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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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どん底を知っているますか?

よく言われることですが、どん底を知っている人は強いです。
なにが強いかというと、それ以上下がりようがないという意識からふんばりがきくんですね。
精神的にも肉体的にも耐性ができている人とそうでない人では結果がちがってきます。
かといって、わざとどん底にくだる必要はないんですけどね。

きのうのブログも書いたことですが、今や世界のTAMIYAとなった田宮模型なんて
プラモデル事業で今の地位を築くまでに何度も辛酸をなめてきたわけですよ。

そもそも田宮の最初の事業は模型と縁もゆかりもないタクシーやバスなどの交通会社だったんですね。
初代社長が機械好きというところは、その後の事業展開として関係があったかもしれませんが。
しかしせっかくアメリカから高価な自動車を輸入するも、太平洋戦争に突入すると物資不足から
所有する自動車はすべて軍隊に挑発されて、ほとんどの財産を失ってしまいました。
戦後はツテで静岡では盛んな製材業を営むわけですが、事業が軌道に乗りかけたところで火災で全焼。
また全財産を失うも、今度は製材業のかたわらにやっていた教材用木製模型の製造業に転身。
業績は順調に伸びてゆき、借金で高価な製造機械を購入した矢先に、プラモデルが日本上陸。
木製模型はどんどん人気がなくなり風前の灯火となりジリ貧状態になってしまいます。
ここで意を決してまったく未知の分野であるプラモデル業界に参入するも製品第1号は大惨敗で破産寸前。
駄物の販売で糊口を凌ぎ、起死回生の戦車プラモデルが大ヒットすることで
ようやく田宮模型のスタート地点に立つことができたんですね。
まったくドラマみたいな展開ですが、何度も全財産を失い、破産しかけた経験は
その後の経営において大いに役に立ったのではないかと思うわけです。

とはいえ、田宮の二代目社長は早稲田大卒、弟のひとりは東京芸大卒と
明日をも知れぬ借金まみれの状態ながら子供の教育には人一倍熱心だったのでしょう。
また家系的にも才能に恵まれていたというのもあるんでしょうが
二代目の俊作氏は仕送りがないので、債権が焦げついてる東京の業者から借金を取り立てて
それを学費と生活費に充てるよう言われて上京するなど苦学を重ねたそうです。

経営者の二代目だからといっても、このくらい苦労しているわけです。
一代で作家になり身を立てようというのなら、同等かそれ以上の苦労をすることも辞さなければなりません。
苦労とは悪環境のなかでも努力し続ける力のことです。
やれ時間がないとか、気が乗らないからと執筆を怠けているようでは、なにもはじまりません。
これは私も教訓として自戒しなければいけないことなのですが……

あなたは明日をも知れぬ身のようなどん底の環境から這いあがるだけの覚悟はありますか?
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