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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
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童貞をこじらせているほど百合が好きという法則

あくまで私の経験則なのですが、童貞をこじらせている人ほど百合モノが好きなようです。
なぜかという理由は後述します。

さて今夜は弟子の照子の個別指導だったわけですが、やはり女の子だけに
男の子ならわかっていて当然の大前提が巧く理解できていないんですね。
1時間粘っても答えを導けないので、答えを教えて応用を考えてもらうことにしました。
私自身は特に少女向け作品を読んでいるわけではないですが、物語の基本をベースとして
感覚的に女の子がどういう作品が好きなのかなという「基本」や「路線」「タイプ」はなんとなくわかるので
他の人も気付けていないだけで、ちょっと方向性を見せてあげれば自然とわかるのかと思ったら
みんながみんなそういうわけではないということを痛感しました。
今後の指導方針を少し考え直さないといけないなと思うのでした。

異性を読者対象とする作品を書く場合、つまり男性が少女向け、女性が男性向け作品を書くときには
やはり自分が好きなものを書くだけでは読者はついてきません。
当然ですね。男と女では好みや趣向がはっきり異なるのですから。
『イナズマイレブン』を好きな小学生男子と腐女子とでは同じ作品が好きであっても
好きなポイントは、まったくちがっていることはわかるかと思います。
ですから異性向け作品を書くには、脳内に、そして心の中に異性を常駐させておく必要があります。

頭の中で異性がどのような言動をとるかをシミュレートしつつも
異性が「萌える」「燃える」シチュエーションを心に宿しておくのです。
ですがシミュレートしようとも、入力データが乏しければいかんともしがたいわけです。
よって異性の友達が多かったり、異性のきょうだいがいたり、あるいは男女交際経験が豊富でないと
頭の中でシミュレートするだけの異性のデータが集まるわけもないんですね。
これは一般小説などで異性のキャラクターを動かすときにも言えることではありますが。

ここで冒頭の法則に戻ります。
なぜ童貞をこじらせると百合作品を書くのが好きなのかという理由を説明していきましょう。
百合モノは表面的には、男性が異性のキャラである女性キャラ同士の恋愛を描いているようですが
本質はまったく異なっていることにお気づきでしょうか?
そう、女の姿こそとってはいますが百合モノのキャラというのはホンモノの女性ではなく
男性の都合のいい妄想によって生まれた架空の存在です。
女のようでいて女ではない「なにか」なのですね。
同じようにBL作品の男性キャラについても同じことが言えます。
だからこそホンモノの男をベースとしたゲイ向け作品を腐女子は受け容れることはできないのです。
そもそもが男を描いているようでいて、それは男ではないのですから当然です。

百合もBLも妄想の産物だからこそ実在の男女の性にとらわれずに楽しめるし、書けるわけです。
これが普通に男女の恋愛となると、一変してリアルな男と女の要素が好むと好まざると介入してくるため
どうやって口説いたり、愛を囁いたりしてコミュニケーションをとるのかといったことが
童貞では経験が皆無に近いのでシミュレーションしきれなくなってしまい書けなくなってしまうのです。
そこで苦しまぎれにラノベや漫画、アニメといった他作品のフィクションから持ってきて流用するか
もうひとつの方法として、もう男とか女とか関係ない存在としての百合モノを書くことになります。
これなら、すべて架空のことなので、経験とか関係なく頭の中で勝手にシミュレートできちゃうんですね。

まあ、この傾向はライトノベルにもいえることだったりします。
つまり少年向け作品の少年は比較的読者に近い人物像で描かれる反面、
ヒロインである少女は「男子」の理想が反映された現実の女性とはまったく異質の生態を有しています。
この「男子」というのは中高生ですから、ほぼ童貞なわけですから、理想なんていっても
男に都合のいいだけの存在でしかなかったりするわけです。
男である自分が地味で取り柄もない不美人な女子に猛烈なアタックなんて絶対することがないくせに
逆にバカでエロいだけの不細工な男子のことを好きになってしまう絶世の美少女を
平気で作品のなかに登場させてしまうのですから、勝手なものです。
美男美女が愛しあう映画やドラマのほうが、まだ現実味があるというものです。
実際に俳優同士が共演をきっかけにして結婚に至ることも多いですしね。

というわけでライトノベルというのは、みうらじゅん先生の唱えるDT力(童貞力)を原動力にして
執筆される作品であるわけですが、作者自身がリアルDTでなければいけないかというと、
そういうわけでもなく、もっと幅広い表現を求めるのであればDTは卒業しておくべきでしょう。
神父をめざしているのでなければ、そのほうが人生もきっと有意義で楽しめるかと思います。

もしきみがDTならライトノベルを書いている場合ではありませんよ!
執筆はDTを卒業してからでも、じゅうぶん間にあいますからね!
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