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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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やりすぎてみることも大切

書き手というのは、物語をまとめないといけないと考えますから、どうしても小さくまとまりがちです。
特にあまり書き慣れていない人だと、どうしても地味な展開、よくある展開に落ち着いてしまいますよね。
そうならないように、ときには自分では収拾がつかないくらいやりすぎてみるのもいいですよ。

具体的にはエピソードを過剰にしてゆくのが、手っ取り早いですね。
たとえば主人公が窮地に陥るにしても10人の敵に囲まれるのと、1万人に包囲されるのとでは
どっちがおもしろくなりそうでしょうか?
10人くらいだったらなんとか単純に倒せそうだなと予測できますが、1万人はさすがに無理そうですよね。
だからこそ、どうやってピンチを切り抜けるのかという読者の期待があがるのは後者なわけです。

主人公がどんなピンチになろうとも、それを乗り越えて成功するのはわかりきってるわけですから
読者の興味というのは、結果よりも過程のほうに興味があるんですよ。
リアルとはちがって物語とはそういうものなんですね。

ただ勘違いしてほしくないのは、いわゆる「大風呂敷を広げる」こととは異なります。
たいていの場合、大風呂敷を広げると、結局収拾がつかなくなってしまうんですよね。
では「やりすぎる」とのちがいはというと、これはちょっと境界は曖昧なんですが
たいていの場合、大風呂敷を広げるのは設定なんですよね。
主人公の正体とか過去のトラウマとかならまだいいのですが、世界設定なんかでいろいろやっちゃうと
プロでもそう簡単には収拾をつけられなくなってしまうんですね。

やりすぎるのはエピソードやストーリーについてやるべきで、設定についてはやらないほうがいいでしょう。
結局、自分の首を絞めるだけで、読者にも評価されないまま終わってしまいかねません。

小さくまとまるな!(各種設定以外で)
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