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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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あなたは何フェチですか?

なにげなく雑誌テレビブロスを読んでいたら『押井守の「ぶった斬り」夏休み映画』という特集記事がありまして
そこでは『ハリー・ポッター』と『コクリコ坂から』のすごく個人的な映画評があったんですね。
コクリコ坂の年代設定が1963年に設定変更されているのは、すべてプロデューサーの鈴木敏夫のためで
登場する青年はどれも鈴木Pの分身であり、鈴木Pのための自伝的ファンタジー映画なんだそうですよ。
でなければシニア映画でもないのに東京五輪の時代設定にする必要がないとか、いろいろと。

この記事の中で最後の最後に語られていることなんですが
「あとは(宮崎吾朗は)監督としてフェティッシュな部分がないのも弱点」であり
描写がサラッとしすぎていて、父親の宮崎駿とは正反対だとコメントしているんですね。

そこで思い当たったのが、そういえばフェチ要素のない作品っておもしろくないというか
作者のフェチが見えない作品ってまずないですよね。
以前のブログ記事にも書きましたが、小川洋子の作品なんて常に同じモチーフというか
フェチの固まりみたいな作品が多いですし、江戸川乱歩とかも屍体へのこだわりが偏執的ですよね。
しかし、このフェチな部分が読者には強烈に記憶に焼きつけられることが多いんですよ。

フェチっていうのは作者の「こだわり」ですからね。
ただテーマとかじゃなくて、性癖や趣味趣向の部分でのこだわりという解釈ですけど。
こういうものを抑圧して書いてしまうと、道徳教本みたいなお行儀のいい作品になってしまい
おもしろいかどうかという面では、はっきりいってつまらない作品になってしまうわけです。

私のフェチはなんでしょうね?
改めて考えてみると、ちょっと悩んでしまいましたが、基本的には触感ですね。
私が価値を見いだすものは、必ず手に触れられるものに限られます。
だから触れないものにはあまり関心を抱きません。
だから音楽とかはほとんど教養としての知識以上に関心はないですし
コンサートとか観劇、遊園地、旅行にいたるまで体験的なものにも、ほとんど価値を見いだせません。
そのくせどんなに小さなものでも手で触れるものに関しては執着しますね。

女性の好みについても、アイドルとか手の届かない女性には昔から無関心で
基本的に実際に手に触れる可能性のある人にしか関心を持ちませんでした。
もちろん2次元はアイドル以上に触れないので無関心です。
私は学生時代に某有名芸能人とひょんなことから勢いでキスはしたことはありましたが
未だ2次元世界の美少女キャラとはキスしたことはありませんからw
あとは肌とか髪の質感とかこだわるというのもありますね。
まだまだ数えあげればキリがないので、このへんで終わりにしましょうか。

そういうわけで、あなたのフェチはなんですか? 自覚していますか?
そして自分の作品のなかに濃厚に影響していますか?

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