L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

SEARCH

CONTENTS
LATEST
LINK
BOOKS

RSS
COUNTER

ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昔の趣味について考える……BCLからハムまで

先日購入した『大人の科学』の電子ブロックminiでいろいろ回路を組んで実験したりしています。
25個のブロックで50回路もの電子回路を組めるわけですが、検証用、実験用回路が半分くらいで
実用的な回路というのはラジオをはじめ、そんなに多くないんですが、
それでも自分で回路を作ってみるのは実験みたいでおもしろいですね。
昔の小中学生(お金持ちの子)は、こんな玩具で遊んでいたんだなと感慨深い思いです。

さて、そんなことを考えていると、昔の趣味について思うところがありました。
私自身は幼くてまだ適齢期にはなっていなかったので、身近にやっている友達はいなかったのですが
1970年代の一時期、BCLというのが熱狂的に流行ったことがあるのを知っていますか?
たぶん若い人はまず知らないでしょうね。
説明するならば、BCLラジオ(オールバンドレシーバー)を使って日本各地および海外の
短波ラジオ放送を視聴するという、まあ、それだけの趣味なんですけどね。
ちょうど、この時期に日本で短波放送がはじまりまして受信機が発売されたこともきっかけのようです。
とはいえ、BCLラジオは1970年代で最低でも1万円、高級機なら5万円以上もしました。
普通のお子様に変える代物ではないですね。
しかし、こんな高い物を買って、ラジオ放送を聞いてなにがたのしいかというとですね、
海外のラジオを傍受して、その受信レポートを送るとベリカードというのがもらえたのです。
で、このカードがいろいろと各国の特色ごとに趣向が凝らされていてコレクションしがいがあったんですね。
はい、高級ラジオを買っても、やることはガキです。ただのカード集めだったわけです。

で、当時はプロパガンダの目的もあって、特に共産圏のベリカードがよかったらしいですね。
欧米とちがってモスクワの声(ソ連)、北京放送(中国)、平壌放送(北朝鮮)は日本語でもやっていて
ベリカード以外にいろいろなものをくれたそうです。
たとえば中国ならベリカードのほかに今もパンダなんかの切り絵がもらえるそうですし
北朝鮮なら金日成の絵ハガキに金日成のカレンダー、金日成の本、金日成を讃えるレコードなどなど
ちょっと子どもがひいてしまって、怖くなってしまうくらい、いろいろなおまけがついてきたそうです。
当時の体験談を読むと、調子にのって北朝鮮にレポートを送って北朝鮮からいろいろもらっていたら
いつしか登下校中にだれかに見られているような気がしてグッズを全て捨てたとかいう話も。
その子供曰く、北朝鮮の工作員か日本の公安警察だったのではないかと。
真偽のほどはわかりませんが、ちょうど北朝鮮による拉致事件が最盛期のころの話です。

とはいえ、しょせんガキですからベリカードをもらってしまうと、あとは放送を聞いても
外国語で意味わからないし続ける意欲がなくなり(共産国家は毎回デザインがちがったそうですが)
そのうちブームがあっというまに過ぎ去ってしまうのでした。そもそも子供は飽きっぽいですからね。
最近までソニーとパナソニックが細々とBCLラジオを作っていたようですが今は中国製しかないようです。

それでもBCLラジオで無線工学に興味を持った子供はアマチュア無線、通称ハムに流れていったわけです。
そう、実は日昌晶も4級アマチュア無線免許を持っていたりするんですね。
私の場合は無線に興味はなく、もともとボーイスカウトのキャンプでの通信手段用に取得したのですが
免許取得後にキャンプに行く機会がなくなってしまい、ついに一度も使っわなかったんですけどね……

で、当時は多くの中学高校大学には無線部なるものがどこにもあったのですが、いまはもう絶滅してます。
アマチュア無線でなにをやるのかというと、結局は通信することがたのしいだけなんですね。
離れたところの仲間と雑談とか、世界中の見知らぬ誰かと交信とかいった目的もあるわけですが
そんなものは今では携帯電話とインターネットがあれば、より確実に目的を満たすことができますから
消えゆく宿命(さだめ)だったのでしょうね。単純に無線工学に興味がないといまはやりません。

でも昔からネクラなイメージのある無線部(いまでいうコンピューター部)がやっていたハムなのですが
バブルの時期に大ブームを巻き起こしたこともあったんですよ。
それはトレンディードラマ(石田純一とかがよく主演していたアレ)の先駈けとなる映画で
アイドルの原田知世(ブレンディのCMのひと)主演『私をスキーに連れてって』(1987)にて
三上博史がカッコよくスキー場での通信手段とするシーンが多用されたのがブームのきっかけでした。
当時の携帯電話は移動電話と呼ばれ、かなり大きな箱型の本体を肩からベルトでさげるタイプでしたので
ハンディトランシーバーは当時の若者の目には、それはそれはトレンディに映ったのです。
猫もしゃくしもスキー場に押しよせたバブル世代は、こぞって無線機にも食いつきました。
電波は大渋滞で空き周波数を見つけるのも一苦労、しかも免許が必要と知らずに購入した人も多く
無免許の違法使用者であふれていたりと、電波の世界もまたバブルの狂乱を味わったんですね。
そしてご存じのように、すぐに携帯電話サービスがはじまり、あっという間にニワカが消えます。
今では本当に無線好きな50歳以上の電波紳士が細々やっているか、トラックドライバーの違法使用ばかりで
あれほど空きのなかった周波数帯はガラガラで通信相手を見つけるのも一苦労と逆転してしまったそうです。

いま流行っているものもいずれはこうして「昔あったよね」的な話になってゆくんでしょうね。
特にバブル期までは、情報化されていないのでマスコミに扇動されやすくて
趣味でも流行でも1つに集中していた時代でしたから、特に傾向が顕著だったんですよね。

信じられないかもしれませんが大学生とか若者ならば
冬はスキーに行かなくていけないという強迫観念さえ存在していたのです。
で、本当にみんなスキーが好きなのかというと、そんなわけがありません。
みんなが行ってるから流行に乗りおくれまいという意識も強かったですし
なにより夏の海と同じく男女の出会いの場として、アフタースキーが主目的の人も多かったんですね。
そんな男女のリゾート地での恋愛模様を歌った爆風スランプの『リゾ・ラバ』という曲もありました。
ゲレンデではみんなデカいゴーグルをかけているので、だれでも原田知世や三上博史に見えてしまうとかで
リゾート地で一時的に盛りあがってはしまうけど、家に帰ってくると醒めて関係が途絶えるなんてザラでした。
残念ながら私はまだ男女の駆け引きをたのしめる年齢に達していなかったので、まったく無縁でしたが……

★今回のまとめ

・ガキはいつの時代もカード集めが大好きだ!
・若者はヤレるところなら雪が降っていようが群がってくるぞ!
・コンピューター部員の祖先は無線部員だった!

Chechttp://lanovelien.blog121.fc2.com/blog-entry-612.htmlk
関連記事

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://lanovelien.blog121.fc2.com/tb.php/612-88ea76c9

HOME
広告:
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。