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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

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伏線回収やどんでん返しはいりません!

今週の創作塾で話題に登ったことで、このブログ読者にも結構こういう間違いをしている人がいそうなので
改めてエントリーとして書いておこうと思います。

それが「伏線張りやその回収」や「ラストのどんでん返し」は、あなたが思うほど必要とされていないという事実です。
創作の初心者や初級者の特に男子に多いことなんですが、伏線とかどんでん返しを一生懸命やろうとしている人が多いんですね。
そういうのが好きだというのはわかりますが、はたして読者目線で読んだ場合、それほど物語に重要なことでしょうか?

実はそんなものなくてもおもしろさの根幹にはなんら影響しないと思いませんか?
あればあったで驚きとかおもしろさの奥深さを与えてはくれますが、それ以上でもそれ以下でもないんですね。
肝心なストーリーラインがつまらなければ、いかに巧みな伏線も、奇想天外などんでん返しも効果はゼロです。

そもそも受賞作の講評に「ラストがものたりなかった。ラスト直前に意外性のあるどんでん返しがあったらもっとよかった」
みたいな審査員のコメントを読んだことはないですか?
ちゃんと目を通している人であれば、そういうコメントを見る機会は一回や二回ではなかったでしょう。
それはつまりどういうことを意味しているかわかりますか?
これを読んで「やっぱりどんでん返しは必要じゃないか!」と思ってしまうのは軽率です。そうではないですよ!
別角度から読んでみれば、要するに「どんでん返し」なんてかくても受賞できるということではないですか?
あればよかったとは思うけど、なくても受賞作のクオリティとして問題なしと認められたのです。

敢えて無理して除外する必要はありませんが、そこに重点を置いてしまうというのは無駄なところに拘って非効率になるだけです。
人間は何事も完璧にはできませんから、全てを完璧に仕上げるなんて物理的にも時間的にも不可能です。
だからこそ、どこに重点を置くべきか、そのためにどこを手を抜くか、それを的確に判断することが求められます。
たとえば戦車や飛行機のプラモデルを作るとき、完成したら見えなくなる内部にこだわって精巧に作ったけれど
外側を作るときには根気も尽きてしまって、接着剤がはみ出てるわ塗装はムラがあるわだったらどう評価しますか?
余力があれば両方ともこだわればいいですが、余力も時間がないなら工程を省略すべきはどちらでしょう?
プラモデルなら小学生だって間違えないのに、小説になるといい大人でも間違ってしまうのです。

伏線やどんでん返しのことを考える暇があるなら、まず魅力的なキャラクターや物語について考えてください。
最悪なのは伏線やどんでん返しを仕込むためにキャラや物語を自ら小さく制限してしまうことです。

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