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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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私的ゲーム考

最近よくゲームをやるようになりました。
相手はいつも彼女なのですが、よくやるのは「ローゼンケーニッヒ」と「バトルライン」で
ほかに「オセロ」「チェス」「バックギャモン」なんかもやってます。基本はボードゲームですね。

世界的に見て最も伝統的に遊ばれているゲームは「チェス」「バックギャモン」「トランプ」でしょうか。
日本だと「将棋」「囲碁」「双六」となるんでしょうかね。
「チェス」と「将棋」はどちらもインドの「チャトランガ」から派生したゲームなのはご存じのとおりで
「バックギャモン」と「双六」は古代メソポタミア起源で古代エジプトから古代ギリシア・ローマを経由し
5世紀頃には完成し、日本には奈良時代に中国経由で伝来したので、ほぼ同じといっていいゲームです。

日本にトランプが入るのは、ずっと遅くて江戸時代にポルトガル経由で入ってきたときは
賭博のご禁制を逃れる意味もあって「うんすんかるた」から「花札」へとローカライズされました。
(当時のポルトガルのトランプというのは、絵札3種に数字が1~9の48枚構成だったこともあって
これを元に考案された「うんすんかるた」や「花札」も12ヶ月が各4枚の48枚構成となったようです。
ちなみにドイツのトランプは32枚構成で、英国式52枚が標準トランプになったのは20世紀になってからです)
そして囲碁のようなガチガチのアブストラクトゲームは欧米では流行することはなかったようです。

日本人の生真面目な性格ゆえか、囲碁将棋は高尚な芸能として幕府の庇護をうけるまでにいたりますが
双六に至っては運の要素があるゲームであり、貴族から庶民に至るまで賭け事に使われたので
奈良時代から江戸時代まで、時代を問わず何度も何度も禁止令が出ている始末なんですね。
囲碁将棋は実力差が勝敗に直結してしまい、上級者が初級者に負けることはまずありませんが
双六は連戦すればトータルでは勝ち越せても、1ゲームごとの勝敗は賽の目しだいで初級者も勝てるので
多少の実力差があっても、たのしく遊べるゲームだったんですね。
しかし江戸中期頃に急に衰退して、かわりに子供向けの絵双六のほうが主流になってしまいます。

話は変わって現代になると、テレビゲームや携帯ゲームなどデジタルゲームを除けば
もっとも遊ばれているのは遊戯王をはじめとするTCG(トレーディングカードゲーム)になります。
若干の衰退傾向にあるとはいえ、まだまだ人気は根強く関連アニメや漫画も多いのが特徴ですね。
とはいえシェアの大半を占める遊戯王がTCGの中でいちばんおもしろいわけではないのと同じく
TCGがこれまでのアナログゲームのなかで群をぬいておもしろいのかというと、それは別の話でしょう。
実際、今のTCGは一般のアナログゲームに較べてルールが煩雑で直感的にわかりにくく、
一定期間ごとにカードが増えることもあり、ゲームバランスが崩れやすいという致命的な欠陥を抱えています。
これに加えて、より有利に遊ぶためにはカードを大量に購入するための投資も多額にのぼります。
トッププレイヤーレベルを維持するなら1年間に10万円は軽く投資しないとやっていけません。
チェスなどなら10万円の高級セットを買えば、壊さない限り数百年でも遊べるのとは対照的です。

泳ぎ続けないと死んでしまうサメと同じく、TCGはプレイヤーもメーカー常に遊び、売り続けないと
あっというまに衰退して終了してしまうリスクがあり、人気のわりに非常に脆い市場でもあります。
それはなぜかと考えると、主な原因は社会的認知度の低さなんでしょうね。
ここらへんはライトノベルの状況とよく似ているのではないかと思わずにはいられません。
あくまで子供向け、一部のオタク向けという低俗の烙印から逃れられず、
市場規模ほどの正当な評価を受けにくい環境にあるのです。

しかしながら、それでも熱狂的に支持するプレイヤーも多いのも事実です。
もっとも多い理由は、みんなもやっているからという消極的な理由なのでしょうが
対戦相手を必要とするゲームにおいて、これは最も大事なことです。
いくらおもしろくても対戦相手がいなくては遊べないのですから。
もっともおもしろいけどユーザーの少ないゲームよりも、まあまあおもしろくてユーザーの多いゲームです。
つぎに勝ちやすいということでしょうか。具体的にいうと投資と努力が報われやすいんですね。
たとえば囲碁や将棋へどんな情熱を傾けようとも、なかなか上達しない人が大半なのです。
ところがセンスのある天才は外から見ると、なんの苦労もなくスイスイ勝ち上がってゆくんですね。
こういう天賦の才が幅をきかすゲームではなく、それでいて運だけのゲームではないという着地点に
TCGというゲームスタイルがあったのではないかと思うわけです。

まずいくら天才でもなんの努力もなしに勝つことはできません。
いくら才能があってもスタートデッキでは勝てないので、投資によってカードをそろえないといけません。
また素人レベルのゲームとしてはデッキ構築など事前準備にかける時間が膨大だったりします。
そのぶん、ゲーム中に考えることがチェスなどに較べて格段に少なく、選択すべき分岐点も少ないんですね。
ということは準備やシミュレーションといった努力の比率が高く、その場のひらめき要素が少ないため
ゲーム展開にたいする創造力が豊かでない凡人にも勝機が残されているわけです。
また選択肢が限られているために、最適解を求めやすいというのもあります。
チェスや将棋はその天文学的な展開に未だに最適解や必勝法を見いだすことは、まだできていませんが
TCGの場合、数ヶ月もあれば最適解もしくはそれに近い必勝法が編みだされてゆきます。
(ゆえに定期的に新カードを出し続け、強すぎるカードを規制し続けないといけない欠陥ともなります)
そして、なによりデッキ構成によって勝敗がほぼ決まるため、同じカードをマネして使用してしまえば
凡人やそれ以下の人でもある程度のレベルで模倣することがたやすいんですね。
これはほかの伝統的ゲームにはできないことです。
ここらへんの「だれでも強くなれる」可能性が多分にあるというところがハマる人の多い理由ではないかと。

以上の理由は昨今のネトゲーをはじめモバゲーやグリーの携帯ゲームにも共通しているところです。
凡人でも消費時間と投資によって、才能をカバーでき、頂点に立つことを可能としているシステム。
これは実社会(勉強やスポーツなど)では絶対にありえないシステムなのです。
たとえば知能指数130以上の人だけがキャラの成長速度が10倍とかいうゲームをやりたいですか?
あるいは運動神経が悪いと、どんなに頑張っても平均より下までしか成長できないゲームでたのしめますか?

ゲームというのは現実にはない理想的な平等という非現実をたのしむものなのかもしれません。
だとしたら小説とはなにをたのしむものなのでしょうね?

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