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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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戦争2(中世編) 架空異世界構築シリーズ

だいぶ間隔があいてしまいましたが、古代編に続き中世編です。

歴史的には古代ローマ帝国が滅亡し、フランク王国がカール大帝により西欧地域の統一を果たしますが
カール大帝の子らによって大帝国は分割され、やがて衰亡していきました。
その後、ヨーロッパ地域は無数の諸侯らによって分割統治されるようになっていき、
かつてのローマ帝国のような大規模な軍隊を維持することはできなくなっていきます。

中世における戦争として有名なのは「十字軍遠征」「百年戦争」「薔薇戦争」などがあります。
この時代の戦争の特徴は、古代の歩兵と騎兵による軍団制から先祖返りした騎士の一騎打ちになりました。
騎士の装備は城ひとつと同じ金額がかかるほど高額であり、軍備や食糧についても自前調達なので
騎士や貴族といった諸侯のみが装甲騎兵として従軍することしかできなくなってしまい、
かつて主力であった歩兵は騎士の従卒として脇役に追いやられていきます。

戦闘の規模としては、1つの会戦に騎士が数百から多くて数千、
これに歩兵や弓兵として2倍から3倍の歩兵部隊を率いるのが経済的な限界であり
古代世界のように数万人規模の国軍は組織されていませんでした。
また国軍ではなく、あくまで封建制によって従う諸侯の連合軍であるため
有力貴族が司令官の職にこそ収まりますが、指揮権は統率されていないのが普通で
諸侯は配下の手勢を目先の欲に駆られて勝手に動かして混乱を招くことも多々あったようです。
十字軍のみは宗教的熱狂もあって、この当時としては壮大希有な大兵力が何回も投入されましたが
十字軍としてひとつに統率されていたわけではなく、あくまで諸侯単位の指揮によるものでした。

また騎兵とはいえ十字軍などが行われた中世の初期において鎖帷子にバケツのような兜の甲冑は
30~50kgとあまりに重たすぎて、とても乗馬しながら素早く動き回ることができず、
そもそも騎兵突撃はある程度の数が揃わないと簡単に打ち破られてしまうために
古代ギリシア時代のように戦地まで馬で移動し、戦場では下馬して戦う戦法が主流となりました。
中世の騎士は颯爽と馬を駆って戦う「騎兵」ではなく「乗馬歩兵」に分類されるような兵種だったのです。

また、この時代は甲冑の発達がめざましく、鎖帷子(チェーンメイル)から鈑金鎧(プレートアーマー)へと
進化してゆくことで、それに対抗する武器も変化し、新しいものが発明されてゆきました。
ファンタジー作品では、なにかと万能感のある長剣ですが、史実的には全時代を通じて
主力武器になったことは一度もありません。
あくまでもサイドアーム、補助的な武器であり、それだけに装飾など凝らすことができ、
権威の象徴として扱われてきたために、そのような幻想が生まれたのでしょう。
(日本でも古代の兵は矛や戈、中世の武士は弓もしくは薙刀、近世は槍、そして銃が主力兵器でした)
中世においては金属の鎧に対して斬るための剣はまったく無力なため、鎧の上から骨折させるべく
打撃を重視した巨大で肉厚な剣や、それよりもっと効果的な戦鎚(バトルハンマー)や戦矛(メイス)が
実戦における騎士の武器としては好まれ、いろいろなバリエーションが生まれました。
ただし競技としては騎兵槍(ランス)による馬上槍試合と剣の試合が行われています。

従卒や歩兵は騎士とは対照的に軽装もしくは平服が多かったようです。
後期になると厚手の綿をキルティングにした布鎧や半兜(サレット)で武装する歩兵も登場しました。
歩兵はあくまで鎧で動きが制限され、落馬すると自力で乗馬できないような騎士の補助が主任務でしたが、
やがて弓兵として戦場でも活躍の場を得て長弓(ロングボウ)や弩(クロスボウ)で戦うことになります。
百年戦争において、イギリス軍の長弓がフランス軍の弩を圧倒した話は有名ですね。
弩は機械式に強力な弦を巻きあげるため、太矢(ボルト)の威力は鈑金鎧を貫通するほどでしたが
どうしても弦を巻きあげるのに時間がかかるため、連射の効く長弓のほうが有利だったのです。
ちなみにモンゴルなどアジア圏の騎馬民族の短弓は威力が弱く、命中精度も低いので
命中精度が低いのは集団戦による一斉射撃で補い、威力不足は毒矢で補うのが通常です。

またヨーロッパ圏の特徴として、十字軍遠征の成果により未開の僻地にすぎなかったヨーロッパに
当時、最先端の科学力を誇った文明国イスラム圏の高度な建築技術を導入したことで
荘厳な大聖堂の建設(ゴシック様式)と同時に城塞都市建設を得意とすることになりました。
ただでさえ大兵力を動員できないことで攻城戦は非常に困難で攻囲が数年におよぶこともありました。
日本の城のイメージとは異なり、大陸の城は町ごと城壁で囲まれていて、
食糧もしっかり備蓄されていると、ちょっとした小都市でも攻略するのは至難の業です。
そのため都市を完全に攻略することは少なく、基本的には包囲した後に交渉で有利な条件を引きだして
すみやかに撤退するというのが攻城戦の目的となっていました。

それと当時の戦闘は粗野で野蛮そのものでもありましたが、敵への憎悪や愛国心とはないに等しく
基本的には自分の領土の拡大や安堵が大なる目的であり、小なる目的は近隣の村々への掠奪でした。
そのため敵の有力貴族を殺害し、完全に打倒してしまうことにメリットがあまりないため
たいていは身分にみあった大金の身代金を要求して、身代金が支払われればすぐに解放しました。
騎士階級が没落した近世初期には、身代金目当てに大商人や輸送物資などを誘拐して
身代金を要求する盗賊騎士が横行していたというのは、以前鉄腕ゲッツの紹介で書いたとおりです。

このような中世騎士の戦闘は小規模の戦士階級とその従者たちによって繰り広げられていきますが
20世紀まで諸侯が乱立するドイツとは異なって、フランスは早くに王により統治がはじまり
大規模な軍隊を組織できるようになったことと、傭兵による歩兵部隊の導入で
残酷で野蛮な戦闘であったけれども、どこか儀式的であった戦争は変革を余儀なくされ
戦争は組織的な大規模殺人へと様相を呈してゆくことになります。

実はとりたてて中世の戦争は甲冑の格好よさとは反比例しておもしろくありません。
女性向け作品としては、戦術とか戦略とかあまり関係ない一騎打ちなので書きやすいようでいて
実は諸侯が乱立する戦国時代のため、女性が大好きな宮廷陰謀劇とかはあまりないんですね。
みんなが大好きな宮廷が形成されるのは、絶対王制が確立される近世以降のことです。
次回は、その近世の戦争について書いてゆきます。
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