L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

SEARCH

CONTENTS
LATEST
LINK
BOOKS

RSS
COUNTER

ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

きみに愛はあるか?3つの愛のかたち 【8月ライトノベルオフ講義録その1】

* The sale of this MagabloSM has been discontinued.
What is MagabloSM?
スポンサーサイト



架空異世界の祭礼に関する考察(1)

いつもの創作のための講座ではなくて、実際に物語を書くうえで参考になることを書いてみます。

今回とりあげるのは「お祭り」です。
ええ、今週末、地元の秋祭りがあるので、ふと思いついただけですw

異世界ファンタジーを描くときには、できるだけ世界観は緻密に設定したほうが
架空世界にリアリティを与えるので、とても重要なものですね。
特にその異世界で市井の人々の日常生活に関する風習や習俗といった民俗学的な設定というのは
社会制度や科学文明、軍事制度といった派手な設定ばかりに目がいってしまって
なかなかそこまで考えているプロ作家も多くないというのが現状です。
だからこそ、そういったところにもきちんと設定が練られていれば、あなたの武器になってくれますよ。

今回は民俗学では、もっともメジャーな祭礼についてです。
宗教行事というのは、どんな世界でも行われていますが、実際にどんな祭りが行われているのか
知らない人も多いのではないかと思いますので、今回は異世界での”祭り”を設定するときに
役に立ちそうな知識を概略として説明していきましょう。

まず世界的に見て、祭りの時期は四季ごとにあり、春分、夏至、秋分、冬至を前後する期間に
行われることが多いのです。太陽の運行に関わるので、神秘的な意味合いもあるんですね。
それでは、それぞれの季節の祭りの特徴について見てみましょうか。

【春分祭】 正月 カーニバル(謝肉祭) イースター(復活祭) 節分 花見

四季のある地域では長く厳しい冬が終わり、春の到来を喜ぶ祭りが行われます。
冬の「死」「静」から春の「生」「動」の季節への転換を祝うのです。
アジア圏では「新年」と設定されてきたので、特に盛大に祝うことになります。
現在でも中華圏では春分に近い旧正月を中心に祝っていますよね。
日本でも新しい年の「歳神」を迎えるための盛大な祭りとされていました。
しかし日本では太陽暦の採用で新年の時期がずれてしまい、
この時期は現在では年越しの「追儺」から派生した「節分」のような地味な行事しかありませんが
代わりに遅れて「花見」として宗教とは無関係な宴が全国的に催されることで代替されています。

しかしながら冬は作物が育たず、秋に備蓄した食べ物を食べてきたわけですから
時期的に気温は暖かくはなっても最も食糧が乏しい時期でもあります。
作物の生産能力と食糧保存技術なくしては、この時期に祭りをすることはできません。
実際に20世紀まで朝鮮や中国では「春窮」といって毎年1年のうちで最も多くの餓死者をだしていました。

またカトリック圏では四旬節という断食(節食)の時期であり、四旬節にはいる前にカーニバルでバカ騒ぎして
四旬節が明けてのイースターはクリスマス以上に大切な宗教行事となっています。


【夏至祭】 お盆 夏祭り 七夕

アジア圏では特にアニミズム的な祖霊供養のための祭りが夏の時期に集中します。
「七夕」も本来は祖霊供養の行事だったものが、今のような形に変化したものです。
先祖の霊が戻ってくる時期は、本来「お盆」と「正月」だったのですが、
仏教との習合の影響で、しだいに夏の「お盆」だけになっていきました。
テレビなどで心霊特集や怪談話が夏に多いのも、この祖霊信仰によります。

欧米圏全体で見ると、夏の時期に大々的な祭りは特にありませんが
北欧など夏の短い高緯度地方では、短い夏を謳歌するために、
日本の花見のように、あまり宗教性のない宴として最も盛りあがっています。

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』に登場する「星祭り」(銀河のお祭り、ケンタウル祭とも)も
詳細や由来はいっさい不明ですが、夏至の時期に行われる祭りとして描かれています。
ちなみに北欧フィンランド人作家のトーベ・ヤンソンの『ムーミン』でも
夏至祭りはムーミン谷の住人にとって1年で最も大切で盛大なお祭りとされていますよね。


秋分祭と冬至祭については、また次回。

架空異世界の祭礼に関する考察(2)

きのうのつづきになります。

【秋分祭】 収穫祭 秋祭り ハロウィン

農耕民族であれば、この時期に祭りをやらない地域はないでしょう。
異世界ファンタジー作品でも、お祭りといえば、だいたい秋の祭りを扱っていますよね。
なので、いまさら多くを語る必要もありませんが、ここで注意すべきことがひとつあります。
実はキリスト教的には大事な行事でないんですね。

今年の作物の実りを祝い、神に感謝し、来年の豊作を願っての祭りなのですが、
キリスト教の前身であるユダヤ教は荒れ地に住む遊牧民族の宗教ですので農業には関心ありません。
聖書にも農民の兄カインよりも遊牧民の弟アベルを神はえこひいきするくらいです。
しかも神がアベルをひいきしたことに理由は特に語られません。生贄の羊が好きだったのでしょうか?
ですがヨーロッパ圏の多くは農業地帯であり、ほとんどが農民です。
そこでだいたい各地で聖人の日を名目にして収穫祭を祝ったりもします。
だいたい1年365日、どの日も誰かの聖人の日に指定されているので困りませんしね。

ハロウィンについては、その前日をキリスト教的には万聖節に当てています。
万聖節とはあらゆる聖人をお祝いする日ということなんですが、こじつけです。
元々がケルト民俗の新年に当たるのが10月31日、ハロウィンであって、
この1年の境の夜には霊や化け物が出てくるとされていたので、まあ日本のお盆に近い感覚ですね。
結局、古代宗教の風習を払拭しきれなかったカトリックが後付で設定してごまかしているだけです。
古代の大地母神信仰を聖母マリア信仰にすりかえたのと似たような経緯です。


【冬至祭】 クリスマス

この時期、日本はカボチャを食べるとか、ゆず湯に入るとかだけで祭りはあまりありません。
しかし欧米ではクリスマスという宗教的な重要度ではイースターに次ぐものですが、
世界中でもっとも盛りあがるイベントとなっています。

通説ではイエス・キリストの誕生日とされていますが、実は聖書にも伝承にも誕生日は書かれていません。
そのためイエスの誕生日については、実はまったくの不明なのです。
ですが古代ローマ帝国時代、当時の2大新興宗教だったのがキリスト教とミトラ教で
ミトラ教の主神ミトラスの誕生日が12月25日だったのが、いつのまにかパクられたんですね。
ミトラス神は太陽神です。つまり12月25日付近にある冬至は、1年のうちで太陽の出る時間が
もっとも短いということで、この日に太陽が生まれ変わるという信仰に基づいているんですね。
なので、本当はクリスマスの日程というのはイエスと縁もゆかりもないのです。
また12月25日をクリスマスとするのはカトリックとプロテスタント系で
ギリシア正教、ロシア正教などの東方教会のクリスマスは1月6日となっています。

ちなみにミトラス神は日本でもお馴染みの神様です。
元々はゾロアスター教の主神アフラマツダのひとり息子ということになっていって
これが西に行ってミトラ教のミトラス神となり、東に行くとバラモン教(ヒンズー教)のマイトレーヤ、
極東に行くと漢語訳されて弥勒菩薩となった神様なんですね。
ちなみにオウム真理教元幹部の上祐氏(現ひかりの輪代表)のホーリーネームがマイトレーヤだったりします。


以上が四季折々に行われる祭礼について概略を示したものになります。
やはり季節的に、また農耕サイクル的にも春分と秋分の祭りが大々的に祭りの季節なんですね。
異世界の祭りも、だいたいその時期には自然発生的に祭りが行われることになるでしょう。
その他、北欧の夏至祭りのように気候によって開催されるお祭りもあります。
四季のない常夏の南国だと事情が異なってくるでしょうが、あまり南国を舞台とする作品はないので
今回は割愛させてもらいました。詳しく知りたい人は各自、調べてください。

次回は、お祭りの中身について考察してみたいと思います。
祭りでは、どういうことをするのかですね。
あまり考えてない人が描くと飲んで騒いでで終わってしまいがちですが
宗教とも密接につながる行事でもありますから、それだけでは味気ないですよね。
それではまた次回をお楽しみに!

なぜ叙述トリックはライトノベルと相性が悪いのか

今回は珍しくライトノベルの書き方に絞った内容となります。

作家志望者というのは、どうも叙述トリックを書きたくなる時期があるんですね。
長らく小説家志望者を教えてきた経験から、もう必ずといってもいいほどだと思うのですね。
かくいう私自身もそんな時期がありました。
たぶん巧い叙述トリックの作品なんかを読むと、自分でもと思ってしまうんでしょうね。
実際に叙述トリックの作品を書くのは意外と簡単なんですよね。
ただし読者を唸らせるほぼ巧緻な叙述トリックを書くのは至難の業ですけどね。
誰でも手を出せるけど、ものになりにくいというのが叙述トリックというものです。

その前に「叙述トリック」とはなんぞやという人もいるでしょう。
簡単に言えば、小説の手品、マジックのようなものです。
読者をミスリーディング(故意に誤解)させて、物語の最後に鮮やかに真実を明らかにして
「おおっ!」と読者を感嘆せしめるものですが、詳しいことは検索してください。
無数の手法やテクニックが存在し、それをいちいち説明すると、作品のネタバレになってしまうので
この場では割愛させてもらうことにします。

こんな叙述トリックなんですが、実はライトノベルとは本当に相性がよくありません。
食べあわせの「天麩羅に西瓜」「鰻に梅干」みたいなものです。
どこが相性がよくないのかというと、3つのポイントがあるんですね。
それをいまから説明していきましょう。

【1】ライトノベル読者層には、文章構造が複雑すぎる

ライトノベルは基本的に読書習慣の未熟な初心者用の作品です。
ですので、できるだけ平易に書かれた作品が多いわけですが、
叙述トリックというのは、かなりの読解力がないと複雑な構成になっているため
最後まで読んでも、なかなか理解できないなんてことがあるんですね。
対象年齢が高めに設定したライトノベルであるならよいのですが
中高生向けや全年齢向け作品にしては読者の敷居が高くなってしまいがちですね。

【2】あくまで一発ネタであって、シリーズ化できない

これは商業的な理由ですが、ライトノベルは何冊もシリーズを続けることが求められています。
ところが叙述トリックというのは1冊ないし1作で使うことはできますが、
それを第2巻、第3巻と続けてやっていくには、構造的に無理が生じてしまうんですね。
ですので叙述トリックが部分的に使用されているならともかく、作品の中心となっていると
どうしてもシリーズ化を前提としたライトノベルには向いていないのです。

【3】映像化するとネタバレするので、アニメ化できない

これもかなり下世話な問題ではありますが、ライトノベルは人気作ならアニメ化が検討されます。
自分の作品がアニメ化されることを希望している作家志望者も多いでしょう。
ところが叙述トリックというのは、視覚化に弱いんですね。
文章だけだからこそ読者を騙すことができるのですが、姿が見えたり、声が聞こえたすると
叙述トリックの9割以上が一瞬でネタバレしてしまうという弱点があるのです。

たとえば漫画『名探偵コナン』に登場する犯人の”黒い人影”なんていうのは
叙述トリックそのものではないにしても、小説なら自然に違和感を感じさせずにごまかせるものを
絵的に読者の目に見えてしまうと、どうしても違和感が出てしまったりするんですね。
他にも男のような口調の文章で進行して、最後に実は女でしたみたいな叙述トリックを使っているとして
これがアニメ化なんてことになれば、中性的な声優を使うにしても視聴者にもうバレバレですよね。
以上のことから、映像化を狙うのであれば、やはり叙述トリックは避けたほうが無難です。


以上、3つのポイントがライトノベルと叙述トリックの相性が悪い理由ではありますが
それ以上に、本格的な叙述トリックで読ませる作品というのは、相当に難度が高いので
どうしても叙述トリックを書きたいのだという強い意志がないのであれば、やめておきましょう。

架空異世界の祭礼に関する考察(3)

四季の祭礼について概略を説明していきましたが、みなさんの世界設定の参考になりましたか?

秋の収穫祭の他にも、春の訪れを祝う祭りもぜひ採りいれてみるとおもしろいかと思います。
特に牧畜民、遊牧民にとっては繁殖期とも重なってきますので、多産祈願などにも関係してきます。
世界的に見ても祭礼は気候やライフスタイルといったものから自然発生することが多く
それが密接に宗教によって裏付けられ、儀式化してゆくものなんですね。
そのため土着の多神教からキリスト教などに改宗しても、祭り自体は名目や体裁を変えただけで
中身はキリスト教伝来以前とほとんど変わらないなんてものばかりなわけです。

今回は、そんなお祭りの中身について、創作活動に使えそうな点をかいつまんで
その概要を簡単に説明していきたいと思います。

まず祭りといえば誰もが思い描くのが、飲んで食べてのどんちゃん騒ぎですね。
特に世俗的な祭りの場合は、その傾向が顕著になります。
一方で厳粛な祭りの場合は、断食や物忌みといった日常生活の制限が課されます。
とはいえ、これは表裏一体なんですね。

たとえば最も有名なのがイスラム教のラマダンですね。
断食だというのは、よく知られていますが本当に何も食べないわけではありません。
イスラム歴で1ヶ月の間、何も食べなかったら全滅してしまいます。
断食するのは日の出から日の入りまでの日中だけで、夜は飲食自由なんですね。
ということで、断食期間中なのに、つい食いだめしすぎて「ラマダン太り」する人も多いそうです。
ラマダン期間中の夜には、ご馳走を並べてペプシコーラ(飲酒禁止なので)で乾杯する人々の光景が
たまにテレビなどで放映されているのを見ている人も多いでしょう。

ユダヤ教で有名なのが安息日ですね。
創世記に書かれた7日間の世界創造において神が想像7日目は仕事をしなかったということから
7日目の土曜日には、人間も何もしてはならないという戒律ができたわけですね。
しかし余暇としてのたのしい休日ではなく「何もしない」ことを徹底する厳格な宗教活動でした。
「安息日に赤児が井戸に落ちても助けてはならない」と厳しい戒律でした。
こういう戒律主義から脱却すべしとした宗教改革者がナザレのヨシュア(後のイエス・キリスト)です。

キリスト教においてもカーニバルとイースターの間は四旬節として断食期間がもうけられています。
断食というよりも日本でいう物忌みに近いもので、いまではあまり厳格に守られていませんが
この期間は肉をはじめ、卵、乳製品などを食べず、最低限の食事ですごすことが求められています。
とはいえ、この季節は最も食糧事情が悪いので、もともとぜいたくはできなかったでしょう。
それと繁殖期にはいる家畜をできるだけ食べて減らさないという実利的な側面もあったでしょう。

とはいえ四旬節直前のカーニバルでは1週間ほどドンチャン騒ぎをやるわけですが
もともとはキリスト教とは関係ない古代ゲルマンの春分祭の一環だったようです。
どこの国でも同じようなことを考えているようで、カーニバルの本来の意味としては
人形を作って、それに罪や厄災などの身代わりにしたてて燃やすというものらしく
日本の雛祭りの期限である「流し雛」の風習とよく似ています。

今日のところは、このくらいにして、また機会がありましたら
今度は祭り特有の「無礼講」について書いてみたいと思っていますので、よろしくお願いします。

架空異世界の祭礼に関する考察(4)

今日はとりあえず短期集中連載の「祭礼」の最終回です。
前回は、祭りの騒ぐ側面と節制する側面について語ってみました。
そして今回は祭りにつきものの「無礼講」についてでしたね。

でもちょっと考えてみてください。
会社や学校の飲み会で無礼講とかいっても本当に無礼講になった試しがないですよね。
継続した社会である以上、一時的に無礼講なんていうことがすんなりできるわけがない。
「今夜は無礼講だぞ」言ってるのは偉い人たちだけで、しかも本当に無礼講をやらかすと
根に持つのもそういう人たちだったりしてタチが悪いんですよね。
世界中の祭りだって同じです。真の無礼講なんて存在しません。
しかし、できるだけ無礼講に近いかたちになるような工夫をしてきたんですね。

有名なところではヴェネツィアのカーニバルですかね。
みなさんもマスケラという色形もいろいろな仮面をつけて派手に着飾るイタリアでの祭りを
テレビか何かで一度くらいは見たことがあると思います。そう、あれです。
この場合、誰が誰だかわからないよう仮面をつけることによって
身分を越えて対等になれるように工夫しているわけですね。
そうはいっても、この祭りに参加できるのは富裕層だけだったでしょうから
小金持ちも超大金持ちも対等になれるというくらいの意味合いだったかもしれません。
少なくとも貧乏人も貴族も対等になんてことはありえません。
ヨーロッパでの社会階層は日本で考えるよりも絶対的なのです。
でも物語としては、身分の差が大きいほどおもしろいわけで実際とは異なってもいいですけどね。
祭りではありませんが、仮面舞踏会というのも同様の主旨ですよね。

さて、今度はもっと庶民的なところを考えてみましょうか。
仮面や派手な衣裳はお金がかかりますが、お金をかけずに身元をわからなくするにはどうすればいいか?
答えは簡単ですね。夜の闇です。昔は街灯なんてまずありませんし、
そもそも宮殿の中でもロウソクやランプだけの灯りだけなので本当に暗かったんですね。
夕方、ちょっと暗くなると、もう誰が誰だか顔もわからなくなってしまう。
ということで「誰そ彼」(たそかれ)から「黄昏」(たそがれ)となったとか。
ですから夜ともなれば、それはそれで誰が誰だか声だけしかわからない。
夜の闇を利用して誰が誰だかわからない状態にして無礼講にするというやり方もあるわけです。
先のヴェネツィアの場合も仮面をつけてさらに夜を利用していたので完璧だったでしょう。
ただし声音でバレる可能性もありますけど、それは気づかないふりというのがお約束です。

それから無礼講の障碍というと、やっぱり上司や先輩ですよね。
だから同僚だけ同期だけで集まって無礼講にするという方法もあるわけです。
まあ、ちょっと意味合いがちがってきますが、気楽に楽しめますよね。
そして昔もそうでした。村の若者だけが集まったり、女だけで集まったりとかですね。
日本でも「ドンドン焼き」など子供だけで集まるイベントなんかがいまでもあります。
ちょっと昔の農村なら夜の盆踊りは夜這い相手を見つけるための一大イベントでしたから
年頃の若い男女が総出で楽しんだわけですよ。べつに踊りがたのしかったわけじゃありません。
近頃の地元でやるような盆踊りは年配層しか踊っていないので、まったく盛りあがりませんよね。
こうなってしまったのも、もう盆踊りに行かなくても相手を簡単に見つけられるからです。
他にも主人を除く使用人だけが参加する祭りなど、横割りにするのは効果的だったんですね。

それから祭りにとって欠かせないのが、さきほども書きましたが性的放縦、性の解放です。
古代ギリシアのディオニソス祭を例にだすまでもなく、世界中の民間祭礼においては
クライマックスは常に男女の性に直結するのが慣習だったんですね。
だからこそ、昔の人は異常なまでに祭りに熱狂するわけです。
現在、ほとんどの日本の祭りでは、この最も情熱的な核の部分が去勢されてしまって
酒を飲んで騒ぐ以外におもしろみがなくなってしまい、中高年ばかりが楽しんでいるばかりで、
若者には見向きもされなくなってしまい、どんどんさびれつつあるんですね。
キリスト教のような性の抑圧の厳しい宗教であっても土着宗教の祭りをベースにしている以上
この傾向からは逃れられぬ運命にありました。
だからこそ古今の作品を読むと、祭りのシチュエーションには必ず恋愛や一夜のアバンチュールが
セットでついてくるといっても過言ではないわけです。
いちばんの無礼講というのは、酒を対等に酌み交わすよりも、男女の仲にあるように思います。
ただし、あくまでも風俗学的な観点であって、ライトノベルのネタに活用できるかは別問題ですよ。

さて、いかがでしたでしょうか?
あなたの作品に使えそうな祭りはイメージできましたか?
人の本質というのは文明がいくら発達したといっても、紀元前の昔からそう変化していません。
その情熱が最も烈しく表出することができたのが、昔は祭日だけだったというだけです。
あなたの創作した祭りでは、どんな出逢いや恋物語が生まれるのでしょうか?

ラノベの公式を知っていますか?

ラノベの公式というより、物語の公式のほうが汎用性がありますかね。
ライトノベルに限らず、上質な物語というものには必ず公式があるのです。
算数や数学の授業で、たっぷり勉強しましたよね。あの公式です。
小説を書こうというのだから理数系は苦手かもしれませんが、
どっこい論理的思考というのは、どんな分野の仕事でも必要になってくるものです。

小学校までの算数というのは九九をはじめ日常生活のための必要最低限の知識です。
しかし中高の数学や物理というのは、よく「大人になったら役に立たない」と言われますが
まったくその通りです。まず高校数学の知識なんて日常生活で滅多に使う機会なんてないですよ。
でも、数学や物理は論理的思考を鍛えるための練習だったんですね。
物事を論理的に考えられないと正確な意思疎通がとれず、コミュニケーション不全となってしまい
社会生活に支障が出てしまうのです。だから文系でも理数系怠るとたいへん損をします。

ということで、ライトノベル作家を目指すのに、数学が顔をだしてくるんですね。
では、具体的にどんなことかというのをお話ししましょう。
それでは小学校の算数で習う台形の面積について考えてみましょうか。

   台形の面積=(上底+下底)×高さ÷2

ゆとり世代の一部の人を除けば、みんな知っているはずの有名な公式です。
この公式を知らなくても三角形の面積を求める公式を知っていれば
図に補助線を引くことで面積を導きだすこともできるとされていますが
正直、かなり数学的なセンスや素養がないと思いもつかないと思うわけです。
そして、そういう優秀な人は覚えるつもりもなく台形も面積くらい知っているものですよね。
よって台形の面積の公式を知らないと、まず解答するのは無理ってことになります。

そしてライトノベルもまったく同じなんですね。
どういう物語を作りたいかを考えたときに、それに従って何が必要なのかわかっていないと
整合性のある上質な物語というのは、どうやっても紡げません。
台形の面積なら少なくとも四則演算の方法、上底、下底、高さの概念と測定するための知識
こういったものがすべて備わっていなければ、呪文ではないので公式を唱えても役に立ちません。
ライトノベルでも、書きたい作品に適切な、テーマ、コンセプト、キャラ、エピソード、伏線など
そういうものの意味と特性をよく理解していて、かつ自分の書きたい作品にはどれとどれが必要で
どういうふうに足したり引いたり掛けあわせていけばいいかといった計算できないといけないのです。

そして、それらをバランスよく最適化することも必要です。
テストの引っかけ問題で、わざと図の中の長さの単位が cm と mm が混在していて、
単位をそろえておかないと計算ミスする問題とかありましたよね。
物語を創作するうえでも、そういう全体の調整は不可欠だったりします。
数学とちがって、きっちりと算出できる性質のものではないので、より難しいですけどね。

こういう面倒なことをいちいち考えなくても、ごく自然にできてしまう人と
どうしても計算しないとできない人の2つの人種が存在します。
そして圧倒的に多いのは後者なのですが、ところがその大多数は計算をしてないんですよ。
算数にたとえるなら、暗算できる人をまねて回答欄にデタラメな数字を書き込むようなものです。
100問あれば、すべての回答欄に1とでも書いておけば、何問かあたるでしょうが及第点は絶対にとれません。
バカなことをすると笑うかもしれませんが、小説創作で同じことをやっている人はたくさんいます。

では、どうしたら便利で不可欠な物語創作の公式を体得できるのでしょうか?
それはもう数学の公式と同じです。まずは暗記です。話はそれからです。
そして暗記した上で、より理解を深めるために数学みたいに展開したりして証明するもいいですよね。
すると、では暗記する公式はどこに書いてあるんだと思うでしょう。
残念ですが公式なんて便利なものは、そんな一朝一夕に手に入れられるものではないんですね。
このブログやオフでの講義、他にも小説の書き方のハウツー本などにも書かれてはいますが
それを読んだり聴いたからといって、たちまち身につくわけもないですよね。
そんな能力があったら作家なんてやめて、六法全書を読んで弁護士になったほうがいいですよ。

公式を体得するには、とにかく練習が必要です。楽な方法なんてありません。
具体的には自分で書いてみるのと並行して、より多くの作品を読みこむことです。
そうして読んだ作品の中から公式が隠れているのを見つけてください。
物語創作のための読解力を鍛えるのです。それ以外に上達の道はありません。

あなたは公式をいくつ修得していますか?

暦(こよみ)1 架空異世界構築シリーズ

前回は異世界設定を考えるときのアイデアのネタとして祭礼をとりあげてみました。
今回はお祭りと同じく異世界もので、どう扱っていいものか悩んでしまうのに暦法、
つまりカレンダーがあります。これについて考えてみましょうか。

やっぱり異世界なのに現実世界と同じ太陽暦12ヶ月のカレンダーじゃ、ちょっと違和感ありますよね。
かといって適当に設定してみるにしても、どうしていいかわからないし、
変に懲りすぎるとわけがわからなくなってしまい、読者を混乱させてしまいます。
ということで今回はいったい暦はどうやって作られていて、
どんな種類があるのかということを小説に使えそうなネタを拾いながら説明していきます。

まず古代より1日ごとの移り変わりで目立ったのは月の満ち欠けでした。
地球の月の満ち欠け、専門用語でいう朔望月は、およそ29.5日でしたので、
これが1ヶ月の単位になっていったのは、すんなり理解しやすいですよね。
またこの朔望周期を4等分することで、7日(七曜)という1週間の単位も決まってきました。
ですから、もし異世界の月の満ち欠けがリアル世界の地球と異なるのであれば
それに合わせて自然と1週間の単位も変化するでしょうね。

こうして1週間と1月の単位が決まり、これが拡張して1年の長さが決まってきます。
現在でもイスラム暦では朔望月が29.5日であることから、
12ヶ月を30日ある月と29日ある月を交互に配置しています。
ところが、月の満ち欠けを基準とした太陰暦では1年が354日となってしまい、
私たちに馴染みのある太陽暦の365日より11日ほど短くなってしまっているんですね。
そうすると1年ごとに暦と季節が少しずつずれてきてしまいます。
イスラムの断食月であるラマダンが冬になったり夏になったりするのは、こうしたわけがあるのです。

中東地域のように四季の変化に乏しく、遊牧民が多い社会なら暦と季節がずれても、
そんなに困ることがないのですが、かつての日本や欧米のような農業主体で
ほとんどが農民だった社会では非常に不便ですよね。
たとえば種まきの時期や刈りいれの時期などの予定を立てるのに、
毎年毎年、日付がずれてゆくのではうまくないのです。そこで登場するのが閏月の挿入です。
太陽暦の今でも4年に1度の閏日や、さらに細かい閏秒なんてものが存在しますが、
農耕民族の太陰暦には、イスラムの暦のような純太陰暦に加えて
月の運行と太陽の運行を調整するのに3年に一度くらいの割合で閏月を挿入することで
1ヶ月まるまる増えて13ヶ月になる年ができるんですね。
たとえば4月と5月の間に閏月を置く場合は「閏4月」と呼びます。
閏月を何月と何月の間に配置するかは、その地域ごとにおいて算出する方法が異なるので、
気になる人は自分で調べてください。

ですから、あなたの設定した異世界において、月と太陽の運行が同期していれば閏月は発生しません。
もし年間で15日ほどずれていれば2年に一度は閏月が挿入されるでしょうし、
もし年間5日だけなら、6年に一度だけ閏月を設けるよりも
毎年、特定の月を5日間だけ長く設定しておくほうが便利でしょうね。

おもしろい暦ということでは、ローマ暦があります。
古代ローマではギリシアの太陰暦を参考にしながらも月の満ち欠けとは関係なく、
1年を10ヶ月(30日の月と31日の月)に分割しているんですね。
なので1年は304日となります。今でも英語の月名に当時の1年10ヶ月制の名残りがあって、
9月は「7番目」、10月は「8番目」、11月は「9番目」、12月は「10番目」という意味です。
ところが太陽暦換算だと1年が61日もたりなくなってしまいます。
そのためローマでは春(3月)から1年がはじまり、冬の12月末には暦が終了してしまうのです。
そして、それ以降は日付のない日が60日前後続くことになります。

なぜこんな暦なのかというと、冬は農閑期で正確な日付は必要なかったからとも言われています。
なんとも奇妙な暦法ですが、これなら暦と季節とのズレは生じないんですよね。
しかもどうやら61日間を正確にはかって暦が再びはじまるわけではなく、
権威者が春の訪れを見はからって、その年のマルティウス第1日目(3月1日)を宣言していたようです。
こんなちょっとアバウトな暦を持った異世界というのもおもしろいでしょうね。

つまり暦というのは、このように天体の運行に深く関わってきます。
月が2つある異世界なんてよくある設定ですが、たったそれだけで暦は変化するんですよ。
そういうところまで考えて、設定を考えていましたか?

次回は太陽暦と実在したユニークな暦法について解説してみます。

第1回日昌晶掌篇文学賞 8月期選考結果発表

日昌晶掌篇文学賞も2回目の結果発表となりました。
8月期も大好評で、応募総数51作品でした。
前回よりもコツをつかんだ方も多く、全体的なレベルも向上していて
選考は難航しましたが、どうにか結果を発表するにいたりました。
それでは、さっそく発表(敬称略)にうつりましょう!

【金賞(8月期月間賞)】(副賞:1000円ギフト券)
『完璧な計画』(仮題) ゼミ長

先月の銀賞も完全犯罪ものでしたが、今月は金賞となりました。
べつに選考委員長である日昌晶の趣味だから選ばれているわけではないのですよ。
やはりユーモア作品としては非常にシンプルであり、印象に残る作品として高く評価しています。
特にこの作品がおもしろいのは二段オチになっているところですよね。
最後の3行がなければ、佳作止まりだったかもしれませんが、たった3行で
ともすればバカバカしいだけのギャグをぎゅっと引き締めることで
きちんと小説作品として成立させてくれています。構成力の勝利ですね。
そして完全犯罪の内容がまともなだけに主人公のマヌケさがひきたっています。
惜しむらくは作品のタイトルがなかったので、
便宜上、私のほうで勝手にタイトルをつけさせてもらいました。

<受賞者コメント>
コメント……といわれましても、気の利いたことは言えませんが、
正直なところ、最初は目の錯覚かと思いました。
前回の佳作でも驚きだったのに、まさか金賞までいただけるとは。
掌編はほとんど書いたことが無かったので、
仰天というか驚愕というか……ともかく驚きました。
最後に、題名の書き忘れ、申し訳無いです。
今後もさらに精進を続けて、
またいい案が浮かべば投稿したいと思っていますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

【銀賞】
『全裸学級』  Nei

不条理。それに尽きます。
若人は知らないかもしれませんが吾妻ひでおの漫画を彷彿とさせる
エロで不条理な作風は、なかなかマネできるものではないですよね。
これだけの文章でここまで描ききってしまえることに脱帽しました。
着想、コンセプトともに金賞にしようかどうか悩んだのですが、
最終的に勝敗を分けたのは作品の最後の部分でしたね。最終行はよかったのですが、
その直前の数行については、もう少し読者を強引に納得させてしまうような
不条理さに徹していれば、もう一段、上のステージの作品にしあがったと思います。

【佳作】
『京の夏風邪』 あっきん
『ストーカーはすぐ側に……』 玲レイ
『天使の遺伝子は平等に』 とと
『馬鹿どもに、河童の加護よあれ』 ミカ
『嘘つく』 堕落の天使2@
『コロッケ』(仮題) 貸しましょうか?
『一歩を踏み出す勇気』 飄凛然
『寝過ごした!』 ラムネ
『地図』(仮題) コートニー
『新盆の幼なじみ』  電波だぬき
(以上10作品、投稿順)

『京の夏風邪』は数少ない季節ものでしたね。物語に意外性はないのですが、
小気味よく京都の風物詩を織りこんで情感豊かなところを評価しました。
『ストーカーはすぐ側に……』は、タイトル的にネタバレしてしまっているのが惜しいですが
いかにもライトノベルなノリの軽快さは読みやすかったです。
『天使の遺伝子は平等に』は着想はすごく評価していますが、結末にひねりがなかった。
最後に「おおっ」と思わせてくれれば、金賞になっていたかもしれません。
『馬鹿どもに、河童の加護よあれ』もせっかくの河童という題材をもう少し作品に活かせたら
もっと上にいけたんじゃないかなと思います。河童である必然性がほしかったですね。
『嘘つく』は青春の一コマっていう感じがよく表現できていておもしろかったです。
この作品も最後にひとひねりがなく、一昔前のラブコメ漫画になってしまったのが惜しかったです。
『コロッケ』は、もともと無題だったので、こちらで便宜的につけたタイトルです。
どうも情感と余韻を残す作品が少ないなかで、高いクオリティとなっていので高評価しました。
『一歩を踏み出す勇気』は叙述トリック的な作品ですが、主人公のいじましさがよく描けていました。
全体的に現代詩モドキになってしまっているので、もう少し文章を工夫すると、ぐっとおもしろくなります。
『寝過ごした!』は先月の金賞だったラムネさんの作品ということで、作品のレベルは高いです。
先月のように登場人物がもっと読者に好かれるように描けていれば、もっとよかったですね。
『地図』も無題だったので仮題です。数少ない異世界ファンタジーの世界を800字以内にまとめて
情感豊かに描ききっている点を評価しました。
『新盆の幼なじみ』は、ストーリー自体はよくあるステレオタイプなのですが
巨大なナスの牛に乗ってくるといったガジェットの使い方を評価しました。
普通に終わらせずに、最後をもっと工夫するともっと印象深い作品になりますよ。


《総評》
今回は全体のレベルもあがってきましたので、選考は難しかったですね。
しかし前回は1作もなかったのに、なぜかタイトルのない無題作品が多い、多い……
タイトルも作品のうちです。作者はしっかり題名もつけてあげてくださいね。
それから佳作も含めて全体的に、オチというか、作品の締めがおざなりな作品も多かったです。
ありきたりに終わるならまだいいのですが、結局なにが言いたいのかわからないうちに
プッツリと終わってしまっている作品が目立ちました。
情感を残そうと思ってなのかもしれませんが残念ながら余韻はありませんでした。
ライトノベルでは、あまり余韻を残して書く機会がないのですが
エピローグなどでは有用なスキルなので、ぜひ研究してみてください。
あと先月も書いたと思うのですが壮大なテーマを扱うには掌篇小説は不向きな媒体です。
逆にトリック的なアイデアに夢中になってしまい、物語がおざなりの作品も見受けられました。
掌篇小説は本当に短い作品なので、ちょっとしたバランスの狂いで傑作にも駄作にもなります。
その点を注意して、次回も頑張ってください。


<受賞作品全文掲載>

完璧な計画(仮題) ゼミ長著

 ふっふっふ、我ながら完璧な計画だ。
 まずは妻をレジャーとして山に連れ出し、殺害。他人の犯行に見せかけるために自らも重傷を負い、どうにか車を操り病院へ向かう。問題は凶器の始末だが、これは問題ない。犯人がその場に捨てたことにすればいいのだからな。もちろん、その後は警察に事情を聞かれるだろう。そこで俺があった事がないことになっている妻の叔父をモンタージュ作成の際に犯人に仕立て上げる。もちろん、詳細に答えるわけにはいかない。緊急事態に顔を完璧に覚えられるわけがないからだ。実況見分の際も詳細に答えてはいけない。やはりここはうろ覚えでなければならない。怪しまれない程度に事実と違う出来事を散りばめる必要がある。そのあとはあくまで最愛の妻を失った悲劇の夫を演じ続けていかなければならない。あとは一年前に失踪した――まぁ、俺が殺したんだがな――妻の叔父名義の保険金をスイスの銀行を通して資金洗浄。架空の口座に振り込ませる。
 これで邪魔な妻は消え、多額の保険金が俺に入り、スナックのよしみちゃんとも一緒になれる。完璧だ。なんて完璧なんだ俺の計画。なんて聡明で狡猾なんだ俺。ああ、自分の才能が恐ろしくなるぜ……。
 さぁ、叔父の指紋が付いた包丁の準備は整っている。作戦は明日決行だ……。
「ちょっと君」
 ん、なんだ、人が完璧な計画に酔いしれているというのに……。

「ニュースです。本日午後一時頃、会社員の佐藤一郎容疑者(34)が、殺人及び殺人予備罪の容疑で逮捕されました。都内の喫茶店から『不審な男が包丁を片手に何事かを不気味に呟いている』との通報があり、駆け付けた警官が男から事情聴取。鞄からはプリントアウトされた殺人計画書も発見されており、警察では引き続き……」

 ふん、まぁいい。愚鈍な検察や裁判官を出し抜いて堂々と出て行くまでだ。まずは弁護人と共謀し、完璧な計画を……。

「そういうのは、口に出さず頭で考えるだけにするんだな」



全裸学級 Nei著

 南優花が服を着て登校したら、みんな全裸だった。先生も全裸だった。
 一時間目の算数は中止され、優花が全裸じゃない理由を考える会が開かれた。
 いま、優花は黒板の前に立たされて、うつむいていた。

「よし、先生決めたぞ。南に全裸になってほしいから、手をあげる! 何分でも、何時間でも待つぞ!」
 先生がぴしりと手をあげた。
 すっ、すと次々に手が上がる。

 三人だけ、手をあげなかった。
 太っちょの小杉と、優花の親友の智子と、優花の想い人の野田だった。
「南、SR-71Aはさ」
 小杉が立ちあがった。乳首は陥没していた。
「マッハ3で空が飛べるんだ。すげぇよな。でも俺、全裸になったら百メートル十三秒〇二で走れた。二〇秒台だった俺がさ……そんだけ」
 小杉はしたり顔で着席した。まっぱ十三とでも言いたいのだろうか。
 続いて立ちあがったのは智子だった。
 智子は囚人になった友を見るような目で優花を見つめた。
「お願い優花。馬鹿な真似はやめて……私、私、もう……ひっく……」
 とうとう泣き崩れてしまった。隣の子が慰めて座らせた。
 果たして馬鹿はどちらだ。
「南」
 最後に立ったのは野田である。優花は思わず手で顔を覆った。
「どうして全裸にならない」
「それは……恥ずかしくないの?」
「南こそ恥ずかしいだろ。みんな全裸なのに服を着てる」
 何か間違ってないだろうか。優花は必死に自問自答した。けれども、全裸に対する嫌悪と羞恥の理由はわからない。
 ――思えば。自分は常識というものに囚われて、全裸の本質を見抜けていないのではないか。現に、全裸が絶対間違っているということを証明できない。
 優花はあらためて教室を見渡した。
 みんな真剣な全裸で、腕が痙攣しても決して手を降ろすことはない。
 あぁ、クラスが一丸となって全裸を推進している。それなのに自分は、どうして恥じらい、頑なに全裸を拒んでいるのだろうか。人は何故、服を着るのだろうか……
 優花は徐に、ブラウスの第一ボタンに手をかけた。


きみに愛はあるか?3つの愛のかたち 【8月ライトノベルオフ講義録その2】

* The sale of this MagabloSM has been discontinued.
What is MagabloSM?
HOMENEXT →
広告: