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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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架空異世界の祭礼に関する考察(4)

今日はとりあえず短期集中連載の「祭礼」の最終回です。
前回は、祭りの騒ぐ側面と節制する側面について語ってみました。
そして今回は祭りにつきものの「無礼講」についてでしたね。

でもちょっと考えてみてください。
会社や学校の飲み会で無礼講とかいっても本当に無礼講になった試しがないですよね。
継続した社会である以上、一時的に無礼講なんていうことがすんなりできるわけがない。
「今夜は無礼講だぞ」言ってるのは偉い人たちだけで、しかも本当に無礼講をやらかすと
根に持つのもそういう人たちだったりしてタチが悪いんですよね。
世界中の祭りだって同じです。真の無礼講なんて存在しません。
しかし、できるだけ無礼講に近いかたちになるような工夫をしてきたんですね。

有名なところではヴェネツィアのカーニバルですかね。
みなさんもマスケラという色形もいろいろな仮面をつけて派手に着飾るイタリアでの祭りを
テレビか何かで一度くらいは見たことがあると思います。そう、あれです。
この場合、誰が誰だかわからないよう仮面をつけることによって
身分を越えて対等になれるように工夫しているわけですね。
そうはいっても、この祭りに参加できるのは富裕層だけだったでしょうから
小金持ちも超大金持ちも対等になれるというくらいの意味合いだったかもしれません。
少なくとも貧乏人も貴族も対等になんてことはありえません。
ヨーロッパでの社会階層は日本で考えるよりも絶対的なのです。
でも物語としては、身分の差が大きいほどおもしろいわけで実際とは異なってもいいですけどね。
祭りではありませんが、仮面舞踏会というのも同様の主旨ですよね。

さて、今度はもっと庶民的なところを考えてみましょうか。
仮面や派手な衣裳はお金がかかりますが、お金をかけずに身元をわからなくするにはどうすればいいか?
答えは簡単ですね。夜の闇です。昔は街灯なんてまずありませんし、
そもそも宮殿の中でもロウソクやランプだけの灯りだけなので本当に暗かったんですね。
夕方、ちょっと暗くなると、もう誰が誰だか顔もわからなくなってしまう。
ということで「誰そ彼」(たそかれ)から「黄昏」(たそがれ)となったとか。
ですから夜ともなれば、それはそれで誰が誰だか声だけしかわからない。
夜の闇を利用して誰が誰だかわからない状態にして無礼講にするというやり方もあるわけです。
先のヴェネツィアの場合も仮面をつけてさらに夜を利用していたので完璧だったでしょう。
ただし声音でバレる可能性もありますけど、それは気づかないふりというのがお約束です。

それから無礼講の障碍というと、やっぱり上司や先輩ですよね。
だから同僚だけ同期だけで集まって無礼講にするという方法もあるわけです。
まあ、ちょっと意味合いがちがってきますが、気楽に楽しめますよね。
そして昔もそうでした。村の若者だけが集まったり、女だけで集まったりとかですね。
日本でも「ドンドン焼き」など子供だけで集まるイベントなんかがいまでもあります。
ちょっと昔の農村なら夜の盆踊りは夜這い相手を見つけるための一大イベントでしたから
年頃の若い男女が総出で楽しんだわけですよ。べつに踊りがたのしかったわけじゃありません。
近頃の地元でやるような盆踊りは年配層しか踊っていないので、まったく盛りあがりませんよね。
こうなってしまったのも、もう盆踊りに行かなくても相手を簡単に見つけられるからです。
他にも主人を除く使用人だけが参加する祭りなど、横割りにするのは効果的だったんですね。

それから祭りにとって欠かせないのが、さきほども書きましたが性的放縦、性の解放です。
古代ギリシアのディオニソス祭を例にだすまでもなく、世界中の民間祭礼においては
クライマックスは常に男女の性に直結するのが慣習だったんですね。
だからこそ、昔の人は異常なまでに祭りに熱狂するわけです。
現在、ほとんどの日本の祭りでは、この最も情熱的な核の部分が去勢されてしまって
酒を飲んで騒ぐ以外におもしろみがなくなってしまい、中高年ばかりが楽しんでいるばかりで、
若者には見向きもされなくなってしまい、どんどんさびれつつあるんですね。
キリスト教のような性の抑圧の厳しい宗教であっても土着宗教の祭りをベースにしている以上
この傾向からは逃れられぬ運命にありました。
だからこそ古今の作品を読むと、祭りのシチュエーションには必ず恋愛や一夜のアバンチュールが
セットでついてくるといっても過言ではないわけです。
いちばんの無礼講というのは、酒を対等に酌み交わすよりも、男女の仲にあるように思います。
ただし、あくまでも風俗学的な観点であって、ライトノベルのネタに活用できるかは別問題ですよ。

さて、いかがでしたでしょうか?
あなたの作品に使えそうな祭りはイメージできましたか?
人の本質というのは文明がいくら発達したといっても、紀元前の昔からそう変化していません。
その情熱が最も烈しく表出することができたのが、昔は祭日だけだったというだけです。
あなたの創作した祭りでは、どんな出逢いや恋物語が生まれるのでしょうか?
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