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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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戦争1(古代編) 架空異世界構築シリーズ

今回は異世界ファンタジーでは避けてとおれない戦争についてです。
ミリタリーオタクとか詳しい人は、べつに今更な情報ばかりとなってしまいますが
女性だと、ほとんどなにも知らないという人が多いんですね。
読者ウケするという理由もありますが、どうしても宮廷陰謀に終始してしまうきらいがあります。

そこで今回はさらっと戦争の歴史や変遷について要約を簡単に説明していって、
その後、時代別、地域別の戦争に説明していこうかなと考えているところです。

さて溯ること戦争の起源は、先史時代の部族抗争が国家間の大規模な戦闘になってはじまったわけです。
やはり数十人の少人数の戦闘では戦争とはいえませんが、だからといって何人から戦争なのかというと
それもはっきり線が引けるわけではないですが、さすがに数百人規模なら立派に戦争ですよね。

そんなわけで、戦争の起源は古代国家の成立からはじまったといってもいいでしょう。
古代国家は農業の発展によって食糧事情がよくなり、生産に従事しない兵士をたくさん持つことができました。
最初は、徒歩の歩兵のみで構成され、武器は槍か矛、それと弓矢であり狩猟用具と大差ありませんでした。
古代の兵士は徴兵制のため、防具と武具は国家が用意するものですから、かなり簡素で粗末でした。
普通、異世界ファンタジーで、よく出てくるような金属製の鎧というのは、いつの世でも大変高価で
今の感覚でいうと、フェラーリなどの高級外車くらいの値段がしたのです。金持ちしか持てなかったのです。

さて軽装歩兵と弓兵の次に登場するのが、戦車兵です。
戦車といってもタンクではなく、チャリオットのほうで2~4頭の馬がひく4輪または2輪の馬車です。
古代の馬はサラブレッドというより大きめのポニーくらいの小型種ばかりなのですが、
小柄な馬でも集団で突進されると、これはもう恐いなんてものじゃないんですね。
とはいえ攻撃力としては2ないし3人が乗り込んでも、ひとりは馬を操る馭者、ひとりは防御専門の楯持ち、
残るひとりが投槍か弓矢で武装しているにすぎず、その投槍も数本しか装備していませんでした。
馬車本体の生産コストも馬を養う維持費も高く、訓練も難しいのに攻撃力はさほどではありません。
実際の威力よりも心理的効果が高い兵器だったわけです。

これが馬に直接に騎乗するという、なんともシンプルな方法が考案されると
戦車は時代遅れになってしまい、なんと20世紀の第二次世界大戦前まで騎兵が戦争の主力とされるのです。
そうして戦車は古代世界においてさえ指揮官の移動用に使われるだけになり、やがて消え去りました。

そうして歩兵と騎兵の兵種が誕生することになりました。
ここまでは主に当時の先進国にして大国だったメソポタミア地域からエジプトの国々の話です。

一方でヨーロッパの端、古代ギリシアでは他の地域とは異なって騎兵は用いられず、
馬は戦地までの移動手段のみに限定され、戦争は歩兵のみによって行われるようなります。
しかも、その歩兵は超高価な青銅の鎧と兜、そして大きな円楯と槍で武装していました。
重装歩兵の誕生です。彼らはメソポタミアの歩兵のような徴兵された農民出身ではなく
地主階級の資産家であり、高価な鎧や槍、そのほか食糧なども自腹で負担しました。
戦争に参加することは名誉なことであり、高貴な者の義務となっていたのです。
彼らはファランクスと呼ばれる密集方陣を組み、正面から激突して戦いました。
その戦闘力は驚異的でしたが、動きは遅く横や後ろからの攻撃にもろいという弱点がありました。

そんな騎兵と軽歩兵のペルシア帝国と重装歩兵のギリシア諸国連合が激突したのがペルシア戦争で、
結果としてはサラミスの海戦で壊滅したペルシア侵攻軍の撤退によりギリシアが勝利しましたが
その後、ギリシア重装歩兵の名が高まって傭兵としてペルシアに雇われたりします。
ギリシア傭兵団がペルシア帝国のお家騒動の内戦に巻きこまれ、3年間で6000kmも各地を転戦しながら
故国ギリシアに帰還したアナバシスは、なかなか手に汗握る物語ですね。

そして重騎兵、軽騎兵、重装歩兵、軽歩兵(散兵)、弓兵といった複数の兵種を
ひとつの戦闘単位として編成するという軍事革命を起こしたのがマケドニアのピリッポス2世で
その効果を実戦において遺憾なく発揮したのが、その子アレクサンドロス大王でした。
「鎚と金床」戦法と呼ばれる戦術は、左右に配置した騎兵が鎚のごとく敵歩兵隊の横腹に襲いかかり
混乱して乱れた敵歩兵の戦列に対して、縦列16人×横列16人で構成される重装歩兵の密集方陣シンタグマの圧力で
金床のようにじりじりと攻めて蹂躙するという戦術は、大規模戦闘ができなくなった中世以降を除き
ナポレオン時代から第一次世界大戦の直前まで基本戦術として長く有効でした。

他にもマケドニア軍はギリシア軍よりもかなり長い槍を用いることで
そのリーチを活かして有利に戦うことができました。
長い槍を用いるのは、後世、織田信長や豊臣秀吉も使った手でもあります。
マケドニアでは後ろに配置された兵も槍で戦える利点を重視したのに対して
日本では足軽の練度の低さを補うためと理由は異なりますが。
(なぜか中部地方の兵が弱いのは県民性なのか大日本帝国陸軍でも最弱ぶりは有名でした)

その後、アレクサンドロス大王の死により崩壊した世界帝国を席巻したのが、ご存じローマ帝国で
基本戦法はマケドニアの戦法を踏襲していますが、長い槍より更にリーチを求めて投槍を用いました。
歩兵は遠距離用、中距離用、近距離用の3本の投槍を各自装備していて
それぞれ重さや重心の位置がちがいにより敵との距離によって投げわけました。
投槍は直接、敵を殺傷するよりも敵の楯に突き刺して、楯を使用不能にすることが狙いでした。
そのため槍の穂先は銛のように”返し”がついていて、さらに槍の先端部は簡単に曲がるようになっていたので
いちど刺さると抜けにくく、さらに曲がってしまって敵が投げ返す危険性がないようになっていました。
槍を投げつくすとグラディウスという諸刃の短剣で白兵戦を行いました。

ローマの兵制は軍団(レギオ)を1つの単位として、1個レギオの定員は5000~6000人でした。
ガリア(現フランス)へなどの大遠征ともなれば10個レギオくらいが作戦に参加していました。
しかしながらローマ帝国崩壊後は大兵力を維持できる強大な専制国家がなくなってしまったので
再びローマ軍団並みの大兵力を動かせるようになるのはナポレオン時代まで待たなければなりませんでした。

またローマはギリシアと同じく歩兵を重視していたので、上位の騎士階級は存在していましたが
兵種としての騎兵は外国人傭兵が主流となっていました。
また10年ほど兵役を務めると、ローマ市民権(世襲)が与えられるシステムもありました。
市民権は他にも大金で買うこともできましたし、正規軍はローマ市民のみで構成されていました。
ちなみにSF小説の名作『宇宙の戦士』では、この軍務と市民権の設定が使われていて
選挙権は兵役経験者のみに限定されるという設定でしたね。
しかも機動歩兵となった主人公は白人ではなくフィリピン系だと最後に判明する仕掛けになっていました。
作品発表当時、非白人が主人公ということで米国内でかなり物議をかもしたそうです。

そんな無敵のローマ軍団でしたが、国家の制度疲労による内部崩壊とゲルマン民族の南下により滅亡し
やがてヨーロッパは中世、そして近世への時代を迎えます。
異世界ファンタジーは「中世ヨーロッパ風」とはよくいいますが、
実際、日本作品の9割は中世ヨーロッパというより近世ヨーロッパ風の世界観となっています。
次回は、このファンタジーでよく使われる時代の戦争について考えていきましょう。
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