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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
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夜這いの民俗学(第2回)

前回のつづきになります。
第1回では基本的な夜這いについての説明について書いていきましたが、
今回はもう少し深く探っていこうと思うわけです。

【5】夜這い以外
夜這いの習慣がある地域では、夜這い以外の性的交わりも並行して行われているのが通例である。特に盆踊りなどの祭りの夜の行為は夜這いのない地域においても、ハレの日としての性格上、性的放縦さが解禁される日として有名なのは言うまでもない。
盆踊りの作法については、太鼓を叩く櫓の周りを踊りながら男女が入り混じって踊るのは現代の盆踊りと大差はないが、その踊り手は若者が中心である。また現代よりもずっと暗く、少し離れれば真っ暗闇であることも忘れてはならない。だから男は踊りの最中に目当ての女の手をとって踊りの輪を離れていっても、あまり目立つことはなかった。そのまま暗がりに連れこんで屋外にて密会し、行為が終われば、また踊りの輪に戻ることも多い。それを祭りの夜中、繰りかえすことになる。

地域によっては連れだし上記の1対1の方式ではなく、廃寺の古堂などに若い男女が集団で一所に集まって乱交状態になることも珍しくなかったという。ただし今回の資料では複数対複数なのか、1対1にペアに分かれて行われるのかは不明だが、農村は性的には放縦であっても性戯においては素朴であったようなので、おそらく後者かと想像される。

若者だけでなく既婚者の場合は夫婦交換や乱交もままあった。そもそも夫婦は農作業の労働力確保と子孫を残して家を継続させる目的でしかないため、性愛的には未婚と既婚はさして区別はなかったようで、妻は隣家の男に誘惑されてもさして抵抗しないくらいに寛容であった。ただし夫や父は妻や娘に対して所有権を主張することで、そうした間男に対して厳しくする者も多かった。
ほかにも道すがら行き交ったところを半ば強引に押し倒すような者もいた。これは農作業以外に薪拾いや山菜採りなどで里山に入ることも多く、人気のない道を歩くことが多かったので、あまり人目につかなかった。ただし、この場合、かなり一方的な強姦に近いことも行われていたらしい。

【6】好かれるタイプ、嫌われるタイプ
当然ながら村の男には、ほぼ全員OKをもらえる男もいれば、ほとんど拒否されてしまう男もいた。やはり偉丈夫で男前あるいは床上手な男が人気であるが、マメな男がモテたのは、現代とあまり変わらない。なかには吹雪の山道を片道5キロも通って来るような男もいた。男も雪や雨の日に行くと女のサービスがよくなるといって、わざわざ悪天候のときに精力的に出かけた。一方で乱暴者だったり、傲慢な者、素行不良な者は嫌われた。モテる男は若い娘の夜這いも可能だが、あまりモテない男は比較的許可してくれやすい人妻や未亡人相手が多かった。
そして誰が誰に夜這いしたか、そして成功したか失敗したかなどの情報は、他の情報と同じく一瞬にして狭い村中に広まるため、悪い噂が立つと誰も相手にしてくれなかったり、よい噂が立つと女たちが夜這いに来いと追いかけ回されることもあったという。

【7】妊娠と性病
夜這いにおいて避妊はあまり行われなかったらしい。そのため誰の子かわからない子供を産んだ場合は”みんなの子供”ということで女なら愛称として「みな子」と名付けたそうだ。
特に避妊が行われた様子はなく、あるエピソードでは夜這いした男がコンドームを女の体内に残したまま帰ってしまい、翌朝にその女の体内から垂れさがるコンドームを見て「腸が出た!」と騒ぎになって病院に駆けこんだというものがあったくらいだから避妊具そのものが物珍しかった様子がわかる。

性病についてはあまりわからなかった。戦後ならば抗生物質(ペニシリン)により治療が可能だったはずなのだが、昭和中期以降は夜這い文化はほとんどなくなっていたはずだ。
梅毒などは自然治癒しないため、罹患して十数年で外貌を著しく醜くさせながら死に至るはずなのだが、これらに関して心配した様子がない。閉ざされた村内であるため性病が蔓延することが少なかったからなのかは不明。しかし村落内にいったん性病が蔓延すると、ほとんどの村民が相互に肉体関係があるため、全員が感染して村落が全滅するリスクも高いはずなのだが。
附言として江戸末期に来日した外国人の証言では驚くほど梅毒患者が多かったという。

【8】結婚
婚前の夜這い経験の有無は結婚において、まったく問題がなかった。かえって処女で嫁ぐと失敗して実家に返されると、積極的に夜這いを受け容れる風潮さえ見られた。基本的には夜這い相手と結婚相手はまったくの別物であり、家同士の決まり事、労働力の確保と家計の調整ということが主目的となっていて、近所に嫁ぐこともあれば、近隣の村に嫁ぐこともあった。ただし、あまり素行が悪くよい噂のない女は遠くの村に嫁ぐ傾向にあった。ちなみに再婚の場合だと結婚相手の条件が不利になるのが普通だった。近くに嫁いだり、婿をとった場合は、結婚後も夜這い相手と続くことも多かったが、夫も絶対に阻止してやろうという男は多くはなく、夫も別の女に夜這いしていた。この当時の夫婦間に現代でいうところの欧米式の「愛情」はなかったようだ。どちらかというと今でいう「同志愛」的なものだったのかもしれない。

つづく

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