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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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あなたの家に「屋号」ありますか?

「屋号」という言葉自体はだいたいわかると思いますが、意外と知らないことも多いかと思います。

現代的には商店などの店名だといえば、だいたい等しいのではないでしょうか。
「鈴木洋品店」といった零細個人商店のものもあれば「高島屋」「紀伊国屋」なんていう大店の名も屋号です。
江戸時代、武士以外は苗字を名乗れないこともあって、通称としてよく用いられていました。
歌舞伎にも「成田屋」とか「音羽屋」だとかあって、掛け声をかけたりしますよね。
これも最初、役者というのは賤民階級だったので屋号さえ名乗れなかったのですが
人気が出てくるにつれて良民と認められるようになり、表通りに居を構え、かつ副業で店をはじめることが多く、
その店の屋号が元になっているようです。

つまり身分によって名乗れたり名乗れなかったりしたのが苗字や屋号なわけです。
基本的には貴族には苗字がなく「藤原」「源」「平」といった天皇から下賜された姓を名乗っていました。
しかし貴族のほとんどが藤原姓なので、区別するために屋敷のある場所で「一条」「九条」などと呼び習わしていました。
武士になると基本地方在住のため、一応は源平といった姓を持ってはいますが、領地を苗字として名乗ることが一般化します。
ただし公式の場では苗字を使うことなく、性を名乗るが基本でした。
明治期でも西郷隆盛の俗称は「西郷吉之助」ですが、公式の場では「平隆盛」と表記されています。
農民と商人は屋号を名乗っていましたし、非公式ではありましたがたいていは苗字を持っていました。
明治になって全臣民が苗字を名乗るようになって混乱したという面白話はどうも話半分だったらしいですね。
穢多、非人は基本的には苗字や屋号など名乗るべくもなかったのですが、唯一、穢多非人をまとめる頭領のみ
幕府から「穢多頭」の役職を与えられ、自らは矢野弾左衛門、あるいは浅草弾左衛門と称していました。

屋号を名乗れるのは良民(常民)ということになるのですが、これにも幾分差別的な内容を含むものがあります。
基本的に日本の農村において商人や職人は一段格が低いとされていたので、
コンヤ(紺屋)だのイシヤ(石屋)といった屋号は若干ではありますが差別的に用いられていました。
なので紺屋を廃業して農家になってもコンヤと呼ばれ続け、近年まで婚姻などで不利になったとされます。
そういえば今はクリーニング店なのに屋号として「豆腐屋」と普通に呼ばれてしまう地域とか今もあります。
おそらく昔は豆腐屋であり、屋号がそのまま残って苗字よりも一般化してしまったのでしょう。
ムラの屋号は自称よりもアダ名のように決まってしまうので、なかなか変えられないもののようです。

ちなみに私の本家にも屋号があり、その地域では「ムカイ」と呼ばれていたということです。
私の本家は戦国時代は小領主で、江戸時代になってからは幕府天領内の代官相当職ということもあって
本家の屋敷は小山の斜面を切り崩して築いた城址にあったため、城下にある他の家(家臣や領民)から見ると
どこから見ても「向かいにある家」という意味で、いつの頃からかそう呼ばれるようになったようです。
城といっても普通の人がイメージするような立派な天守閣や石垣なんてものはない中世城郭でしたから
堀と土塁、簡単な柵で囲まれただけで、中の建物も簡素な平屋に物見櫓があった程度だったでしょう。
しかし江戸時代に一国一城制で廃城となり、それ以降は三ノ丸のみを屋敷として使っていたようです。

閑話休題。明治になって屋号をそのまま苗字にした家もありますが、その由来などを調べてみると
封建的な身分制度の名残が見えてくるようで、なかなか興味深いものがあります。
もし小説の主人公に名前をつけるときは、そういうことにこだわってみるのもおもしろいでしょう。
苗字によっては、出自や来歴などが一目瞭然というものも少なくないですから。
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コメント

コメントありがとうございます

from UNO=日昌晶
そうですか、旧家には屋号があり、元小作や移住者には屋号がないんですね。
大いに参考になりました!

農村の家格というのは厳しく「草分け」などのムラの名門の出だと小作農に落ちてしまっても
ムラの祭礼では上席を与えられることがよくあったそうです。
逆に移住者の場合、たとえ医者だろうが議員だろうが新参者には席さえなく雑用に回されたとか。
いろいろと根深いものを感じます。

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