男女で違う作家の描く友情【男子編】
女性作家の青春小説を中心とした作品を読んでいてよく感じることなんですが、
男同士の友人関係というものが、実際の男同士の友情関係と微妙にちがうというか
違和感を感じてしまうことって、男性のみなさんはないでしょうか?
同じく男性作家の描く女同士の友人関係というのも同じ感覚が生じているはずです。
なにがちがうのかというと、なかなか言葉にしにくいのですが
やっぱり男と女とでは友達関係というものの捉え方や在り方に差があるからなんでしょう。
今回はそのことについて考えていこうと思います。
まずは私も男なので、より身近な男子編からです。
まず男同士の友人関係というを一言でかたづけるなら「腐れ縁」とでもいいましょうか。
男性作家の描く理想的な友達関係というのは、たいていこれに尽きますし
現実の友達関係というのも、この「腐れ縁」につながっているものが多いはずです。
これは多分、女子には理解しにくい概念なんじゃないでしょうか。
基本的に腐れ縁なので、互いに「親友」だとか「かけがえのない友達」なんてことは
ほとんど思っていないというか、反対にこいつと付き合ってるとろくなことがないし
自分もダメになってしまうので、できれば縁を切りたいと思ってたりすことさえあるわけです。
ところが偶然の巡りあわせだったり、性格や趣味で妙に馬が合ってしまったり、
あるいは一方的に好意を寄せられて、しぶしぶ付き合うハメになったりしつつも
拒絶しにくいし、憎みきれなくてついついつるんでしまうとか、そんな感じです。
こんな関係の延長線にあるのが、男同士の友達関係なんですね。
ですから感情的な「好き」とか「嫌い」とかいったものを超越したというか
別次元の関係性で付き合ってゆくことになるのが男同士の友情の特性です。
その代わり「腐れ縁」ですから「縁」がないと成立しにくいのもまた特徴ですね。
この「縁」というのも説明しにくいのですが、接点とでもいうものですかね。
それは物理的な接点かもしれないし、心理的な接点かもしれませんが
ともかく何かを共有している必要があり、そこが友情の深さを決める要素となります。
しかしまた一方で少年漫画で腐女子がハマりやすい男性同士の友情話があります。
でもあれは実は男性視点で見て解釈すると「恋愛」でしかないんですよね。
この前、読んだ記事にあったのですが『北斗の拳』作者の原哲夫先生は
「いいか、こいつら(登場キャラ)はホモなんだ。そう思って描け」と
アシスタントに指示していたそうですし、元からそういう風な目線で描いていたんですね。
だからリアルな友情ではないし、だからこそカップリングなんてものが生じてくるわけです。
実は少年漫画なんかにあるのは「友情」というよりも「男惚れ」なんですね。
少年漫画の場合、対象読者の年齢層的な事情からラブコメ以外では「友情」は「恋愛」の代替表現なのです。
これは江戸時代以前流行った「衆道」に通じるものなんですが、ここでは割愛します。
このあたりをわかっていないと女性が少年向け作品を描くときに
男の真の友情について言及しようとすると、どうしても男性ウケしなくなってしまうことになるのです。
でも、こういう機微をしっかりと描きわけている女性作家を私はまだ知りません。
どうしても女性感覚の友情をそのまま男同士にも投影してしまっています。
これがどうおかしいのかというと、たとえば『けいおん!』の友情関係は
男の友情感覚をそのまま女子に投影しているという逆転現象になっているので
女性から見ると、彼女たちの関係性がどうもしっくりこないのと一緒だと思います。
次回は女子編になります。
男同士の友人関係というものが、実際の男同士の友情関係と微妙にちがうというか
違和感を感じてしまうことって、男性のみなさんはないでしょうか?
同じく男性作家の描く女同士の友人関係というのも同じ感覚が生じているはずです。
なにがちがうのかというと、なかなか言葉にしにくいのですが
やっぱり男と女とでは友達関係というものの捉え方や在り方に差があるからなんでしょう。
今回はそのことについて考えていこうと思います。
まずは私も男なので、より身近な男子編からです。
まず男同士の友人関係というを一言でかたづけるなら「腐れ縁」とでもいいましょうか。
男性作家の描く理想的な友達関係というのは、たいていこれに尽きますし
現実の友達関係というのも、この「腐れ縁」につながっているものが多いはずです。
これは多分、女子には理解しにくい概念なんじゃないでしょうか。
基本的に腐れ縁なので、互いに「親友」だとか「かけがえのない友達」なんてことは
ほとんど思っていないというか、反対にこいつと付き合ってるとろくなことがないし
自分もダメになってしまうので、できれば縁を切りたいと思ってたりすことさえあるわけです。
ところが偶然の巡りあわせだったり、性格や趣味で妙に馬が合ってしまったり、
あるいは一方的に好意を寄せられて、しぶしぶ付き合うハメになったりしつつも
拒絶しにくいし、憎みきれなくてついついつるんでしまうとか、そんな感じです。
こんな関係の延長線にあるのが、男同士の友達関係なんですね。
ですから感情的な「好き」とか「嫌い」とかいったものを超越したというか
別次元の関係性で付き合ってゆくことになるのが男同士の友情の特性です。
その代わり「腐れ縁」ですから「縁」がないと成立しにくいのもまた特徴ですね。
この「縁」というのも説明しにくいのですが、接点とでもいうものですかね。
それは物理的な接点かもしれないし、心理的な接点かもしれませんが
ともかく何かを共有している必要があり、そこが友情の深さを決める要素となります。
しかしまた一方で少年漫画で腐女子がハマりやすい男性同士の友情話があります。
でもあれは実は男性視点で見て解釈すると「恋愛」でしかないんですよね。
この前、読んだ記事にあったのですが『北斗の拳』作者の原哲夫先生は
「いいか、こいつら(登場キャラ)はホモなんだ。そう思って描け」と
アシスタントに指示していたそうですし、元からそういう風な目線で描いていたんですね。
だからリアルな友情ではないし、だからこそカップリングなんてものが生じてくるわけです。
実は少年漫画なんかにあるのは「友情」というよりも「男惚れ」なんですね。
少年漫画の場合、対象読者の年齢層的な事情からラブコメ以外では「友情」は「恋愛」の代替表現なのです。
これは江戸時代以前流行った「衆道」に通じるものなんですが、ここでは割愛します。
このあたりをわかっていないと女性が少年向け作品を描くときに
男の真の友情について言及しようとすると、どうしても男性ウケしなくなってしまうことになるのです。
でも、こういう機微をしっかりと描きわけている女性作家を私はまだ知りません。
どうしても女性感覚の友情をそのまま男同士にも投影してしまっています。
これがどうおかしいのかというと、たとえば『けいおん!』の友情関係は
男の友情感覚をそのまま女子に投影しているという逆転現象になっているので
女性から見ると、彼女たちの関係性がどうもしっくりこないのと一緒だと思います。
次回は女子編になります。
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