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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
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 今回は第11回公式オフと連動させて、世界観設定を考えるときに、どういうことを考えなければならないかという注意点について書いていこうかなと思います。

 まず世界観を構築するのが必要な場合は、架空の世界を舞台にすることがほとんどで、ライトノベルの場合、8割以上は大なり小なり架空世界が舞台なので世界観構築が必要になってきます。このとき2つのケースが考えられます。まず1つは未来のSF世界と、おなじみの剣と魔法が登場するような異世界です。これは世界観設定が世界のすみずみまでくまなく行き渡っているケースですね。もう1つは世間なり一般社会に知られていないんだけど、人々の知らないところでは何かが暗躍しているといった世界観設定の影響力が限定的なケースです。

 難しいのは、もちろん大がかりな未来世界や異世界です。作品がスタートする時点のことだけではなく、それ以前の歴史などについても考える必要が出てくるからです。そして歴史を考えようとすると、必然的に人々の暮らす文化や文明、風俗習慣、宗教、民族気質なども考慮しなくてはなりませんし、それらを形成するには、その土地の気候や地理的要因、近隣諸国との歴史的関係が大きく影響しているでしょう。そして、それらによって人間の思想や倫理道徳観も異なってきます。

 例えば、砂漠のような厳しい地域で暮らす人々には大規模農業が不可能なので、あまり大人数にはなれず一族単位で遊牧生活を送ることになります。そのため家父長制度によって統率され、水も食料も限られるため厳しい掟と罰が生まれてきます。そういう民族によって崇拝される神もまた、絶対的な家父長→唯一神であり、掟=契約を重んじる性格となってゆきます。こうして登場したのがユダヤ教に始まり、キリスト教、イスラム教によって崇拝されるヤハウェ神です。そして信仰や教義から社会通念や道徳が生じてきます。キリスト教圏の欧米人が明文化された契約書や法律を絶対視する傾向も、こうした宗教観に由来しています。また火葬を嫌うのは最後の審判のときに全ての死者の復活が預言されているため、それまで遺体を保存したいという非合理的な考えに基づいています。

 一方でギリシアや日本など気候が温暖で暮らしが豊かな地域では、砂漠の民の神とは性格がまったく異なります。神は1柱ではまく、無数に存在する多神教であり、その性格も人間味にあふれています。祭や儀式を重視するけれど、一神教のような厳格な教義というものはなく、かなり曖昧なのも特徴です。そうした文化で暮らす人たちは大地の豊穣を讃える意味でも性に放埒だったりするので、禁欲的な一神教から見ると邪教に思えることも多かったわけです。

 住んでいる地域だけでも文化や人々の性質がちがうのがわかったことでしょう。それ以外にも収穫される農作物や家畜、また漁撈や狩猟で獲れるものによって料理も違ってきますし、衣服や家の構造、各種道具といったものもちがうわけですね。つまり飲み物をいれる器ひとつとっても茶碗であったり、コップやグラスであったり、杯であったりと、その地域や時代によって変遷し、しかも民族の移動や侵略、交易などにより相互に影響しあうという重層的な要因となっているわけです。

 こうしたものをイチから作者が考えてゆくのは、まず無理です! それ以上に限られたページ数で、おもしろい物語をつむぎながら、詳細な世界観設定を説明しきるのは困難を極めます。かつ一般読者もついてこれません。そんな中で、やってのけたのはトールキンの『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)くらいでしょう。トールキンはオックスフォード大学教授で言語学を専門としていたので、架空世界内の言語や歴史について事細かく設定を行うことに成功しています。ただし、そのために読み手を選ぶ作品になってしまいました。読もうと思ってすぐ途中で投げ出してしまった人も多いでしょう。

 なのでライトノベルだけでなくマンガやゲームでもイチから構築することはまずありません。たいていの場合はひな形が用意されていて、それを流用してゆきます。異世界なら前出の『指輪物語』か、それから派生していった異世界ファンタジー作品群が流用されるのが圧倒的です。読者もその作品を読む前にいくつかの類似の作品に触れていれば予備知識があるので読みやすいわけです。

 ところが作者にとっても楽で、読者にとっても読みやすくなるひな形なのですが、反面、ひな形を流用することによってデメリットも生じます。そうです、共通のひな形を使っているために、どの作品も似通ってきてしまうんです。これは問題です。そこで、どれだけ自分の作品でオリジナリティ、独自性を出すかなんですが、ひな形も使い古されてくれば派生できるパターンも主だったものは出つくしてきてきた感があります。

 では、どうすればいいかとうと、ひとつの方法としては、ひな形の大方は従来通り流用はしても、どこか一部は従来以上に完全にイチから作ってみるのがいいでしょう。そして、どこを根本的に作り直すのがポイントになってくるのではないでしょうか。オフでは、その点について、もっと具体的につっこんでいきたいと考えています。
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