L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

謹賀新年

平成二十五年も幕を開けました!

あなたの執筆活動にとって、今年が躍進の年でありますように!

今年も創作の一助にこのラノベりあんをよろしくお願いいたします。
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正月らしきことなど

今年の正月もまた、たいしてお正月らしからぬ感じとなってしまいました。
ミスタードーナッツで福袋ならぬ福箱を買ったくらいですかね。
ドーナツ引換券20枚とスヌーピーグッズが盛りだくさんでした。値段も2000円だし。

さて、一年の計は元旦にありなどと申しますから、作家志望者のみなさんはきっと高い志をもって
2013年をスタートしたことかと思います。そして今頃は三日坊主で息切れしている人も多いことでしょうw

大上段に構えてもなかなか上手くいくわけがないのです。
そんなことができるなら新年の節目とか関係なく去年からやってるはずですよ。
みんな心は弱かったりするわけです。

ですから無理に頑張ることなく、いつもここで書いているように着実に継続していきましょう。
毎日1行ずつでも書いていけば、やがて作品は完成するものです。
一大叙事詩的大長編でなければの話ですが、大半の人は枚数制限のある投稿作品を書いていることでしょうし。

そして文章を書くことばかりに目がいきがちですが、ぜひ周りを見渡す広い視野を持つよう努力してください。
小説とは文章で表現をしますが、文章そのものが小説ではありません。書かれた内容が小説です。
画家が絵の具と筆にいくらこだわったところで、それだけで名画が描けるわけではないのと同じです。
画家の目で何を見るのか、そしてどう感じるのかを絵として表現しているように
日本語という言語を駆使して、あなたの思いや考えを小説に投影してあげてください。

作家向きの変人、向かない変人

多かれ少なかれ作家というものは変人です。
そうでなければ作家なんて本気で志すこともないでしょう。

しかし変人は変人でも、作家向きの変人と作家に向かない変人という2つのタイプがあります。
それはどういうことかを書いていきましょうか。

まず小説、特にエンタメ系小説、娯楽小説、もちろんライトノベルも含みますが
そういう作品を書くためには普通の感覚を知っていないと書けないんですね。
読者である一般大衆がどういうことに興味があり、なにをおもしろく感じるのか
そういうことがわからないと、おもしろさのツボをはずしまくってしまいます。
ですから変人であっても、普通の感覚がわかる変人でないといけません。

作家に向かない変人というのは、上のような普通の感覚がわからないタイプです。
おもしろさのツボが大衆とずれているので、おもしろい作品を書くことはできません。
そもそも変人なら変人なりに突き抜けた作品を書けば、娯楽小説ではなく純文学の私小説とかなら
世に認められる可能性もなくはないどころか、かなり高いわけですが、そうはいかないようです。

普通の感覚がないことで基準がわからなかったり曖昧であるために
自分のポジションがほかの人とどれだけちがうかということがわからないんですね。
そのため「普通のキャラ」も書けないし、本来自分のことを書けばできてしまう「変なキャラ」も書けません。

そのため人物造形やキャラ設定が非常に薄弱なもので、まったくおもしろみがなくなってしまいがちです。
それが自分でも理解しているのかどうかまではわかりませんが、そういう人というのは
作品に対してキャラよりもストーリーを重視する傾向が強いんですね。

とはいえラノベだろうと純文学だろうと、描く出来は人間そのものなわけです。
国木田独歩の『武蔵野』なんていう情景のみを書き連ねるような作品もありますが
それでも情景に対する作者の思いや感動などを中心に書いてある以上、核は人の心なんですね。
もしも感情を廃して情景を描いたとしたら、それはもう地理学のようなものであり小説ではありません。

ですから、もし作家志望者でストーリー重視で作品を構想したり執筆したりするタイプだとしたら
経験則ですが8割以上は単にキャラを描ききれないからストーリーに逃げているだけです。

見分け方としては、あなたの書いた作品の主人公が何らかの行動を選択するシーンを見てみてください。
もし主人公の選んだ選択肢が「一般人」でも十中八九同じものを選択するであろう選択肢ばかり選んでいるとしたら
(このときの一般人というのは、悪者がいたら絶対に倒しに行くような典型的なヒーロー像も含まれます)
あなたの作品のキャラは活きていない、個性的でない、つまりキャラが書けていない証拠です。

ジャンル別に物語構成の作法は決まってるのです

ただ漫然と面白くなるように、はたまた自分の好き勝手に物語を展開しようとしていませんか?

作家志望者でも意外と知られていないのが、ジャンルごとに物語構成の作法が決まっているんですね。
ここではジャンルごとにどういう決まりがあるかということについては長くなるので割愛しますが
恋愛小説であろうと、SF小説であろうと、だいたい長い年月を経て定着したパターンが決まっていて
これを大きく逸脱すると、そのジャンルとは認められなくなってしまいかねないんですね。

よく知られている決まりとしては、少年向けラノベであれば絶対に美少女を登場させなければならないとか
推理小説では容疑者は作品冒頭部で全員登場していなければ行けないとかですね。

これを利用して逆手にとる手法もまた存在しています。
たとえば京極夏彦の『姑獲鳥の夏』は18世紀から19世紀にかけて確立されていったゴシック小説の構成に
忠実に従って緻密に書かれていたりするわけですよ。
おそらく典型的ゴシック小説(ゴシックロマン、ゴシックホラー)の決まりごとである20以上の項目について
唯一はずれている項目は、舞台が「イタリア」ではなく「日本」になっていることくらいじゃないでしょうか。
そのくらいきっちり枠内に収めて書かれていたりするんですね。
読者的には妖怪に目がいきがちですが、その構成を解析すると作者の巧みな構成力もわかってきますよ。

では、どのジャンルにどんな決まりごとがあるのでしょうか?
それはもう自分なりに多くを読み込んでパターンを自分で見つけていくか
文学系の専門書で知識を身につけるしかないでしょうね。

天才肌の作家であれば、こういうことを勉強しなくても体感としてはじめから理解できてしまいますが
そうではない作家であれば、基礎学問として時間を割いて学ばないと、かなり不利になりますよ。

健康あっての執筆

ここ最近、体調不良がつづいてしまい、とうとうこのブログにも穴が空いてしまいました……

執筆というのは、傍目にはキーボードを指で叩くだけの軽作業に見えますが
その実、動物としては体重比として大きすぎる人間の脳を維持するだけでも大量のエネルギーが必要であり
それを活発に動かす頭脳労働は重労働なので、なかなか体調不良だと上手くいかないものです。

熱に犯されながら見た悪夢や幻覚をそのまま作品に投影するという手法もありますけどね。
ただし文学には少なくて、やはり絵画や映像作品など美術方面のほうが強いですね。
現代美術だと精神障害まではいかなくても神経症などを患っていると思われる作品が多いですよ。
漫画家つげ義春作品でも夢を題材とした『ねじ式』など一連の作品を描いていたときは、
かなり精神的に不安定だったようですし、本当に身を削らないといけない捨て身の戦法です。

それに小説の場合は自分の体験を切り売りして作品に織り込んでゆくパターンが多いです。
なので豊富な体験(妄想や思索を含む)がないと、すぐに行き詰まってしまいやすいのでご注意を。

なにはともあれ健康第一を改めて痛感しています。

アルゼンチン有志の実写版マクロスに期待

ロケットニュースを見ていたら、マクロスを実写版で作っているというので映像を見てみました。
創造していたより地球の裏側のバルキリーはクオリティが高かったです。
むしろVF-1Jバルキリーよりも敵戦闘ポッドのリガードの迫力のほうに脱帽でした。
昔の模型を使った特撮とちがってCGはスキルがあれば少人数かつ低予算で製作できるので
こういうファンムービーを作る土壌が培われていっているんですね。




正確には『超時空要塞マクロス』ではなくて北米版のアニメ『ロボテック』なんですけどね。
ロボテックは超時空要塞マクロス、超時空騎団サザンクロス、機甲創世記モスピーダの映像をミックスして
これに北米オリジナルシナリオをつけて1本の作品としたものだったりするわけです。
当時、ガンダム以降のリアルロボットアニメはストーリーが青年向けに移行したことで難解になっていたので
子供向けとして放送したいアメリカとしては、そのまま放送することをよしとしなかったんでしょうね。
戦隊ヒーローもスーツアクションのみ映像を流用して、顔出しパートだけアメリカ人俳優で撮り直したりと
けっこうすごいことをやっているので、このくらいはよくある話なんでしょう。

とはいえ、こういうロボットアニメのリメイク的なファンムービーが作られたりする一方で
本当にガンダム的なロボットを研究開発もされていたりするのは
おそらく当時これらの作品を見ていた子供たちが大人になって、指導的な立場に立ってきたからですよね。

ちょっと前まで日本で人型ロボット開発といえば、理想型は鉄腕アトムだったわけですよ。
それはもう開発の中心人物が鉄腕アトム世代だったから、子供の頃の夢を叶えるべくアトムへと傾いたわけです。
その現段階の到達点がホンダのアシモだったんだと思います。
開発者はいろいろ理由をつけてはいますが、べつにアシモを子供サイズにすることはなかったんですよね。
大人サイズでも現行の利用目的なら特に支障はなさそうなわけです。
結局のところ子供サイズなのはアトムを再現したかったからに他ならないでしょう。

そして現在の研究でリーダーとして台頭してきたのがアトム世代からガンダム世代へと移ってきました。
マジンガーZ以来のロボットとは人間が操縦する兵器だというイメージを持っている世代です。
さすがに日本では兵器の開発は表立ってできないのと、人間サイズの10倍という大きさには無理があるので
(そもそもガンダムはパワードスーツ的な初期設定だったのをスポンサーである玩具会社の意向で巨大化させた)
等身大から3メートルくらいまでのパワードスーツや『装甲騎兵ボトムズ』のATみたいなタイプが主流となってきました。
アマチュアの製作した玩具兵器「クラタス」とか外骨格スーツ「スケルトニクス」なんかもそうですよね。
実際に戦闘には使用できないけど、玩具として機関砲やロケット砲を装備しているわけですから。
実用化するならパトレイバーと同じく軍用より建設用重機としてのほうが活躍しそうですが
アシモをあえて子供サイズにしたのと同様に玩具でも兵器を搭載するのが男の子の夢なわけです。

さて、そうなると次世代の開発者はなにを目指すんでしょうね?
90年代前半からリアルロボットアニメは衰退して、子供向けのヒーローロボットに先祖返りしてしまい
その後に登場したエヴァンゲリオンともなるとロボットではなくて人造人間ですからね。
技術的に可能だとして巨大有機アンドロイドを子供の夢として作りたいかどうかは微妙でしょうし……
そもそもロボットそのものに興味を持たなくなるんでしょうか?
もしかしたらロボット開発より孫悟空やルフィになるべく肉体改造や遺伝子改造に興味を持って、
強くなりたいという夢を叶えたがる子が増えてくるかもしれないと思うと、ちょっと怖いとは思いますけど。

私はオタクではなかった模様(今になって気づきました)

私はライトノベル作家なんてことをやってみたり、昔のアニメとかにも詳しかったりするので
てっきり自分はオタクなのかと思っていたのですが、ここにきて実はちがうことがわかってきました。

そもそも私はオタクが好きなジャンルにはさほど興味がなかったんですよね。
アニメも子供の頃観ていたものについては異常なほど記憶していますが、大人になってから放映されたものについては
ラノベ作家なんてはじめなければ視聴することはなかったんじゃないかというぐらい興味があまりありません。
声優とかアイドルもほとんど知らないですしね。でもAKB48は少しわかります。
ゲームについても嫌いじゃないのでDSは買ったけど、それほどやり込むこともなかったんですよね。
かといって鉄道も興味ないし、ミリタリーも昔は好きでしたが今は……ですしね。

じゃあ、私はオタクじゃなかったら何者なのかと考えた結果、辿りついた答えがありました。
そう、私は「オタク」ではなくて「サブカル」なんですよ、ほぼ確実に!
オタクとサブカルのちがいはというとめんどくさいので、ここでは割愛します。
似て非なるものといえばいいんですかね。

元々はアニメやゲームなんかもサブカルの1ジャンルだったはずなんですが
オタク趣味の大量消費時代、つまりオタク的な趣味とする人たちが従来の研究や考察という手段よりも
グッズなど購買することがメインの目的になってしまったことで大衆化路線が強くなっていき
カウンターカルチャーであるべきサブカルとはかけ離れたものとなっていったような気がします。
要するにメジャー化しちゃったら、もうサブカルじゃないよってことですかね。

で、私の場合、アニメについてはキャラが好きとか物語に感動したとかよりも
こんな変な作品があったとか、あんなマイナーな作品があったんだとか、そういう方面に興味が向かうんですね。
なので、同じアニメの話なんかをしていても話の方向性がどうも食いちがってくると……

そもそもみうらじゅんとか唐沢兄弟とか大好きでしたからね。
漫画なんかもジャンプ作品よりも弱小出版社の超マイナー作品とか自費出版作品なんかを愛でてましたし
ぱちもんサミットにもここ数年欠かさず出席していたりするわけで、サブカルの王道路線ですよね。

そこで考えるのは特撮はまだサブカルたりえるのかってところです。
私見で語れば平成ライダーあたりを境に以降をオタク、それ以前の特撮全般はサブカル扱いでいいのではと思います。
かなり特撮以外にもアニメや漫画なんかも境界線は曖昧ですけどね。

とはいえサブカル好きはオタクが嫌いな人が多いそうです(ソースはネットw)
そういえば私も「オタクのこと嫌ってますよね?」と以前、言われたことがあるので
あまり意識してませんが同族嫌悪でオタクには否定的な側面が見え隠れしているのかもしれません。
たしかに二次元美少女に「俺の嫁」とか本気で言うのはちがうよなとは思いますけどね。

ということで、これまでもこれからもこのブログの記事はオタク視点ではなく、
実はサブカルなフィルターを通して書かれているんだなと考えて、各自補正していただけると
より効果的になるんじゃないかなと思っております。

究極のギャルゲーをやらないか?

「ギャルゲー」というと、だいたいアダルト要素の有無を問わなければ
男性向け恋愛シミュレーションゲームあるいは恋愛アドベンチャーゲームを指すことになるでしょう。
反対に女性向けなら「乙女ゲー」と呼ばれることになります。

日本では数多くのギャルゲー、乙女ゲーが発売されていますが、これらの愛好家は意外と
究極のギャルゲー(乙女ゲー)を避けようとする傾向があるのは残念な限りです。
そう、究極のギャルゲーとはバーチャルでも架空でもない、リアルそのものにあるのです。

恋愛なんてたいしたものじゃない(奥は深いけど)というのは、恋愛経験が豊富な人なら同意するところでしょう。
腰がひけてしまうのは、たいてい恋愛未経験者か恋愛経験が少ない人だったりします。
だからといって、べつに恋愛の達人になれというのではありません。
難しく考えずに恋愛をたのしめばいい、まるでゲームと同じ感覚でという提案です。

恋愛ゲームのセオリーというと、ゲームごとにいろいろなシチュエーションはありますが
たいてい主人公であるプレーヤーは数多くの女の子と出会い、その中で提示される選択肢を選んでゆくことで
出会った女の子と仲良くなってゆくというプロセスに集約されます。

これって本物の出会いとどこがちがうというのでしょうか?
特にネットが発達した現在、ネット恋愛なんてものがもっとも大きな出会いの場となっています。
一昔前なら海水浴場やスキー場などといった場所に一堂に会さなければできなかったことが
今ではネットを介して自宅にいながらできるようになったのです。なんと便利な世界でしょう。
昔の若者はとにかくスキーというスポーツに興味がなくても出会うためには若者の群れ集う場所に
物理的に移動しなければならないという制約があったのですから、お金も時間もかかったんですよ。
それが今ならほぼ基本無料なのです。ソーシャルゲームで課金するよりゲームソフトを買うより安上がりです!

無料でしかも、どんなゲームよりもデータ容量が大きいのです。
たしかにメリットばかりではありません。
選べる女の子の数は数百から数千、数万と膨大であるがゆえに、あなたの趣味に合わない人もいるでしょう。
また複雑すぎて確実な攻略法がないうえに、選んだ女性によっては完全に無理ゲーな場合も多いです。
さらにゲームでありながら、プレーヤーのステータスはあなた自身のリアルなステータスに依存します。
まあ、反射神経がよければ格闘ゲームやシューティングゲームで圧倒的に有利になるのと同じで
顔がよかったりお金持ちだったりするのもまた同じようなものです。
しかも顔やカネなんて運動神経なんかよりもいっぽど努力でカバーできるものです。要はやる気しだいですね。

慣れないうちはクリアーするのは難しいでしょう。初心者なら当たり前です。
しかし他のゲームと同じで肝心なのは慣れでしかありません。素質なんてほとんど関係ないです。
何度も何度もチャレンジして死んで、そしてまた再スタートすればいいのです。
同じ女の子にチャレンジするのは難しいですが候補は山ほどいますから別の子を選べばいいだけです。
だからこそ、付き合うまでの出会いの過程なんてギャルゲーと大差ないというか同質なのです。

しかし、それでもリアルとゲームはちがうんだと頑迷に抵抗する人もいるでしょう。
それはそれでいいと思います。ハマるゲームもあれば、どうしても好きになれないゲームもありますよ。
ただしリアルに対して否定的な人というのは、余計なことまで考えてしまう人が多いですね。
余計なことというのは、このリアルなギャルゲーのクリアーの先に結婚まで考えちゃってたりするんですよ。
はっきり言ってアホらしいです。たいていの恋愛なんて結婚までいきません。特に初心者ならなおさらです。
このリアルゲームを頑張ってクリアーしたところで、そうそう交際までいくことはないので安心してください。
セックスまで辿りつくのも経験を積んであなたのレベルを相当高めていかないと無理でしょう。
初心者の場合、実際に会うところまでこぎつけて一緒に食事したり、遊んだりするぐらいで満足すべきです。
異性の友達を作る過程だと思えば、ゲーム感覚でネットの出会いも抵抗なくたのしめるはずです。

おもしろいもので女性がネットに出会いを求めると、誰でも数百人からモテモテになります。
それこそ乙女ゲームよりも規模の大きなよりどりみどり状態となるんですよね。
ネットでパートナーを探した女性からいろいろ体験談も聞いたことがあるのですが
やっぱり女性は売り手市場なんだなと痛感しました。それだけに誰を選ぶかが重要になってくるでしょうね。

ただし男女ともリアルなだけに常にリスクを意識しないとトラブルの元になるので注意しましょう!

※次回はできれば実践編でも書いてみようかなと思っています。

究極のギャルゲーをやらないか?<実践編>

前回の続きで、ゲームライクな出会い方の実践編です。
異性の友達を作るくらいの気持ちで、まずは気軽にチャレンジしてみて欲しいですね。
いきなり付き合おうとするとか愚の骨頂です。そういう下心は見透かされるのがオチですよ。

基本的にはゲームライクにいくならネットを最大限に活かすのが得策です。
学校や職場、友達の紹介などでは失敗したことを考えると躊躇してしまうでしょうから。
利用するのは出会い系の専門サイトでもいいのですが、基本無料でいくならSNSがいいでしょう。
大手SNSでも趣味などに特化した小中規模のSNSでも構いません。
注意すべき点としては、アダルト系SNSは避けたほうが無難でしょうね。
それと女性ならメインアカウントの使用は避けて、専用アカウントを用意することで
後々トラブルに対するリスクを回避するのも手でしょうね。

あとはごく普通に趣味のコミュニティなどに入ってフレンドを増やしてゆくのと同時に
メッセージ交換するように仕向けていけば、スタート段階にはいります。
ギャルゲーに提示される3つか4つの選択肢ではなく、イチから文章を考えて
相手がどういう反応を示すのか、どうしたら返信しやすいかなどを考えてメッセージを作ります。
そのメッセージが相手の興味を少しでも惹けばつぎにつながるし、ダメなら音信不通になるでしょう。
判定はシビアなので最初のうちはよくよく考えてみたほうがいいでしょうね。
その手のメッセージの書き方については、他のサイトで説明されたりしているので割愛します。

さてSNSには出会い目的を禁止していて、メッセージなどを検閲しているところもあります。
名目上は出会い目的を禁止しているところのは大半ですが、緩いところと厳格なところがありますので
そのあたりは2ちゃんねるなんかで事前に情報を収集しておくべきでしょうね。

昔ながらの出会い系だと、男が100通のメールを送れば、10通くらいは返信があります。
もちろん勝手がわからず、文章が下手だともっと確立は減ります。
つまり90%以上は無視されてもへこたれない精神力が必要です。
コツをつかめば返信率は70~80%くらいまでは高めてゆくことができます。
とはいえ、そこから何回もメール交換をして、実際に会ってみようなんてことになるのは
さらにその1/10以下だけなんですけどね。

ということで100人にメールしても実際に会えるのは1人いるかどうかって感じです。
もちろん会ったところで恋愛関係になることは稀であることも最前から書いてあるとおりです。
だからといってメールの内容をコピペにしたりとか手抜きをするとレスポンスが悪くなります。
できるだけ一通ごと真摯に対応するほうが好感触を得られるし練習になるでしょう。

とはいえ中には「会おうよ」とか「あそぼ!」とか一言メールを無数に送りつける輩もいて
そういう連中がいなくならないのを見ると、これに反応する女性も確実にいる証拠です。
その手のメールを送るのはチャラい男だし、それに応えるのも本質的に似たような女の子なので
それはそれで需要と供給を満たしているんでしょうね。
でもこれって裏を返すと、たった一言のメールでさえ反応があるってことで
ちゃんとメッセージを書けばまちがいなく反応が返ってくるということです!
くじけず頑張れば報われます。

なにより直に話すよりも文章のほうが即答しなくても良いので時間的に余裕があるわけで
女性との会話に慣れていない男性でも推敲することができるので、会話の練習にもなるでしょう。
どういう話題を振れば食いつきがいいとか、どんな返答を悦ぶかとかだんだんわかってきますよ。

あとは実行あるのみ。
やってみれば、リアルタイムでギャルゲーそのままな交流をたのしむことができます。
ただし相手に過度の期待を寄せないように自制するのも大切ですけどね。

読者を寝不足にさせるストーリーの秘訣

物語の先が気になって、ついつい夜遅くまで読みふけってしまい寝不足になってしまったなんて経験ありませんか?
読書好きなら一度ならず経験したことがあることかと思います。

では、そういう作品って、どうやったら書けるのかということを考えたことはありますか?
単にハラハラドキドキする展開にすればいいというわけじゃないんですよね。
今回はそのことについて書いていこうと思います。

まず必要なのは物語の結末であるゴールが見えているかどうかです。
その代表例が推理小説ですよね。
ジャンルとして不可解な(殺人)事件は探偵や刑事によって解決されることが決まっているわけですから。
なんといっても娯楽小説のなかでは推理小説がもっとも人気あるジャンルだったりしますからね。
つまり読者は結果のわからない、予想できない作品にはあまり興味が持てないんですね。

じゃあ、何に興味を持つかというと「過程」なんですよね。
読者にとって結末はだいたいどうなるかわかっているけど過程がわからない状態がよいのです。
物語のスタート地点や途中のチェックポイントにおいてハードルがいくつもあるわけです。
そのハードルはゴールに至るのに乗り越えなくてはいけない障害となっています。
そしてこのハードルがゴールに辿りつけないほど高ければ高いほど、
読者は主人公がどうやってこのハードルを乗り越えるのか興味をいだくんですね。

だからこそ、冒頭ないし途中にあるハードルがいかに高く乗り越えるのが困難なのかを示すためにも
あらかじめゴール地点を示しておく必要が出てくるわけです。
そして、そのギャップが大きければ大きいほど、読者はどんな展開になるのかと期待するわけです。

ですから密室トリックなんていうのは、その典型例ですよね。
絶対にありえない密室での殺人事件という難題を前にいかに主人公が乗り越えて謎を解くか。
そこに読者はハマってしまうからこそ、今まで無数に存在する展開なのに人気があるわけです。
もちろん推理小説じゃなくても成立する話です。
恋愛小説だってふたりの間に障害が大きいほど盛りあがりますよね。

ですから読者を惹きつける仕組みは意外と簡単なんですよ。
しかしどうハードルを乗り越えるかという展開や演出が難しいんですよね。
このポイントこそ作家としての腕の見せどころとなりますので凡庸なストーリーでは読者は納得しません。

あなたの作品では序盤の段階でゴールが示され、その途中にいくつかの高いハードルが用意されていますか?
HOMENEXT →
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