L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ワタミはブラック企業ではない

よくワタミはブラック企業の筆頭格だと揶揄されることも多いわけですが
こと経営者の目線から見ると、まったくブラック企業なんかではないというより夢の企業なのです。

たいてい名物経営者などともてはやされる人の経営手腕というのはシンプルなんですね。
より良い商品なりサービスを割安で提供するという目的はみな同じなわけで
高品質化についてはここではおいておいて、商品やサービスを安く提供するために
もっとも効率がいいのは人件費を抑えることですよね。
安い給料でも長時間働いてもらえる従業員というのが理想的なわけです。

この理想を叶えるために経営者は給与以外のものを従業員に与えることで満足してもらうわけです。
多くの名物経営者が与えてきたのは「夢」でした。
従業員を含む企業の明るい将来像とか社会への貢献とか、そうした崇高な夢を与えることで
この夢に共感する従業員たちは給与は安くとも使命感を感じて、やりがいを感じてくれたんですね。

ところが最近は終身雇用も崩壊し、企業の未来が自分の未来に直結しないこともままあり
さらに長らく続く低成長や停滞感に明るい未来や輝かしい将来なんて考えにくくなりました。
従業員たちは経営者の与える従来型の「夢」ではなかなか満足してくれなくなったんですね。
そこで最近よく見る形態では「夢」が個人的なものとなってきました。
特に居酒屋産業で多いのですが「将来は独立」という夢で働いてもらう手法です。
安い給料なのも、それは自分が独立するための勉強代も含まれているので仕方ないこと
長時間働くことも、それだけ多く働けば独立に近づくのではないかという感覚で
休日返上、サービス残業もなんのそので働いてもらうシステムです。
ただし、従来の夢にあったような夢を追いかける高揚感というよりも修行的な苦痛の割合が強いため
これを補強するためにカルト教団や自己啓発セミナーなどで採用されているマインドコントロールによって
たえず修行的な業務に疑問を抱かないように工夫する必要があるようです。
どういうものか知りたい方は「居酒屋甲子園」あたりを参照してください。

ここで話は戻ってワタミについて考えてみると、実はワタミは従業員に「夢」を与えません。
それらしきことは社長も言ってますが、往年の名物経営者のように説得力がないのです。
だからといってマインドコントロールで従業員の心を縛るようなこともしていません。
であるならば、ここで逆転の発想をすべきなのです。
もう全従業員に対して夢を与えることができないのであれば、社長本人のみが夢を持てばいいのです。
自分で自分を納得されることは容易ですから、どんな夢だって受け容れられるでしょう。
ユニクロの柳井社長みたいに時給換算で1時間あたり数十億円みたいなケタ違いの給料だってもらってません。
柳井社長や孫社長などの経営者たちと比べれば薄給もいいところです。
しかも1日中会社のことを考え、会社のために働いています。休みだってほとんどとりません。
それは誰にも怒られることはないし、威張り散らせるからとか、頑張っただけ収入が億単位で増えていくからとか
そういう要素は少なからずありますが、おそらく全社員のなかで会社のために行動している時間は最長です。

社長が見本を持って(他のブラック大手の経営者と比較すれば)安い給料で働き
全社員のなかで誰よりも多くの時間を会社のために尽くしているのですが、
本人はちっともブラック企業なんて考えもおよばないくらい素晴らしい会社なのです。
だからこそワタミとは経営者目線で優良ホワイト企業なのですね。
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書かないことで表現する【文体技術向上特集7】

これまではいかに書くべきかについて書いてきましたが、今回はその真逆です。
いかに書かないかについて書きたいと思います。

文章表現では書くことだけで表現するのではありません。
書かないことでしか表現し得ないものもあるのです。いわゆる省略技法です。

それでは、なにを省略するかについて考えてみましょうか。
そのためにはなにを書くべきかについて知る必要がありますよね。
それは一言で説明できるものではありませんが、身も蓋もない表現でいうならば
物語の筋や辻褄があう最低限のことは書くべきだということです。
ですから書かなくていいのはストーリー上、特に重要ではない瑣末な部分だということです。

具体的にいうと、ストーリーやエピソードの契機と結末のあいだにある途中経過であるとか
結末がはっきりしたあとのパートとかですね。
書かなくても読者が書かなかった部分を想像で補えるところです。

なぜ作者が文章として書かないのか、その効果はなにかについても考えてみます。
けっして作者が楽をできるからではありません。それはわかると思います。
書かないことで狙う効果というのは、明示しないことで読者の想像に任せることで
ストーリーが読者の頭のなかでより大きく膨らんでくれることを目的とするわけです。

ですから書かない部分は読者がある程度、いろいろ考えるための道筋となるガイドラインを設定し
かついろいろと想像を膨らませられるだけの余地(遊び)を作っておかないといけません。
ガイドラインがないと読者はどう考えていいのかわからず途方に暮れてしまうでしょう。
ある程度いろいろな解釈が可能となる遊びがなければ、書かないことでの余韻が生まれません。

基本は以上なわけですが、これを実践するのは普通に書く以上に難しいかもしれません。
あらかじめ読者の思考を汲みとって文章に「余白」を作る必要があるからです。
考えてもスキルは身につきませんので、いろいろと試行錯誤して挑戦してみてください。

作品に自分の夢を投影していますか?

作品を単におもしろくしようとか考えていても、なかなかうまくいくものではありません。
いかに魅力的なストーリーやキャラクターであってもです。
なぜなら作品に魂がこもっていないからです。

あなたの作品に魂をこめられるのは創造主である、あなただけです。
ヤハウェが土くれのアダムの体に生命の息吹を吹きこんだように、あなたも自分の作品に魂をいれてください。
たぶん大半の読者には、その部分がどこにあるのかわからないまま終わるでしょう。
しかし、どこにあるのかわからなくとも、あるかないかの有無はわかるものです。
魂のある作品に人は心から共感してくれたり、感動してくれます。

そして、ここでいう魂とはなにかというと、作者の「夢」と置き換えてさしつかえないでしょう。
夜見るほうではなく、見果てぬほうの夢です。
作者であるあなたは作品を執筆することで、その作品においてあなたが目指す夢の片鱗を織りこむのです。
どんな夢なのか、わたしには他人事なのでわかりません。あなたの胸にある熱いものなのでしょう。
夢は人それぞれ別のかたちはしていても、その本質は同じものであることが多いでしょう。
だからこそ夢は千差万別でありながら、多くの人と共有できるのです。

あなたの夢はなんですか?
それはあなたの作品にひっそりと、それでいてしっかりと作中に根を張っているでしょうか?

自分の作品を魅力的に伝える技法1【ミニチュアゲームを例に】

自分の作品を読者に読んでもらうためには、どうすればいいでしょうか?
小説という媒体は難しいもので、アニメやドラマのように受動的に消費できるコンテンツではないですよね。
たとえ本をもらったとしても、ページをめくり、活字を目で追わない限りは消費できない能動的なコンテンツです。
対極にあるのが音楽でしょうね。これは耳で聴くだけで物語のように意味を理解しなくても消費できてしまいます。
だからこそ歌詞のないクラシック音楽や英語もわからないのに洋楽を楽しんだりできるわけです。

その点、もっとも消費するという意識を必要とするのが小説、ついでマンガでしょうか。
ですがマンガなら1話は長くても10分程度で読めますが、小説なら短編でも30分はかかりますからね。
それだけの時間、読者を読むという行為に能動的に動かさないといけないわけです。

ですから、まず読むのってめんどうだと思われがちなんですね。
そして時間もかかるので、普通の人は手当たりしだいに多読できるというものでもありません。
そのためにも読むためのきっかけというのが必要なわけですよ。
「この作品をおもしろいよ」と呼びかけるものを持っていないといけません。
このきっかけでもっとも有効なのが口コミでしょうね。つぎにメディアの宣伝広告でしょう。
とはいえ、これはあまりにも他力本願となってしまいますので、もっと自分でなんとかできる部分を考えてみましょう。

まず読者に作品の魅力を伝える訴求力についてですが、まず基本となるのはポイントを絞ることです。
どこがおもしろいのかということを作者がよくわかっていないで、ほかに誰がわかってくれるでしょうか。
もし、どんなに考えても思いつかないというのであれば、それは作品自体に問題があるということです。
作者自身が「ここがイイんだ!」といえるものが際立っている必要があります。

そして、つぎに重要なのは、それが受け手の読者に共感してもらえるかどうかという点です。
正直、ここがズレてしまうと、はっきりいってムダどころか悪い影響さえ与えかねません。

ここで私が趣味のひとつとしてはじめたミニチュアゲームを例にとってみましょう。
はっきりいって欧米ではそこそこ市民権のあるジャンルですが、日本ではドマイナーです。
ゲームといえばデジタルゲームしか思い浮かばない日本人にボードゲームやカードゲームなどの
アナログゲームでさえなじみがないところに、その中でも最もマイナーなミニチュアゲームとなれば
だれが的確にどういうものなのかイメージできるでしょうか?

そこでミニチュアゲーマーとしては、もっと仲間を増やしたいので布教しようと考えます。
このとき誤った方向で友達などに勧めても、当然ながら布教は失敗してしまうでしょうね。
では、どういう方向性で布教すればいいのか、まず方針が決まってないといけません。
とはいえ、人によって興味をもつポイントは千差万別ですが、ここでは小説と同じく
ネット上など不特定多数の人たちに向けてのアピール方法について述べていきます。

まずミニチュアゲーム愛好家ほどまちがいをおかしやすいのは、すべてを伝えようとしてしまうことです。
これは物理的に不可能ですし、すべての説明が片手落ちになり、これでは受け手はどこに注目していいかさえわからなくなります。
アピールポイントは1つないし2つまでに絞るべきでしょう。
それ以上は受け手にとってキャパを超えてしまい理解されなくなってしまいます。

つぎに伝えるべきアピールポイントがイメージなのか具体的なのか、どちらにするかですね。
たとえば、ちょっと前までの自動車のCMというのは完全にイメージ戦略でした。
今でも高級車ほど、やたら景色のいいところを疾走する新型車の映像を流すCMが多いですよね。
性能的にどこが凄いとか、どこに新機能が装備されたかなんていちいち説明しませんし
そもそも購入対象者に対して短い時間で説明できるものでもなく、それ以前に多くの視聴者は興味がないのです。
だから、まず説明はおいといて、この車に乗ったらこんな感じでステキにカッコいいですよと訴えているわけです。
嗜好品のお酒なんかも見てるだけでは美味しいかどうかわからないのでイメージ戦略のCMが多くあります。

逆に洗剤などの日用品の場合、優雅な工業デザインの容器をアピールすることはありませんし、視聴者の興味もありません。
視聴者が知りたいのは、従来製品よりよく汚れが落ちるのかどうかとか手荒れしないかとか、環境への配慮とかです。
なので、その製品をアピールするときは、わかりやすく性能や新機能について説明するわけです。
汚れが落ちる仕組みを説明する説明映像や従来製品(他社製品)との比較が頻繁に行われます。

このブログは小説の書き方がテーマですし、例としているのがミニチュアゲームということからも
どういうアピールがいいのかといえば、どちらかというと前者のイメージ戦略ですよね。
とはいえ今までの作品にはない斬新なストーリーみたいに後者の要素もはいってきますけどね。
ネタバレの問題もあるので詳しく内容を説明するわけにもいきませんから、
なんとなくさわりの部分の雰囲気でおもしろそうだなと直感的に感じてもらう必要があるのです。

じゃあ、ミニチュアゲームのさわりでおもしろそうな部分とはなんでしょうか?
少なくともゲームそのものの部分ではないのはたしかです。
ミニチュアゲーマーにとっては、そこがおもしろいんだと思っているでしょうが
そういうものに触れてこなかった人には興味がないわけじゃないけど説明されてもわかりません。
だからメジャーで距離を測るとか、サイコロを振って戦闘結果を出すとかどうでもいいんですよ。
さらにどういうゲームシステムのかなんてことは、まず正確に伝わらないし、読者にも響かないのです。
ミニチュアゲームという以上は「ゲーム」なのは自明であり、
プレーしている写真の一枚でも見ればコンピューターゲームではないくらいのことは誰でもわかります。
ですから敢えて説明する必要はないでしょう。言っても「2人用対戦ゲーム」くらいでしょうか。

それなら、どこをアピールしていくか?
それは次回の記事に譲りたいと思います。


つづく

自分の作品を魅力的に伝える技法2【ミニチュアゲームを例に】

さて自作品の魅力をどうアピールするかをなぜかミニチュアゲームを例にとって解説するという
まったくもって趣味丸出しな企画の第2回となります。

前回までの流れで、作者なり経験者が魅力的だとか本質だとか思っているところは
得てして読者のハートを掴めるほど魅力的には映っていないというところまででしたね。
今回、この記事を読んでくれている作家志望者である読者にとってはミニチュアゲームというのは
ほとんど何もしらないジャンルなんじゃないかなと思っています。
そして、そういうあなた相手にどう魅力を伝えるかを考えていこうということにもなりますよね。

では、どういうゲームかを理解してもらうのではなく、感じてもらうための画像を見てみましょうか。

WH40Kプレイシーン

どうでしょうか? これはミニチュアゲームでは世界的に圧倒的なシェアを誇るウォーハンマー40,000です。
写真は実施のゲームシーンというよりは撮影用にちょっと戦場を圧縮して並べているようですが
ルールとかゲームシステムとか、そういうこと関係なしに、ミニチュアゲームを知らない人に興味を持ってもらうには
とても効果的な画像となっているのではないかと思います。それはなぜか?

ミニチュアゲームを実際にはじめた人にとって興味が向くのは2つの方向があります。
1つはゲームなのだから、勝つためにはどうすればいいかというユニットの能力や部隊編成、運用についてです。
正直な話、まったく知らない人にこの手の話をしても無駄です。よほどゲームが好きな人を相手にするなら別ですが
それでもゲームシステム的とか処理スピードとかはコンピューターゲームやボードゲームには及びません。
なぜならミニチュアを使用している以上、いろいろと制限があるからなんですね。
ミニチュアが関係ないならゲーム的にはコンピューターゲームのシミュレーションゲームのほうがおもしろいですから。
もう1つはミニチュアのモデリングにいく方向性ですね。
どうすれば上手に格好よくミニチュアを作れるか、色を塗れるか、改造できるかへと向かっていくんですね。
これもまたミニチュアはゲーム用の駒という制限があるわけですから、サイズとか壊れにくい造形とかの制限があり
展示用のフィギュアやプラモデルと較べてしまうと基本造形の時点で不利なんですよね。
なのでミニチュアゲーマーのあいだだけならミニチュアの写真だけを掲載するというのはよくあることですが
これをなにも知らない人に対してやっても、それほど魅力的に映らないでしょう。
ただしガンプラ全盛の日本にはないモンスターなどの模型という造形に単純に惹かれるというのはあるでしょうが。

ということで、ゲームとしてもミニチュアとしても、どちらを重視しても片手落ちになってしまい
それを超える存在が身近にあることから、どうしても不利になってしまうという結果になってしまいます。
だからこそ「ミニチュアゲーム」であることをアピールしないといけません。
ゲームだけでもミニチュアだけでもない、両者の融合した唯一無二の存在であることをアピールすべきなのです。
そのことを意識して先ほどの画像を見てください。

たしかにミニチュアが多数写った写真ですが、それだけではないですよね。
ミニチュアだけではゲームはできません。ゲームには駒の他にゲームボードとなる戦場も必要なのです。
あの写真にはそのゲームボードである戦場もしっかり写りこんでいることに注目してください。
つまりミニチュアゲームというのは、ミニチュアでゲームをするというのでは本質が伝わらないんですね。
ミニチュアゲームの本質とは「ジオラマで遊んでしまうもの」なんですよ。

なんだかんだいって模型に興味ない人もゲームに興味ない人も”ジオラマ”には注目しがちです。
博物館などで眼下に広がる縮尺された精緻な模型が展示されていると、他の個別展示品より人が多くいます。
ただし普通のジオラマとは実際に製作することを除けば展示されたものを見ていることしかできないわけですが
ミニチュアゲームでは見るだけだったジオラマを自分で動かして遊べてしまうわけです。
そこにはアナログで不便な点も数々あれどCGゲームにはない景色があるのです。
しかしジオラマで遊ぶにしても、好き勝手にやれというのでは、たたのごっこ遊びになってしまいます。

思いだしてみてください。子供の頃、ゲーム以外のオモチャで遊ぶのは、もっぱら想像の世界でしたよね。
映画『トイ・ストーリー』でもアンディ少年はオモチャたちを並べては想像上の世界と物語で遊んでいます。
ただし、この遊び方はあくまで1人遊びが基本となってしまいます。
なぜなら遊んでいるときの世界も物語も自分の頭の中にあるだけであり、どうしても他者と共有しがたいからです。
であれば、この頭の中の世界を他者と共有するためにルールが必要なわけです。
そうして他者と世界観を共有できるミニチュアゲームという世界があなたの前に広がってゆくのです。

40k初めてグランプリ

参考までに今度は私が以前プレーしたときの写真も掲載しておきましょう。
500ポイント編成と最少に近い編成のため、ちょっと絵的に寂しいですが、このくらいでも遊べてしまうし
専門ショップにいけば、ジオラマを作るためのゲームボードと建物などのテレインが用意されていますし
もちろん自前で購入して自宅に展開することだってできます。
そして何よりもジオラマ感が失われることはないということです。

もし予備知識のない人にミニチュアゲームを最も魅力的にアピールしたいのであれば、
ゲームだけでもミニチュアだけでもなく、ジオラマで遊んでしまうものだということを強調すべきでしょう。
そのうえで相手がゲームよりなのかモデルよりなのかを見極めて興味を持ってもらえるよう攻めていくべきでしょうね。

次回はさらに突きつめて、それではあなたの小説作品に活かすにはどうすればいいかを考えていきましょう。

水鉄砲を分析してみる

水鉄砲……最近ではウォーターガンとかウォーターブラスターなんて横文字で呼ぶことも多くなったくらい
カラフルでスタイリッシュなモデルがつぎつぎと登場してきました。
今年もまた日昌晶主催で水鉄砲をみんなで撃ちあって遊ぶオフ会(※)をやろうと考えていますので
きょうはそんな数多い水鉄砲を分類しながら分析してみようという試みです。
※mixiで参加者を募集してます。今年は5回ほどやろうと考えています。参加規模は過去の実績で20~150人くらいです。

まず水鉄砲の分類は2種類に大別できます。
ひとつは【ピストン式】であり、もうひとつは【空気圧式】となります。
ピストン式とは物理的なピストンを使って水を押しだして発射する方式を採用したものです。
空気圧式とは空気圧によって水を発射する方式を採用したものです。
さらにピストン式も空気圧式も形状や機構によって、いくつか細分化していきます。

【ピストン式水鉄砲】
▼単筒型
注射器状の単純なモデル。
昔ながらの竹筒水鉄砲に代表されるもので、ピストン、シリンダー(水室)、マズル(銃口)から成る。
ピストンで直接シリンダー内の水に圧力をかけることでマズルから水を発射する機構。
構造がシンプルなので故障しにくく、威力を高めるのも容易。
ただしタンクがないため基本的には連射できず単発となってしまう。
価格はチープなモデルから長射程強力な高級モデルまで幅広い。

▼トリガー型
主に小型ピストルを模したモデルに多い。
近年まで代表的な水鉄砲で、安価なため市場に大量に出まわっていた。
現在は百円ショップなどで売られているような安価で小型のモデルのみに見られる。
トリガー(引き金)を引く動作がそのままピストンを押す動作に直結されている機構。
本体をタンクにすることでシリンダーに連続して水を送ることが可能で連射できるようになった。
ただし人差指のみでピストンを動かさないといけないためポンプも小型非力で基本性能は高くない。

▼ポンプアクション型
ピストルやサブマシンガン、ショットガンを模したモデルに多い。
最新モデルに多用されている方式で、トリガー型を大型化させて指でピストンを動かすのではなく
腕全体使って銃下部にあるレシーバーによってピストンを動かす機構となっている。
ポンプアクション型は銃でありながらトリガーがないのが最大の特徴となっている。
基本構造は同じだが、各種オプションや可動ギミックなどによりモデルにより様々な特色が見られる。
構造は比較的シンプルで故障が少なく、飛距離や威力も充分な性能を誇る。
ただし操作には両手を使わなくてはいけないので2丁持ちはできない。

▼電動型
中型水鉄砲以上の水鉄砲に多いモデル。
ピストンを人力ではなく電気モーターで駆動させて水を発射させる機構。
電池の続く限りフルオート射撃が可能となっているが、モーターの出力が大きくはないため
残念ながら飛距離や威力についてはあまり期待できないものが多い。
エアタンク型に代わる次世代型として登場したがポンプアクション型にとって代わられてしまった感がある。


【空気圧式水鉄砲】
▼エアタンク型
ここ数年のポンプアクション型が台頭するまで中価格帯から高価格帯にかけて代表的だったモデル。
外見的にポンプアクション型と異なるのはトリガーがあるのと、本体にタンクが露出していることが多いところ。
銃下部にあるレシーバーあるいはレーバーによってタンクに空気を送りこみ加圧し、その圧力で水を発射する機構。
空気圧が一定以上であるうちはトリガーを引くだけで連続して水を放出し続けられるので片手操作が可能。
ただし水鉄砲にしては構造が複雑で、圧力がかかるのでパーツの耐久性や精度も求められるため故障率が高め。

▼CPS型
空気圧式の最終発展型のハイエンドモデル。
エアポンプでタンクに空気を送りこむのではなく、タンクとは別にあるシリンダーに水を送りこむことで
シリンダー内の空気を圧縮し、その圧力で水を発射する機構。
普通の水鉄砲としてだけでなく、シリンダー内の大量の水(200~300cc)を一気に放出するこも可能となっている。
また加圧されるのはシリンダーなので、タンクを開放して水を継ぎ足したり、予備タンクの連結もできる。
もっとも高性能だったが構造も複雑なためスーパーソーカーシリーズでも最高級モデルのみに採用され、
いまでは現行品も存在しない幻のモデルとなってしまった。


以上、水鉄砲を7種類のタイプに分類してみました。
どの水鉄砲がいいかは使いどころによってちがってきますので、一概には言えません。
ただ水鉄砲を友達や仲間と撃ちあって遊ぶということに限って語るならば
海や川など水が豊富な場所では水の補給が無限なので単筒型が非常に強力ですし
公園などで遊ぶならエアタンク型かポンプアクション型でよりタンクの大きいものが有利です。
やっぱり撃つほうも撃たれるほうもびしょびしょになったほうがおもしろいので
水鉄砲の威力(つまり放水量と勢い)は大きいに越したことはないですね。

作中でいい子になるな! 恥ずかしい面も見せろ!

小説を書きはじめた人にはなかなか難しいことなのですが、どうしても作品のなかで格好つけがちなんですよ。
主人公が格好いいのはいいのですが、作者が気取った作品を書いてしまうのが問題なのです。
たいてい人によく思われようと思って書いた作品なんて「いい子の作文」みたいなものです。
どうにも枠にはまりすぎ、生真面目すぎて、おもしろみがまったくないんですね。

こんなことを書いたら読者に作者は変態だとか頭がおかしいんじゃないかと思われるくらいでないと
読者を惹きつける作品というのはなかなか書けるものではありません。
特に自分の弱い面、恥ずかしい部分、つまりコンプレックスを正面から露骨に作品にかけるかどうかが
おもしろい作品を書く大前提といっていいでしょう。
作品では登場人物の内面を描きます。そこには強さや優しさといった正の感情もありますが
逆に負の感情も同時に書かなければいけないし、それがないと作品として退屈極まりないものになります。
なんというか完全無欠の優等生キャラに感情移入するような読者は今の世界にはあまりいません。
昔は子供向けのマンガやアニメではいたんですが残念ながら今は絶滅してしまいました。

で、こんなふうにアドバイスをこうして書いているわけですが、できない人には多分できません。
どうしても自分の恥を晒すことが我慢ならないのは仕方あリません。
闘争心がないのにプロボクサーを目指すようなものですので、執筆は趣味の範囲でたのしみましょう。
お笑い芸人なんかもそうですがタレント(才能)を必要と職種というのは
どうしても自分の生活を切り売りするのが商売みたいなものです。

たとえば明治の文豪、田山花袋の代表作『蒲団』なんかは自分の女弟子に手を付けたけど寝取られる実話を基にして
好きな女の布団の匂い嗅ぐとか自らの恥ずかしい性癖なんかも披瀝してしまってます。
(余談ですが『蒲団』は小学校の国語で必ずタイトルだけは暗記させられるのですが内容はお子様には……)
いろいろ厳しかった明治時代の作家でさえ、このくらいやっていたわけですから
平成を生きる作家志望者であれば、もっともっと大胆に自分の作品の中にフィクション、ノンフィクション関係なく
作者の生々しい感情や思い、情動などを登場人物に仮託して描いてほしいものです。
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