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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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『謎解きはディナーのあとで』毒舌批評

櫻井翔、北川景子主演のドラマ版『謎解きはディナーのあとで』の第1回放送分を視聴したこともあって
ミリオンセラーとなっている原作小説の批評をライトノベル視点で書いていこうかなと思います。

この作品は本屋大賞にも選ばれているくらい評価の高い作品なわけですが
ライトノベル的に見ると、ところどころ惜しいところが散見できるので
作家志望の人には大いに参考になるんじゃないかと思うわけです。

まずラノベ的にもっとも惜しい点がキャラクターの扱い方なんですよね。
これが最大限に活用できていないのが、すごくもったいないんです。
この作品のレギュラー登場人物は、お嬢様刑事の宝生麗子、その執事の景山、そして上司の風祭警部の3人です。
この3人のキャラクターをおもしろおかしく動かすことで作品が盛りあがるわけですが、
風祭警部というのは要は成金趣味な大金持ちの御曹司という設定になっていまして
スポーツカーを乗り回し、ファッションや身の回りのものは超高級ブランド品ばかりという刑事でして、
そして主人公の麗子は風祭家よりも遥かに裕福な大財閥の令嬢ということなっているわけですよ。
麗子は令嬢であることを職場では隠しているのに対して、風祭の成金趣味をひけらかしているという
キャラクターの対立構造があるわけですが、ここが徹底していないんですね。

麗子は風祭の成金趣味と無能さを内心では小バカにしているわけですが、
実は麗子も作品の描写を読む限りでは、まったくもって同類になってしまっています。ここが惜しい。
風祭の金持ちぶりをアピールする描写はファッションや車などのブランド品なのですが
麗子のほうの金持ちぶりをアピールする描写もまたブランド品でしかないんですよ。
ただ風祭みたいに派手ではなく、あくまでさりげなく着こなしているというだけのことで
「金持ち」の価値観がまったく一緒になってしまっています。これでは差別化できてないんですね。
また刑事としての有能さについても、程度の差はあれ、単独で事件を解決できないということに関しては
風祭と麗子は同じく無能でしかない。ひとり優秀なのは執事の景山となってしまっているのです。

ですから、いわゆる「キャラがかぶっている」状態なんですね。
普通は異なるタイプの金持ちを登場させるべきであり、ブランドや金額に固執する成金趣味がいて
さらにそういった物欲をすでに超越した本当の富豪が登場すべきなのです。
本当に生まれたときからお金がありあまっている人なんていうのはブランド品にこだわりません。
だって身の回りにあるものは超一流のブランド品だけなので、わざわざ自慢することもなければ
執着やこだわりもあまりないのが自然というものでしょう。
かえって世間知らずで100円ショップに感激するくらいのほうがおもしろさが出てくるでしょう。

『謎解きは~』では程度の差だけで同じタイプの金持ちが登場してしまっているためキャラがかぶったことで
本来なら主人公が拾うべきネタを全て風祭が拾ってしまっていて、主人公が物語的に活躍できていません。
これはライトノベル的には美味しくないんですよね。やっぱりヒロインに活躍してもらわないと。
また『こち亀』に登場する中川(富豪)と白鳥(成金)のような関係のように
庶民をバカにしている成金というのは良心的な富豪によって最後に鼻をへし折られてギャフンとなったほうが
読者的にも痛快さがでますよね。だから風祭を勘違いさせたままのさばらせておくのはもったいないです。

つぎにこの作品がいわゆる安楽椅子探偵タイプの推理小説ということもあって
推理をする探偵役の景山が物語の中盤まであまり活躍する場がないのも、またもったいないですよね。
推理はほとんどが景山の口頭による説明でしかないので、ドラマで映像化するのに苦労していましたが
ライトノベルであっても出番の少なさと動きの少なさは、どうにかしたいところだったりします。
連作短編なので後半の作品ではもうひとりの主人公である景山の出番が序盤から多くなってくるのですが、
それでも最初のほうの短編では後半しか登場しなかったりとおもしろさが削がれてしまっていました。

これに付随してなのですが、ライトノベルの醍醐味といえば、やはりキャラ同士のかけあいなわけですが
この作品でのかけあいは景山の登場シーンの少なさから非常に少ないのです。
テレビCMで抜き出された「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」「クビ、クビ、クビ!」という
象徴的でもっとも盛りあがるべきかけあいのシーンも意外と少なくて、ほんの数ページしかないんですよね。
景山が登場して麗子と少しかけあいをしたら、あとは推理のための持論の展開になってしまうのです。
推理小説だし短編なのでしかたないのですが、これもラノベ的には惜しいと言わざるをえません。

いわゆる「トリック」がゆるゆるなのも短編なのでしかたないでしょう。
コンセント電源の置き時計とか今どき無理がありすぎる設定とかもあったのですが、ここでは問いません。
しかし景山が真相を暴くのはいいのですが、ひとり景山だけが解決してしまうとですね、
相対的に麗子が本当にバカにしか見えなくなってしまうんですね。
とはいえバカキャラは風祭の担当であり、立ち位置的にバカキャラはふたりもいりません。
ですので麗子が事件の真相に気付けないのは「お金持ちゆえ」の理由から世間とは乖離した感覚と常識のため
一般人が考えていればわかっていたようなことに気付けなかったことを、もっと強調しておくと
世間知らずの無知ではあっても「バカ」にはならずにすむんですけどね。ここも惜しい。

総じて評価するなら、せっかく魅力的なキャラとなっている主人公ふたりのキャラの扱いが雑なんですね。
それと風祭の立ち位置がかぶってしまって魅力を分散させてしまってもいます。
魅力的なキャラ設定をしても、それを100%活かさないともったいないよということで今回は締めたいと思います。

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