出張により移動時間の多くて、常に何冊もの最新のビジネス書を読まないといけない
ごく一部のアメリカ的なエグゼクティブビジネスマンしか思いつかないんですよね。

特にライトノベルにかぎって考えると、違法コピーしやすいという意外に読者のメリットがないのが
現時点の電子書籍端末なんじゃないのかなと思うわけです。
ですから今後の発展を考えるなら、電子書籍の機能に即した、あるいは大いに活用した
新しい読書スタイルを誰かが考案して普及していかないと、なかなか馴染まないのではないかと考えています。

さあ、モノは変わった。つぎに変わるべきは使う人間そのものだ!

原稿印刷のコツ

できてない人は、まったくできていないのが原稿印刷なんですよね。

応募原稿の場合、募集要項にある指定通りの”文字数×行数”に設定すればいいと思ってませんか?

それだけでは不十分なんですね!
ちょっとした設定のしかたで、読みやすくもなれば、とても読みにくくもなるんですよ。
例えば、よみにくい原稿の代表的なものといえば、行間よりも文字間を大きくとっているものですね。
一見すると縦書きなのに横書きに見えてしまうんですよ。
正直、このタイプの原稿を見るだけでげんなりします……たとえ優秀な作品でも3割マイナスは覚悟してください。
そのくらい読むのにストレスを感じてしまうんですね。

では、原稿印刷するときに、文字数と行数以外になにを注意すればいいか?

(1)上下左右の余白は大きめに

原稿を指定文字数&行数でA4いっぱいに印刷してはいけません。
全体のバランスを考えながら、2cm以上は余裕をとると見やすく仕上がります。
特に上下の余白で文字間を幅を調節しましょう。
つづりひもを通す場合にも、字の上に穴が空いてしまうなんてこともありません。

(2)フォントは大きめに

フォントサイズに指定がないなら、できるだけ大きめの文字でプリントしましょう。
選考委員の中には、すでに老眼になっている人も考えられます。
だいたいフォントサイズは12以上が望ましいですね。
かといってバカみたい大きな文字は、かえって読みにくいので、ほどほどに。

(3)原稿の1枚目には新人賞名(出版社名)と自分の連絡先を書く

募集要項に指定がなくても、必ず宛先となる出版社名、新人賞タイトル名、自分の住所氏名は明記しよう。
郵便事故はゼロではありません。特に原稿などカサがあって重いものは、
配送途中に封筒そのものが破損したり汚損してしまうことも多いんです。
1000本も集まるような新人賞なら、途中でなくされたり、汚されたりする作品は必ずあるでしょう。
確率は非常に少ないとは思いますが、それがあなたの作品かもしれません。
だから必ず原稿用紙は丈夫なビニール袋に入れて水濡れと破損防止を予防してください。
そして封筒が破損してなくされても、中身の原稿に宛先と連絡先が書かれていれば、どうにか配達できます。

退会.inを知っていますか?

実はですね、ちょっと前から退会.inというサイトでライターはじめました。

世にある全てのことのやめ方を解説してゆくという、なんとも後ろ向きなハウツー系サイトですが
そこは非モテSNSと同じ永上裕之君(株式会社ホットココア社長)の運営ですからw
ほんと、ニッチなところを突いてくる手腕は才能を感じます。
日本一の非モテ作家ですから、ここは協力しないとという使命感に燃えての参戦です!

現在、日昌晶名義での記事は「ネトゲのやめ方」と「戦隊ヒーロー」のやめ方が掲載されています。
興味がある方は、ちょっとのぞいてみてください。

でも、作家志望はやめないでくださいねw


退会.in http://taika.in/

パクリの境界

現在、mixiライトノベル作家志望コミュにて
『俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長』と『バカとテストと召喚獣』シリーズが
酷似する文章が散見することから盗作ではないかという疑惑を端にして
どこからが盗作のアウトで、どこからがセーフということが議論されています。

上の例の場合、文章表現という組み合わせ自在の表現方法においては
故意に模倣しない限り、天文学的な確率でないと一致しないような事案なので
漫画のトレースと同様と考えていいのではないかと考えています。

しかし、このようにわかりやすい例は少ないんですね。
通常パクリ騒動がもちあがるのは、キャラや世界観など設定なりが似ているというものが大半です。
しかしながら、ライトノベルに限らずストーリー性のある作品というのはストーリーラインの数は有限で
古今東西の作品は、基本ストーリーラインを踏襲しつつ、オリジナリティをだしているので
どこかしら似てきてしまうことが多いのです。それは仕方のないことです。

ですから、よけいにパクリの境界がわかりにくいわけですが、ここで簡単な指針があるんですね。
もしもよく似ていると思われる作品が1つの作品についてだけだったら、
故意かどうかに限らず世間的にはパクリになってしまいます。

しかし、よく似ている作品が2つ以上の作品にまたがっていて
「キャラは作品AでストーリーはBとほとんど同じじゃないか!」なんていう場合は基本セーフです。
程度によりますが、さすがにそのまんまの設定だと2つの作品にまたがっていてもパクリ判定されますよw

ようするに部分部分がいろいろな作品に似ていると言われても、他の部分が異なっていれば
ちがっていれば、それはオリジナルと認められることになります。
ただし主人公の髪の色を青から赤に変えましたみたいなことはしないでくださいね!
笑いごとかもしれませんが、これより少しマシだというだけのレベルの投稿作品はとても多いんです!

パチモンサミット2010夏に出席

本日は、年に2回開催されているというパチモンサミットに出席してきました。
今回で足かけ6年、第11回目となる由緒正しいサミットなんですね。

なんと特典として参加者全員に配布されたのが、下の写真にある地獄怪獣オニゴンのソフビ人形です。
実際には、この怪獣人形がほしくて参加したわけなんですが、たいへん満足しています。
なかなか愛嬌のあるかわいらしい怪獣ですが、デザインは日昌晶の尊敬する漫画家、唐沢なをき先生です。
ちゃんと足の裏には手書き文字で「(C)唐沢なをき」と書かれてましたよ。
もちろん唐沢先生はパチモンサミットの主賓として、素晴らしいパチモンコレクションを紹介してくれました。

オニゴン

パチモンサミットは主に怪獣のソフトビニール人形のパチモノを中心に
パネリスト3人のパチモンコレクション披露するという形式ですが
今回は「どうして我々はパチモノを買うのか?」という議題を徹底討論しました。
結局、正規品が入手できないときにパチモノと知りつつも、つい物欲を満たすために買ってしまう
という結論に達しましたが、私も怪獣ブームよりは後の世代ながらガンプラ不足のときには
ついガンダルやガンガル、ジ・アニメージのロボットプラモに手を出してしまった経験がw

他にもドラえもんと思いきやフェイスオープンしてゾウに変形する電子玩具とか
トランスフォーマーみたいな人型の機関車トーマス風ロボット、
「迷奇老鼠」(ミッキーマウス)と書かれた、どう見てもただのネズミの玩具とか
現在のパチモノ王国である中国製の玩具の迫力に圧倒されたりしました。
なぜか中国製パチモノは変な部分が無意味にLEDで明滅することをはじめて知りました!

そしてパチモノ特撮『仮面ライライ』が登場したり
(ライライは女性ライダーで、そもそも仮面ライダーのパチモノぬりえのキャラが原作とのこと)
サミットの最後には大抽選会やら即売会やらもありました。
唐沢先生のサイン入りオニゴンはほしかったぁ。

<本日の教訓>
・少年マガジン連載の漫画『キングコング』(作話:梶原一騎)の展開は熱すぎる!
・ヨネザワ製ソフビの塗料は経年劣化で溶けてベトベトになるので要注意!

こういう珍妙なイベントは、もうライトノベルのネタの宝庫ですので
いろいろとネタを仕入れに参加してみると、おもしろいですよ!

読者世代との交流

まだまだ読者世代とイコールな人ならいいんですが、特にライトノベルというのは
メインの読者層は中高生だったりするので、作家と読者の年の差が自然と大きくなりがちです。

やはり世代間におきるジェネレーションギャップというのは段々と問題になってくるんですよね。
その世代に流行ったオモチャや音楽、テレビ番組、そして学校生活などの社会環境など
そうしたものから醸成される感性のちがいはいかんともしがたいものです。
ライトノベルはオタク層の支持が厚いので、多少古いモノであっても若い世代が勉強していて
作者世代のこともわかってくれたりするわけですが、そればかりに頼ることはできません。
作者としても読者世代のことを知っておくべきです。

できることなら自分の目指す作品の読者世代と直に交流をすることで、
自分とはちがう世代がどんなことを思い、考えているのかをぜひ知ってください。
かくいう私も近頃は何かと女子高生と交流する機会が増えてきました。
実は先週の土曜日も大勢のJKに囲まれていました。
やっぱり若さゆえの元気さに、ついていけないところもままありましたが
まだまだJKの話題にもなんとかついていける自分がいたので安心しました!
なんと女子高生に”大学生”にまちがえられてしまったしねw

とはいえ、私の場合、少年向け作品を書いているので本当は男子中高生と交流しなければとは思うのですが
これがまた男子中高生とは、まったく知りあう機会がないんですよね……
そういえば、自分が中高生の頃も大人との交流なんてほとんどありませんでしたからね。
やはり女子のほうが年上の人との接触が格段に多いし、精神年齢も高いんですよ。
なので、かなりオクテの女の子でも、意外と初体験が早かったりするのもうなずけます。
特にネット世代は、その傾向が強いんじゃないでしょうか?

まあ、ここで注意しなければいけないのは、女子中高生と変な交流をしてしまって
せっかくの連載が打ち切られてしまうなんてことはないようにしたいものです。
私には連載中の作品はないですし、なにより日本一の非モテ作家なので関係ないですがw

でも最近は若い子に囲まれているせいか、この前「なんか少し若返ってますよね」と
ハタチの女の子に言われたのは、とてもうれしかったです!
そういう効果もあると思うので、できるだけ読者世代の感性を肌で感じるためにも
いろいろなチャンスを利用して、積極的に交流してみてください。

くれぐれも犯罪にならない程度に!

絶版回収へ 俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長

つい最近もラノベりあんでも話題にしましたが、例の盗作騒動は絶版回収で決着がついたようです。

ときを同じくして、パチモンサミットにも参加していた日昌晶なわけですが
昔のおおらかな著作権意識から、時代の流れとして厳しくなってきています。
ここで、今回のどこが盗作だったかなどの検証は他のサイトに任せまして
今回は将来的な著作権な方向性について書いてみたいと思います。

今後はフリー時代を迎えるにあたり、著作権ビジネスは確実に希薄になってゆきます。
小説を含め、漫画もアニメも映画も著作権だけでは儲からなくなるのです。
現在、その最先端をゆくのが音楽業界というのは、ご存じかと思います。
昨日、ニュースにもなっていましたが、HMV渋谷店も8月に閉店になるとか。
1枚の原価が数十円でしかないアルバムを3000円といった値段で売ることで成り立つ
音楽業界の著作権ビジネスは崩壊に向かっているのです。
中国やブラジルが先鋒となり、アメリカにも浸透しつつあるように音楽は”無料”になってゆきます!
そしてCDという存在は、もうそれ自体が商品ではなくなり、販促ツールとなってゆくのです。
正規品だろうが海賊版や違法DLだろうが、その音楽をできるだけ多くの人に聴いてもらい
そのアーティストのファンになってもらい、ツアーやライブの入場料、またはグッズ販売によって
利益をだすという新しいビジネスモデルに移行しています。

書籍も紙から電子書籍になることでコストが極限までゼロに近づいてゆき、
さらには違法DLの圧迫もあって、やがて無料へと移行するでしょう。
もうこれからは出版社は本を売ることで儲けることはできなくなるし、
そうなれば作家も出版時の印税では食べていけなくなります。
出版社も作家もビジネスモデルを大きく転換してゆかなければならなくなるでしょう!

かつて明治時代、まだ本がベストセラーになったところで1000部やそこらの同人誌規模だったころ
往年の文豪たちはどうやって稼いでいたかというと、もちろん印税ではありませんでした。
ひとつは夏目漱石のように新聞での小説連載といったかたちで仕事を請け負うこともありました。
また芥川龍之介のような人気作家ならば、日本全国を飛びまわり各地で講演して稼ぐ人もいました。
あるいは事業として版元になって小説雑誌を編集、出版するという手もありました。
今では作家といえば、あたりまえのような印税生活ですが、ずっとそうだったわけではありません!

ビジネスモデルは時代によって常に変化してゆきます。それは出版業界も同じです。
来たるフリー時代には、もう知的所有権を持っているだけで、お金が入ってくる時代は終わります。
マネタイズするには、著作権だけでなく、もう一工夫しなければいけなくなるのです。

とはいえ、著作権がなくなることはありません! なくなるのは今の著作権ビジネスです。
無料化時代には正規品も海賊版もゼロ円だからビジネスとして意味をなさなくなってしまうわけですが
それだけに将来の著作権は無断コピーではなく、無断改変や剽窃に対して厳しくなってゆくでしょう。
作品は今のような商品としてではなく、作家自身のブランド力そのものとなるのですから当然です。
なにせ盗作者は特定しやすいので、不特定多数の海賊版の取締とちがって確実に処罰されますよ。

くれぐれも盗作はやめましょう。すぐにバレて身を滅ぼすだけです。

アイデアを展開する

6月26日の土曜日に月例のmixiライトノベル作家志望コミュのオフをやります。

今回の講義テーマは『プロの発想と展開――イチからつくるライトノベル!』 です。
プロがどのような思考でアイデア出しをして、それを物語に組み込んでいくかを見てもらおうと
その場で考えてプロット段階まで作ってしまういう実演式講義となります。

具体的には、創作するのは少年向けの学園ものと少女向けの異世界ファンタジーを考えていて
作品のコアとなるキーワードは参加者に決めてもらい、同一のキーワードで2つの作品を考えてゆきます。
同じキーワードでも異なるジャンルでは、どう展開のさせ方が違ってくるのかということで
バリエーションの広げ方なんかも同時に知ってもらえればなと思っていたりします。

こうした実演式の講義をしようと思ったというのも、作家志望者にはできてないひとが目立つからなんですね。
まず思い浮かんだアイデアが宝石の原石なのか、それともただの石ころなのかの区別がつかない人、
そして宝石の原石を手に入れても、それをカットして加工するすべを知らずにダメにしてしまう人、
残念ながら、そういう作家志望者が本当に多いんですよね……

たとえるなら鉛筆を使おうとしたとき、鉛筆というモノの存在や使い方を知っていれば
鉛筆の先端を適切に削ることで、筆記具として便利に使いこなせるわけですが
そもそも鉛筆そのものが何かさえ知らないと、火にくべて薪のかわりにしてしまったり
筆記具だと気づいても、周りの木の部分を全て剥ぎとってしまったりするかもしれませんよね。
現代日本人なら鉛筆を知らない人はいないわけで、本当にバカバカしいたとえ話なのですが
これが小説のアイデアとなると、まったく同じようなバカバカしい使い方をしてしまって
せっかくのアイデアでも、とんでもない作品を書いてしまう人が続出してしまうのです。

逆に宝石の原石だと思って一生懸命磨きに磨いているんですが、それはただの石ころであって
いくらカットしたり磨いたりしても、その苦労は徒労に終わるだけという場合も多々あります。
そうやって貴重な自分の時間を潰してしまって、チャンスを潰してしまう人がいかに多いことか!

しかも、このような欠点を自覚していたりすると、逆にある程度以上できていたりするんですが
この手の欠点は自覚していない人ほど、まるでできていなかったりするのが問題だったりするんですね……
そういう人にはなにをいってもムダなので、あまり強くは言いませんが。

今回の講義では、自分の考えたアイデアが宝石の原石なのかどうかを見極める鑑識眼、
そして原石ならどういうカットをすればいいかという基本デザインの知識と適応、
さらに、もっとも輝かせるにはどうすればいいのかを計算して磨いてゆく技術力、
こういったことは、なかなか説明するだけでは理解してもらえないことも多いので
今回は総合的に実演というかたちで、職人のように目で見て盗んでいってほしいですね。
きっと今までは意識していなかったような細かいけど仕上げに大きく影響するような
テクニックがいろいろとわかるはずですので、ぜひご期待ください!

人に伝えるための基本

自分以外の誰かに自分の思いを言葉で効果的に伝えるには2つの方法があります。

◆大事なことや難しい話は、できるだけ噛みくだいた平易な言葉で語る。

◆嘘やバカげた話は、できるだけもっともらしく難しい言葉で語る。


しかし、多くの人が、この逆をやってしまうんですね。
たしかに難しいことを簡単な言葉で説明するのは難しいですし、
嘘をもっともらしく説明して説得するのは、もっと難しいことです。
しかし難しいからと言って、さけて通ることはできません。やらなければならないのです。

では、小説ではどうかというと、この両方が必要となってきます。
もともとがフィクションですから嘘といえば嘘ですし、ラノベは特に荒唐無稽でもあります。
だからこそ、そのシチュエーションに、それなりのリアリティを持たせて語らなくてはなりません。
ライトノベルに少しのリアリティもなければ、それは単なる妄想にすぎません!

そして小説ではテーマがあり、作者の伝えたい思いがあります。
だからこそ、ある程度は誰が読んでも理解できるような簡潔で平易な文章が求められるんですね。
そうでなければ、読者に理解してもらえなくなります。
この兼ね合いの絶妙さが小説文章の醍醐味であり、難しさでもあります。

さて、みなさんは、どうしたら読み手がより理解してくれるかということを意識しながら
読者の身になって考えて文章を書いていますか?
HOMENEXT →
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