L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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童貞騎士団VSビッチ連呼厨

きのうの記事に関連してサークルクラッシュの話題をもうひとつ。

よく女性側のサークルクラッシャーについては、最近にわかに多く論じられていますが
肝心のクラッシュさせることになる男性側のことについてはあまり語られることはありません。

そしてホモソーシャルなサークル内にサークラ女が入ってきた場合、
サークルクラッシュを起こしてしまうサークルメンバーの男の反応は主に3通りにわかれます。
第1に彼女の取り巻きになり徹底的に擁護をする「童貞騎士団」と呼ばれるメンバーであり、
第2に彼女をサークラだと看破するも面と向かっては糾弾できず裏で陰口をたたく「ビッチ連呼厨」、
そして第3にいわゆる何らアクションを起こさない「ノンリアクション層」です。

第3のノンリアクション層については、さらに3タイプに細分化できまして、
彼女をサークラとわかっているけれども特に何もせずなりゆきを見守る「傍観者」
彼女自身や彼女を取りまく環境に関心のないので関わらない「無関心者」
そして現在進行形でサークルに何が起こっているのかさえわかっていない「蚊帳の外」となります。
傍観者はちょっといじわるな性格で、クラッシュするさまをニヤニヤして見ているタイプです。
無関心者というのはサークルへの帰属意識が薄くてサークルについて愛着がないタイプでしょう。
とはいえノンリアクションに最も多いのは実は蚊帳の外タイプではないかと思っています。
人間関係の微妙な変化とかサークル内の空気に対して鈍感でまったく気づかないんですね。
蚊帳の外タイプと無関心者は境界がちょっと曖昧なところもあり、明確に区分するのは難しいかもしれません。
そして単に参加率が悪くて部外者同然の立場になっている人も含むでしょう。

しかし、サークルクラッシュルするときに最も目立つのは、やはり童貞騎士団でしょう。
その名の通り童貞あるいは恋愛経験がほぼゼロであるため、サークラにまんまと取りこまれた男たちです。
とはいえ、彼らにもいくつかのケースがあるように見えます。
まず本当に騎士団メンバーの全員がただの取り巻きに終わってしまい、
サークラとデートはおろか手を握ることもないまま終わってしまうケースが最も多いようで
このときの崩壊は基本的にメンバー間の水面下での彼女を巡る牽制が人間関係をギクシャクさせてしまい
最終的に何らかのきっかけによってサークルが崩壊してしまうことになります。
この他にサークラがメンバーの複数と肉体関係を持ったことが発覚して修羅場となり
そのまま喧嘩別れ、あるいは気まずくなって崩壊してしまうケースなのですが
これぞサークルクラッシュの真骨頂ではありますが被害例はさほど多くなさそうです。

そしてビッチ連呼厨はきわめてシンプルです。
当事者(つまりサークラ女と童貞騎士団など)がいないところで、サークラの陰口を言うタイプですね。
たいていネットを介して「あいつはサークラだ」とか「ビッチ死ね」とか言っているわけですが
この場合、多くはサークラに相手にされない、取り巻きに入れない男がビッチ連呼厨になります。
ここが敢えてサークラ圏から距離を置いているノンリアクション層とのちがいになります。
もしも見識のある人物であれば、ネットで陰口を言う前にクラッシュを防ぐために建設的に動いていることでしょう。
基本的にビッチ連呼厨はノンリアクション層と同じで、サークルにとって何らよい影響を与えません。

しかしサークルクラッシュを未然に防ごうとする人はきわめて少ないんですよね。
とはいえ人の恋愛沙汰に首を突っこむというのは感覚的に難しいものですし
まして恋愛経験のない者の中から注意できる人を期待するほうが難しいでしょう。
ひるがえってクラッシュしないサークルの場合、どうやって防いでいるかというと
これはそれほど難しいことではありません。
とあるネット情報ではサークル内に代々伝わる「おばあちゃんの知恵」的なもので対処し
あの子はサークラだから気をつけろみたいな警告をだしてサークルの雰囲気を統制することで、
サークラの被害を凌いでいるとありましたが、具体的ではないし、真実とはちょっとちがいそうです。

おそらくサークラ被害を未然に防ぐには2通りしかありません。
ひとつは徹底的に(恋愛がらみでは)無視することで、サークラのとりつく島を与えないという方法。
もうひとつは、さっさと誰かがサークラを先に食ってしまい隔離してしまう方法です。
前者の方法は一見すると最適解のように見えますが、実行するとなるとサークルメンバー全員の統率が必要です。
誰かひとりでも裏切ると無に帰してしまう方法なので、あまり現実的ではないし成功例も少ないでしょう。
ですからクラッシュ防止には、ほとんどの場合、後者の方法がとられていると思われます。
サークラを隔離する男は恋愛経験もしくは性体験が豊富な人物であり、あっという間に肉体関係になり
サークラに振り回されることなくコントロール下に置いてしまうんですね。
男のほうは別にちゃんと付き合う気もないので、相手に過剰に媚びたりはしませんので、
サークラにとってはあまり居心地のよい場所とはならないので自然と離れていくことになるでしょう。
また、このとき他のメンバーとの浮気だなんだといったことは気にしません。
そんなことは承知の上でやっているので、ときには敢えて複数の男がサークラに当たることもあるようです。
離れていくときに男だけではなくサークルにも居づらい雰囲気にすることで自らサークルからも姿を消します。

そういわけですから、恋愛経験の乏しいホモソーシャル的なサークルにおいては
このようなサークラバスターの役割を担える人物がいないためクラッシュしてしまうのです。
もしあなたが本当にサークルをサークラ女から守りたいのであれば、
出会い系やナンパに日々精進して立派なサークラバスターになるしかないでしょう。
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作品に緊迫感や疾走感を演出するには?

よく書評やレビューで「いっきに最後まで読んじゃいました」とか「ついつい徹夜しちゃいました」
なんて意見が出る作品がありますが、具体的にどういう作品なのか考えてみたことはありますか?
きょうは自分で作品を書くときにどうすれば一気読みされるような作品になるのか考えてみましょうか。

まず一気読みされる作品の特徴として、よく読者からの感想があがるのが先が全く予想できなくて
ついページを繰る指がとまりませんでしたみたいな話がありますが、あれは間違いですので鵜呑みにしないでください。
前から言っていますが、一般読者は「おもしろい」「つまらない」の判断には敏感なのですが
どうしておもしろいのかとかいう理由については、たいてい勘違いしているわけです。
はっきりいって先の展開がまったくもって予想できないような作品は退屈きわまりません。
なぜなら読者が理解しきれないうちに情報の洪水に押し流されてストーリーを見失うのがオチだからです。

だから先が読めないというのは半分正解で、半分間違いなのです。
より正確にはなんとなく大筋では先の予想がつくけど、予想とはちょっと異なった展開になるというところでしょうか。
推理小説では最終的に事件のトリックが暴かれ、犯人が逮捕されることは決まっていますし
ファンタジーなら主人公は大活躍して英雄となるという具合に定型がありまして
これを勝手に大幅に変えてしまうと、たいてい読者のフラストレーションが溜まって評価が低くなります。
なので、まったく予想がつかないというわけではなく「お約束」が厳然としてあるのでわかっているはずなのです。
しかし細かいところでは、たびたび読者の期待を裏切るエピソードが挿入されてゆくのです。

物語として最終的なゴールとそのベクトルは示されているのに、エピソードによってそれが妨害されたり
あらぬ方向へと誘導されてしまうことで「おいおい、そっちじゃないだろ」とか「これじゃ先に進めない」となって
読者はいい意味でやきもきして、いかにして障害が排除されるのか気になってしまうんですね。

このとき主人公に都合の悪い展開が酷ければ酷いほど物語は緊迫しますし、回数が続けば続くほど疾走感がでます。
次々に襲いかかる不運や罠に対して主人公はどう立ち向かい、克服してゆくのかが読者の興味なんですね。
なので、この障害を乗り越えるシーンを安直に書くといかにも安っぽい作品になってしまいます。
特にご都合主義で運よく障害を回避できたなんていうのは最悪のケースですね。
逆に同じご都合主義ながら主人公が苦境に立つ場合は、ある程度は許容されます。

たとえば、車まで逃走しているときに、たまたま老人が通りかかったとします。
このとき老人により追手の車が止まってしまい、運よく逃げられたというのはダメな例ですが
主人公の車が止まらざるを得なくなり、追手に捕まってしまうというのはアリというわけです。
しかし初心者は、ここまであからさまでないにしてもついつい前者の例をやってしまうんですね。

正直、主人公をどん底に突き落とすのは作者にとって苦痛以外のなにものでもありません。
なぜなら落とすのはいいけど、どん底であればあるほど乗り越えさせるにはどうすればいいかを
悩まなくてはならないからです。なので作家という仕事はマゾ向きですよね。

あなたが悩んだ分だけ、あなたの作品は緊迫感も疾走感も増してゆくでしょう。

スチームパンクっていいかも

スチームパンクというのは、サイバーパンクから派生した概念ということで
おおまかには産業革命後の特にヴィクトリア朝英国を背景としたSFデザインや設定を意味します。

具体的には電子機器はおろか電気もまだ未発達だけど蒸気機関が全盛だった頃に考えられていたような
蒸気機関をはじめ歯車とか銅色の外板とか、どこかレトロな感じの機械類が象徴的な世界観なのですが
欧米ではやたら人気があるようなんですよね。
ミニチュアゲームにおいてもウォーマシンやディストピアんウォーズとか完全にスチームパンクを踏襲していますし
ウォーハンマーについても40kはおろかファンタジーのほうもかなり濃厚にスチームパンクが入っています。
まあ、日本では大友克洋の映画『スチームボーイ』(2004)とかもありましたが
漫画やアニメ、ゲームにおいては軽くスチームパンクっぽい要素の入っている作品は多いのですが
これはスチームパンクだねっていうくらい認知されていないのが現状だったりします。

でも考えてみると、スチームパンクってメリットが多いんですよね。
私もずっとわかっていなかったのですが、スチームパンク的なデザインって風化しないんですよ!
元々が19世紀的な古めかしいデザインをベースとしているので、もう古くなりようがないんですね。
未来世界のデザインというのは、ともするとすぐ風化して陳腐なものになってしまうんです。
それはなぜかというと、そのときそのとき想定される未来感が変わってしまうからなんですね。
なので30年前のSF映画とかイラストなんかのメカデザインとかライフスタイルとか笑っちゃいますよね。

かつては腕時計型テレビ電話とか未来グッズの定番ですが、それが実現可能になった現代において
テレビ電話は必要性があまりないということであまり流行りませんでしたし、
腕時計型もないことはないのですが、かなりマイナーなガジェットでして必須アイテムにはなりそうもありません。
もちろん空飛ぶ車もなければ、透明チューブを走る高速列車もまだないし、可能になっても実現しそうにないですが
当時の人が想像だにしなかったネット関連については大いに発達しましたよね。

そういうわけで遠い未来を見通してデザインするのは難しいのですが、
すでに過ぎ去った時代を起点とした近未来なので、どうしてもデザインの幅は狭くなってしまいますが
時代を経ても陳腐にならないので、長いスパンでの商品展開が可能という利点があります。
それにどこかユーモラスにして優雅、グロテスクな面もあってなかなか意匠も興味深いなと思うんですよ。

というのを改めて考えたのは『屍者の帝国』を読んだこともあってなんですけどね。
この作品は厳格な意味でのスチームパンクではなくて、蒸気機関による産業革命がなく
電気的に屍体をロボットのように蘇生させて労働力や軍事力に従事させることで産業革命した世界です。
ちなみにこの作品のおもしろいところは19世紀末の実在の人物や架空の人物がつぎつぎに登場する点だったりします。
主人公は『シャーロック・ホームズ』の助手ワトソン博士の若かりし頃であり、相棒は実在の探検家バーナビー、
そして『カラマーゾフの兄弟』の三男アレクセイ、『ドラキュラ』のヴァン・ヘルシング教授、
『風とともに去りぬ』のレッド・バトラー、日本では実在の榎本武揚と錚々たる人物が関わってきます。
また物語の核心となるのは『フランケンシュタイン』でフランケンシュタイン青年に創造されるクリーチャーであり
このパラレルワールドが現実世界と異なった方向に進んだ原点ともなっています。
そのため歴史は愚か、この当時の小説作品にある程度親しんでいないとニヤリとできないので万人向きではないですね。

たとえば若きワトソンの属する秘密組織の上司Mが「弟が私立探偵をやっているけど依頼人がいなくて困ってる」
なんてセリフを言ってもおもしろく感じられないんですよね。
もちろんこの私立探偵というのは、ちょっとわかる人ならシャーロック・ホームズらしいということがわかるし
したがって上司のMの正体はマイクロフト・ホームズだななんてことがわかるわけです。
またMというのは『007』のジェイムズ・ボンドの上司が名乗る歴代の呼称でもあり、
この政府系秘密組織がやがて諜報機関MI6になるのではなんて想像ができてしまうわけですが、
上記2作品を知らない人にとっては、さらっと読み流してしまっておもしろみを感じられないんですね。
そこがパロディという読者の知識量に依存してしまう作品のデメリットでしょう。

閑話休題。スチームパンクの話に戻すと、ライトノベルだけでなく一般小説においても開拓の余地があるのが
スチームパンクの分野ではないかとちょっと思うわけです。
少年向けの場合だと男性読者は特殊世界観の理解とかめんどくさくて嫌いな人が多いので難しめですが
少女向けで目指している人だと以前から19世紀を舞台とした作品も多いことだし親和性も高いと思うんですけどね。

自分が普遍的だと思っていることは意外と普遍的ではない

もしも外国人が手書きで以下のような記号を書いたとしたら、あなたはなんと読みますか?
そして状況的には、これは数字であることがわかっています。

    Λ .○

まあ、どう考えても数字とは思えないでしょう。
あなたはわかりましたか? たぶんほとんどの人がわからないでしょう。

実はこの記号のような手書き文字は国(文化圏)によって読み方が変わってくるものなんですよ。

ドイツ人(東欧の一部も)なら、この数字をためらわず「1.0」と読むでしょう。
ドイツ人の書く「1」というのは、アルファベットの「I」と区別するため
極端に1の頭の鈎を伸ばして書くクセがあるんですね。
外国人の書く数字のクセを知らないと、はっきり言って判読できないことって多いんですよ。
ほかにも「4」や「7」に特徴があって、4の場合は横棒と縦棒のクロスするとき右に突き出ないので
まるで三角形の記号のように見えるし、7も日本人は横棒の左に鈎をつけて書くことが多いですが
ほとんどの国では7の斜めの線に水平に1本横棒を引くことが1やIとの区別のためにされます。
ことによると横棒を長く書きすぎることもあって、ぱっと見わからないことが多いですね。

そして欧米以外、アラブ圏において先ほどの記号のような数字は、まず間違いなく「805」と読みます。
どこをどう見てもアラビア数字で「805」とは判読できないですよね。
そうです。アラブ圏ではアラビア数字を使いません!
アラブにおいて彼らが使うのは「インド数字」なのです。

インド数字というのはアラビア数字の元になった数字記号なわけですが
アラビア数字はインド数字をヨーロッパ人が書きやすいように改変したものなんですね。
一応、アラブのほうから伝わった数字ということでヨーロッパ人はアラビア数字と呼び習わしたにすぎないのです。
ということで、当のアラブ人たちは元のインド数字をそのまま使ったので(多少の変化はあるが)
表記方法として、インド数字をほぼ見たこともない日本人にはまったく理解不能となってしまうわけです。
ちなみにアラビア語は右から左へ文章を書いていきますが、数字は逆に左から右に読みます。
これは数字がインドから伝わったので、そのまま記述方法も踏襲されたんですね。

数字というのは漢数字を除けば世界統一だと思っる日本人は非常に多いけど、現実はこのとおりです。
自分たちにとって常識であり普遍的だと信じていたものが、実は狭い世界での常識でしかなかったということは
ままあることであり、こういうことを絶えず意識することも必要になってきます。

今回のインド数字のことについても、ちょっとした推理小説のトリックに使えないこともないとは思えませんか?
読者が抱く常識というのを逆手にとるというのも創作者として腕の見せどころとなります。

あなたは読者の常識をあっさり覆したり、打ち破ったりするような作品を書いていますか?

ポルノでさえお約束は大事

アメリカなんかのポルノを観たことがある人ならわかると思いますが
出演している女優さんって、ほぼ必ず"Oh,Yes! Come on!" とかって叫んでますが
あれって普通の外人さんも私生活で叫んでいると勘違いしている人も多いのではないでしょうか?

実はあの大仰なあえぎ声というのは、法律で決まってるからやらざるを得ないそうなんです。
というのも海外ポルノの場合、日本のようにモザイクはありませんがアメリカという国は
キリスト教でも特に原理主義的なプロテスタントが幅を利かせている宗教国家ですからいろいろと法規制がありまして
そのひとつにレイプとか女性の意に反した行為をポルノでやるのは違法となっているんですね。
だから女性のほうから進んで求めてやってるんですよという意思表示のために、
ああやって派手に興奮した感じであえいでるわけです。

なのでSM作品なんかの場合、女優がM役となると普通は法的にNGなわけですが
これを回避するために「私は責められると興奮するの」みたいなインタビューシーンを挿入するんですね。
ダメ押しでSMシーンが終わったら「今回のプレーは興奮しちゃった」みたいな感想までいれているそうです。
私は未見なので確認したことはないんですが、海外ポルノも大変なんですね。

その点、日本の場合はモザイク処理と児童ポルノさえ回避すればシチュエーション的には好き勝手やれるので
作品創作のバリエーションはわりと広いんじゃないかと思います。
海外の場合はシーンというよりも女優の髪の色や瞳の色なんかでバリエーションを出しているそうです。
どうやら髪の色、瞳の色ごとにステレオタイプなキャラというのが決まっているそうで
その組み合わせでいろいろ表現しているみたいですね。
このへんはなんとなくライトノベルのキャラ設定と似ているんじゃないでしょうか。

ということで、今回はポルノにもお約束というのが決まっていて
作品はそれに応じたかたちで製作されているということを書いてみました。
いわずもがな小説作品、特にエンタメ小説の場合は、何気ないところでもきちんとお約束があります。
これをちゃんと理解して、自分なりに解釈しつつ踏襲することが必要なんですね。

まず初心者は何がお約束なのかわかってない人、見逃している人がほとんどです。
また中級者になってもお約束を生の素材のまま出してしまう人がいまして独自の演出ができてないんですね。
お約束は規制ですが、それはあなたの創作をしめつけるものではなく、工夫させ甲斐のあるものにするものです。

ガンダムビルドファイターズと大槻ケンヂのガンダムセックス論

新番組『ガンダムビルドファイターズ』を観ました。子供向けながら素直におもしろかったです。
かつての人気漫画『プラモ狂四郎』とコンセプトが同じなのが個人的にはツボにハマりました。
私自身、プラモ狂四郎には思い入れがあったし、ガンプラによりハマるきっかけでもありました。
そして今もまたミニチュアゲーム【ウォーハンマー40,000】を始めたというのも
なんだかんだいってプラモで対戦したいという子供の頃からの夢の延長線なのかもしれません。

で、やっぱり男の子はプラモとかカードとかコレクションしたくなるんですよね。
大槻ケンヂも小説『ロッキン・ホース・バレリーナ』の中において
著者の思想を色濃く反映した主人公のバンド少年が語るわけですよ、女の子はガンダムによく似ていると。
ガンダムというのは作品ごとにいろいろな種類があって、だいたいどれも似ているけどこかちがっている。
そういうのってなんとなく全部集めたくなってくるというのが少年の本能であって
同様に女の子というのもどれもちがうようでいて、実際に寝てみるとだいたい同じなんだけど
それはそれでなんかコレクションしてみたくなるというんですね。
モテないサブカル少年からモテモテのバンドマンになった著者だからこそわかる感覚だなとしみじみ思いました。
作中で主人公はガンダムを集めたいのに自分のファンはなぜかドム(脚が太い)ばかりだと嘆いていましたけど
実際にかわいい子ばかりを相手にするということもできないというのもリアルなんでしょうねw

とにかく男の子というのは、なんでもかんでも収集したがる習性があります。
子供の頃はオモチャですが、そのうち本になったり、自動車になったり、デジタルガジェットになったり
あるいは環境が許されるのであれば女の子という場合もあるでしょう。

男としてセックスした女の子のコレクションというのはけっして品のいい趣味ではありませんが
女としてもバンドマンとの一夜なんてただの若き日の「思い出づくり」であってバンドマンはそれに利用されているだけで
実はどっこいどっこいなんてふうにも描かれていて、妙に納得してしまいました。

しかしかつては有名作品を数多く手がけていた脚本家ジェームス三木氏にもなると年季がはいっていまして
その暴露本『春の歩み』では18年間173人の関係した全女性の容姿から名器具合までABC評価されてまして
職業柄その女性の大半が女優であって、聞くところによるとかなり有名女優も多数含まれていたようですね。
本の中ではイニシャルでしか書かれていませんが、大スキャンダルとなってしまい
この本の出版によりNHKのドラマが多かったこともあって仕事を干されてしまったそうです。
ここまで来るともうちょっとどうかなと思うんですけど、彼にとっても女=ガンダムなんでしょうね。

とすると何かのコレクションをしているコレクターというのは、けっこう浮気性なのかもしれませんよ。
私は全種類集めたいとかいう気力はなくて、最初の数個を手に入れただけで満足してしまいますので
コレクター=浮気性というのを実証することはできませんが、コレクターさんからの意見も聞いてみたいですね。

人狼ゲームがブームの兆し?

なんだか人狼ゲームが小説にはじまり映画化されたりテレビ番組として遊ばれたりしてきて
かなりマスメディアに取りあげられることで一般に普及しそうな気配を感じています。
ゲーマーのあいだではもうすでにオワコンとか囁いている人も多いのですが
一般人のあいだではこれからちょっとおもしろそうということで遊ぶ人も多くなりそうな感じがします。

人狼ゲームとは古くはロシアや欧米などで親しまれていた会話ゲーム『マフィア』を
カードゲームとして再構成したのが『汝は人狼なりや』(2001発売)を嚆矢とする一群のゲームです。
『汝は人狼なりや』はフリーライセンスゲームとなったので類似ゲームが多数ありますが
基本的にはプレーヤーグループである村に紛れている「人狼」をあぶりだして村に平和を取り戻すか
あるいは人狼再度が村人を襲いまくって壊滅させるかを競うものとなっているのは同じで
あとは「預言者」とか「フリーメーソン」「ハムスター変化」など多様な役職カードによって差別化されています。

日本では2003年にドイツ年間ゲーム大賞にノミネートされたこともあって
2004年頃にアナログゲーマーの間では密かなブームが起きましてよく遊ばれていました。
私も人狼ゲームをはじめて遊んだのはちょうどこの時期でしたね。
その後、まあ根強いファンはいたもののアナログゲーマーというのは基本的に新作好きかガチゲーム好きなので
熱狂的な支持というわけでもなく年間百種類以上発売されるドイツゲームの中に埋もれていきました。
この頃、主にこのゲームを途絶えさせることなく遊び続けていたのは、オンラインゲーマーたちであり
ウルティマオンラインに公式サポートされるようになったり人狼BBSといわれるネット対応がされてゆき
対面することなくネットでも遊べるということで盛りあがっていました。

そうして、しばらくネットを媒介として遊ばれ、たまにオフ会的に対面で遊ばれる機会も多くなってゆくと
他のアナログゲームはやったことないけど人狼ゲームは好きという人が増えはじめて
ニッチなアナログゲーム界から一歩外に出た存在として位置づけられるようになりました。
とはいえまだまだ一般的に認知されているという段階ではなくネットゲーム好きだったり
ネットに詳しい人にのみ存在を知られている程度ではあったのですが徐々に人気は高まり
2009年頃からネトゲのオフ会というのではなく、最初から対面を前提としたアナログゲーム会として遊ばれる機会も多くなり、
いくつか種類のあった海外製だけでなく国産のオリジナルゲームも登場してきます。
そして2012年頃からマスコミに取りあげられることも多くなってゆき、一般認知が広がり2013年現在に至ります。
ということでゲームとしては長いスパンを経て陽の目を浴びたゲームだったわけですね。

そんなわけで初期にプレーした人は、いわゆるコアなゲーマーが多かったわけですが、
現在はライトゲーマーあたりが多いのではないでしょうか?
依然としてネットでもゲーム会でも遊ばれていますが、学校のクラスで流行っていたりと
従来はトランプとウノ以外のカードゲームなんてやったことないみたいな人まで巻きこんでいるようです。
なので昔はゲーマーの男性ばかりだった環境も会話ゲームということもあってアナログゲームでは珍しく
女子のほうが多いなんてところも結構あるみたいですね。
そのため初期の頃はいかに勝利するかといって理論や定石なんかを研究して理詰めで遊ぶ人が多数でしたが
いまではカジュアルに推理をたのしむコミュニケーションゲームとしての側面が強くなっていて
人狼ゲームとしてのおもしろさをより引き出しているように思います。

これならブームといってもよいと思うわけです。
ただ大衆に消費されてしまうと、一過性ですぐに収束してしまうなんてことも多いのですが
今後の展開が気になるところですので、注目していきたいと思います。

汝はリアル人狼ゲームなりや?

前回の記事で人狼ゲームがちょっとしたブームとなってきたことを書いたわけですが
さっそく私もいろいろと調べてみようと思いまして、まずは『人狼読本』なる書籍を購入してみました。
もちろん私のスタンスはゲームを遊ぶということより、そのゲームが流行っている人たちのことや社会的背景など
社会学的なところに関心があるわけで、実際にプレーするよりも予備知識として役に立ってくれるかなと思いまして。



内容はというと、第1章は人狼ゲームの概要とルールについて、第2章が実際に人狼ゲームを遊んだリプレイ、
第3章が引き続きネット人狼のログ、第4章に各種人狼ゲームや関連商品、関係者インタビューなど、
おまけとして巻末にオリジナルイラストの人狼カードゲームがついているといったコンテンツでした。
で、興味深いと思いつつ落胆もしてしまったのが、300ページを超えるかなり盛りだくさんなムック本なのですが
2/3を占める200ページ超が第3章のネット人狼のログに割かれてしまっているんですね……

たしかに人狼ゲームを周りでやっている人がいない場合、もっとも接触する可能性の高いのがネット人狼なのですが
正直なところ、ネットはテキスト文章のみによるやりとりのため、人となり、話し方や表情、仕草などがわからず
コミュニケーションゲームとしては面白さが半減までとはいいませんが、かなり大味で薄くなってしまうのは否めません。
それを埋め合わせるように理屈っぽいやりとりが横行するようになりまして、そういった推理を好む人もいるでしょうが
私自身は正直、テキスト文章のみを追いかけて言いがかりめいた推理を展開したり、
勝つために合理的に定型化したやりとりや戦術を駆使したいとはあまり思わないんですよね。

やっぱり人狼ゲームは対面してのアナログゲームとして遊んだほうがおもしろいと思います。
そういう私も実際にカードで人狼ゲームをプレーしたのは、5年以上前に5回くらいなので大きなことは言えませんが。
しかし広義における人狼ゲームにおいては学生時代からよく遊んでいたので、その楽しさはわかっています。
一言で説明するなら「リアル人狼ゲーム」とでも呼ぶべきですかね。
あまり道徳的によいことではないので、おすすめはしませんがやり方としては以下のようにします。
まず自分の名前や職業年齢など経歴や生い立ちなどすべて架空のプロフィールを作ります。
ここで手を抜くとあとで返答に詰まってしまって怪しまれるので情報は詳細にして完全に頭に叩き込むのがコツです。
そのうえで大学のサークルや社会人サークルなどに入りこみます。
さすがに自分の大学のサークルとか知り合いのいるサークルでは面が割れる可能性が高いので
他大学とか自分の知り合いのいないところを選択するのが基本戦略のひとつでしょうね。
そうして完全に偽りのキャラでサークルに溶けこんでいくわけです。いわゆる人狼が村に紛れた状態ですね。
で、リアル人狼である自分が何をするかというと、そのサークルにいるかわいい女の子を口説いて
口説き落とせれば成功とし、口説き落とせなければ失敗となります。ほんと若気の至りですね。
基本的に無理のある設定で入会しているので、あまり長期の潜入はできませんし、
長くいるよりも他のサークルに新規に潜入するほうがたのしいので、スパンは数週間から最大3ヶ月でしょうか。
ネットの普及によりハンドルネーム前提の現在だと、スパイみたいに潜入してるって実感が薄らいでしまうので
サークル活動に参加しているだけで感じるどきどき感とかあまり得にくくなっているかもしれませんが
偽名で呼ばれる、あるいは偽名を名乗るっていうのは子供心にわくわくしたスパイごっこみたいでたのしいものです。

リアル人狼ゲームの成功率が気になる人もいるかもしれませんが、私の場合けっしてモテるほうではないので
あまり成功率はたくなかったですし、そもそも本名を名乗ったほうが成功率は格段に高かったですね。
あくまでゲーム感覚というのがあったのと、女の子を口説くよりも潜入している感覚をたのしむものでした。
それと、こんなくだらないことをしているアホがいるとはサークル内でも思ってもいないでしょうから
リアル人狼だとバレて吊るされたということはありませんでしたが、ボロをだしてヒヤヒヤしたことは何回かありましたね。

もし作家を目指しているのであれば、人の表情や仕草、話し方(語句の選び方からリズム、声質など)などを
よく観察しておくと、ただセリフを話させるだけのシーンでも臨場感のある描写が可能となりますよ。
【と○○は言った。】みたいな単調な地の文だらけになってる人は、ぜひとも観察してみてください。
特にアナログゲーム系はその人の性格が露骨にでるので大いに参考になります。

サークルクラッシュを陰陽五行で読み解く

ふと思い立ったのが、サークルクラッシュ現象を陰陽五行で読み解いてみてはどうかという発想です。

陰陽五行は、陰と陽の陰陽および木火土金水の五行によって世界の理を説くという古代中国の思想です。
日本の場合、曜日の命名はこの陰陽五行に基いているのは有名ですよね。五行に陽の日、陰の月をたして七曜です。
では、具体的にはどのようなものを指すのか簡単に説明しておきましょう。

・木(陽中陰)生、青、春、東、青龍
・火(陽中陽)旺、朱、夏、南、朱雀
・金(陰中陽)老、白、秋、西、白虎
・水(陰中陰)死、玄、冬、北、玄武
・土(中性)中庸、黄、土用、中央、黄龍

けっこう風水ではおなじみなので、朱雀だの白虎といった四神はわりと有名ですし、
「青春」といった単語や人名の北原「白秋」なんかも五行説に基づくものなんですね。

で、さっそくサークルクラッシュを五行に当てはめて考えてみると、サークルクラッシャーは金気ではないかと。
金気は陰の気であり、女性も陰の気ですから女性にサークルクラッシャーが多いことにも当てはまりますし
相剋、相生についても「金剋木」「金生水」「火剋金」「土生金」の関係性が見えてきます。
サークルクラッシャーはメンヘラに多いことを考えると、金生水は言い得て妙です。
水気は「死」の象徴であり、メンヘラは死に対して惹かれるものが多いように見えまし、
それにメンヘラといえばリストカットのカミソリは金属そのものですよね。
そもそもサークルを崩壊という組織の死へと誘うわけですからまさに金気そのものと言えるでしょう。
しかし、なぜサークルクラッシャーが陰中陰の水気ではないかというと、水気は死でありますが
逆にいうと再生の象徴でもあるんですね。つまり底であって、あとは上がるのみというのが水気なのです。
しかし金気は同じ陰でありつつ陽もあるのですが、陽は減じていく一方で減衰してゆく気なんですね。

そうすると、相剋関係から金=サークルクラッシャーの天敵は火気であり、獲物は木気となります。
陽中陽の火気はリア充そのものと見立てることができますし、そうすると木気こそは
クラッシャられてしまう男子たちということになります。そして木気こそは青春そのものなんですよね。
これほど見事に符合する気はないでしょうね。

ゆえにサークルクラッシュという現象は「金剋木」の相剋により男子たちが手玉に取られ
また「金生水」のごとく、サークルクラッシャーが生み出すのはサークルの死なのです。
そしてサークルクラッシュを防ぐには「火剋金」の関係からリア充しかいないのです。
じゃあ、「土生金」はどうかというと、まあ「土」は裸虫(鱗毛羽のない生物=人間、蛙)なので
まあ人間関係から生じるというちょっと強引な解釈をしてみたいと思います。

そして今の季節は秋、まさに金気の季節です。
もしかしたらもっともサークルクラッシュが頻繁に起こるのは、この季節かもしれませんね。
そうそう、金気は西を象徴するものでもあります。
サークルクラッシュ同好会が東京ではなく西日本の京都大学で発足したのも自然の摂理なのです。

サークルクラッシュの難を防ぐには古くから霊験あらたかな秋葉神社(秋葉原の地名の元)がよいでしょう。
祭神の秋葉大権現は神道の火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)でもありますから。
ちなみに真言は「オン ヒラヒラ ケンヒラケンノウ ソワカ」です。
サークラ女子に遭遇したときは、この真言を唱えて九字を切ってください。

ガンプラオフに行こう!

『ガンダムビルドファイターズ』を観てガンプラ熱が再燃したわけですが、
ちょっと調べてみると意外とガンプラ関係のオフ会って結構あるんですね。

だいたいガンプラ系オフというのは2通りありまして、完成品を持ち寄って品評会的に集まる会と
実際にみんなで作る会とがありまして、なかなか興味深いものがあります。
特に現在のガンプラの場合、素組み(組み立てるだけ、無塗装)でも完成度が高いので
他のプラモデルだと作る系のオフというのは時間的、設備的な問題から困難なのですが気軽にできるんですよね。

パーツはほとんどランナーごとに指定色に色分けされているし、部品とランナーをつなている部分のゲート処理は
ほとんどが組み立てると隠れたり見えなくなるような位置に配置されているし、
プラモデルにおいて難敵であるパーツの合わせ目、パーティングラインについても
昔は一生懸命、ヤスリで削ったり、パテを盛ったりして消していたわけですが、
今のガンプラだとモデルの装甲の継ぎ目のラインに合わせて分割されているから消す必要もないんですよ。
そもそも接着剤すら要らないわけで、まったく至れりつくせりなんですね。
あんまり完成度が高すぎて逆に改造する余地がなくなっているという側面もあります。
改造するにしても金属製だのLEDライトだのディティールアップパーツも豊富ですしね。

そんなわけで、今度、ガンプラを作ってみようというオフに参加しようと思ってます。
オフのために買ったのが下の1/144スケール「MS-06F-2 ザクII F2型 連邦軍仕様」です。
一年戦争を通してジオン軍の主力として活躍した宇宙戦用ザクの最終型がこのF2型であり、
戦後に地球連邦軍に接収されて訓練用、標的用などに使用されたザクという設定です。



限られた時間でもあるので、基本的には素組みにちょっとしたウェザリング(汚し効果)をしようかと。
あとモノアイはシールではなくクリアパーツ(できたら発光ギミック)に変更する予定でいます。

本当はもう少し開催日が遅ければ、中国製のパチガンダムを作ろうと思ったんですけどねw
いまの中華ガンダムはデッドコピー(製品からダイレクトに型をとって複製するパチモン)の段階から
技術的にステップアップしたところで、水滸伝シリーズなどオリジナルモデルのガンダムを展開中でして
完成品のフォルムは意外と正規のガンプラと遜色ないレベルまで達してるんですよね。
ただし説明書が間違っているとか、そもそもパーツが足りない(余る)なんていうのは当たり前で
パーツのはまりぐあいもかなりいい加減で強引にペンチを使わないとはまらないなんてことも多いとか。

こんなガンダム世代な私ですが、実は最近のガンダムは全然わからないんですよね。
テレビアニメでちゃんと観たのは『機動戦士ガンダム』と『機動戦士ガンダムZZ』くらいで
あいだの『機動戦士Zガンダム』とかは子供には難解すぎて挫折してしまいました。
ZZ以降のガンダムも敵MSに魅力を感じないので観る気もしなかったんですよね。
ましてパラレルワールドなガンダムだらけのシリーズになるとお手上げ状態……
そもそもガンダムというロボットの造形自体は兵器らしくないので個人的に嫌いなんです。

なので『機動戦士ガンダム MS IGLOO』シリーズとか好きですね。「ガンダム」がいっさい登場しないので。
特に2の『重力戦線』なんかは松本零士の戦場漫画を彷彿させるというか影響を受けているであろう作品で
無謀にも歩兵部隊がザクと対峙する話とか、旧式戦車でエースパイロット機のザクを倒そうとする話とか
まるで孤立したアメリカ軍の分隊がナチスドイツ戦車隊と対決する映画みたいに泥臭い話なので特におすすめです!

ガンプラオフに行ってきた模様はまたブログで報告します。
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