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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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読書感想文が書けないのは当たり前で、小説が書けないのと同じ

学生さんはすでに夏休みに突入しましたね。
小中学校の夏休みの宿題として定番なのが今も昔も読書感想文のようです。
ところが読書感想文なんて子供に書かせても、たいていあらすじで9割を埋めて、最後に「おもしろかったです。また読みたいです」
とでも書くくらいが関の山だったのではないでしょうか? だいたい私もそんな感じでした。

では、どうしてそんな読書感想文とは言えないような読みに堪えない作文を書いてしまうのでしょうか?
それは当たり前のことなんですが、学校の先生が読書感想文の書き方を教えてくれないからです。
少しやる気のある先生なら読書感想文コンクールの受賞作を生徒に読ませたりもするでしょうが、
たいていは「本を読んで思ったことを自由に書きなさい」とかいう曖昧模糊な指導しかしないんだから
そんな指導で書けるわけがない。おそらくそんな適当な指導で書ける生徒は1%いるかどうかでしょう。

そして、なぜ教師が読書感想文の書き方を丁寧に教えないかといえば、授業時間の制約もありますが
そもそもは教師も子供の頃は読書感想文なんて書けない生徒だったからです。できないことを教えることはできませんよね。
教師という仕事は大人になってみればわかりますが、たいてい学校の勉強が得意だったような生徒は教師になりません。
だいたい学力的に中間よりも少しいいくらいの生徒が教師になってるケースが多いのですから、
上位数%が書けるかどうかという読書感想文の書き方なんて能力的にわかるわけがないのです……

でも、書き方自体は実はわかってしまえば簡単なんですよね。
間違っても学校の先生が適当に言っていた「思ったことを自由に書くこと」ではありません!
簡潔にいえば「読む前と読んだ後で気付いた自分の気持ちの変化について」を書くことこそ読書感想文なのです。
だから原稿用紙を埋めるために書いていたあらすじなんて書く必要はなかったんですね。
「どうしてこの本を選んのか」「読んでいる最中、どんなことを考えたか」「読んだ後にどんな気持ちになったか」
そんな感じのことを多少のエピソード(前半退屈だったので挫折しかけたとか、眠れない夜に読んだとか)を交えて
本を通して気付かされたことに対して自分の気持ちの変化を書いてゆくと、ようやく読むに堪える作文となるわけです。

そしてコンクールなどで入賞も目指すのであれば、その気持の変化が前向きであり善良である必要があります。
サイコキラーの実録を読んで自分もちょっと人を殺してみたくなったみたいな気持ちの変化を書くのも立派な感想文ですが
そういう作品は受賞以前にいろいろと担任に呼ばれたりして厄介なことになりますから提出するのは避けるべきです。
そして受賞作品というのは、たぶん思っていもいない気持ちの変化をそれらしく書いたものであり、
それも実力ある大人の指導を全面的に受け容れて大人ウケしやすいように書き換えられた作品なんでしょうね……

そして小説というのも同じです。
好きなことを自由に書くことではありませんよね。常に読者のことを考えつつ書いてゆくものです。
そして大概は作者ではなく主人公の気持ちの変化(それに伴う決断と実行)というのが主題となります。
そういうことを知っているかどうかで、新人賞に通るかどうかも決まっていきます。
独創性を問われる前に踏まえておかなければならないお約束をちゃんと作品の中で踏んでいるかどうかで成否が決まります!

あなたは昔書いていた読書感想文のようなデタラメな小説を書いてしまってはいませんか?




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