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UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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かつての長旅のたのしみ

あすから冬コミがはじまります。
都内近郊だけでなく、全国から参加しようという人たちが移動するんでしょうね。
そうでなくても年末年始は帰省やら旅行やらと大移動の季節だったりもします。

さて、今回は昔の長旅のたのしみについて考えてみたいと思います。
昔というのはまだ鉄道が発達していない頃、もちろん高速道路なんかが整備されていない時代になります。
昔の旅というと、ちょっと知ってる人なら東海道五十三次とかお伊勢参りなんかが思い浮かぶんじゃないでしょうか?
そんな徒歩での移動が基本だった時代、旅にはどんなたのしみがあったのでしょうか?
時代劇ドラマ『水戸黄門』の全国漫遊なんかを観ると、その土地々々の風光明媚な景勝などを愛でたり
八兵衛あたりが土地の名物の食べ物を食べたがるのが基本だったりします。
『東海道中膝栗毛』なんかも基本的にそういうふうなかたちで書いてありますよね。

とはいえ、そんなものが果たして心からたのしかったのでしょうか?
そりゃあ、普段見たこともない景色を堪能するのはありですが、所詮は景色ですよ。
現代人からすれば、たいして教養のない人たちにとっては一見すればそれで満足。それ以上でも以下でもなかったはずです。
また土地の名物料理なんていっても旅の路銀がギリギリな人が大半なわけでぜいたくはできないので
正直、今のように名物料理に舌鼓なんてことはあまりないわけです。
名物の団子だとか安価なものもありますが、たいていどこも同じようなものだし格別美味しいわけじゃない。
そういうわけで、今と昔とでは旅の目的とかたのしみ方がまったくちがっていたわけです。

では昔の人はいったい何を楽しんでいたのでしょうか?
単刀直入にいえばセックスでした。当時の貧乏人の娯楽はそれしかありません。
人がふたりいれば男同士でもなんとかなります。戦前まで男色はそれほど珍しいことではなかったですしね。
どうやって楽しんだかというと、宿場の宿屋にはたいてい飯盛女とか酌婦というのがいまして
これらは食事の世話とか酒のお酌をすることもしましたが、それは名目だけのことで実質的には娼婦でした。
ちゃんとした宿屋の代金にはたいてい女の料金も込みになっていましたし、名物料理よりはるかに安かったんですね。
今でいうユースホステルみたいな簡易宿になれば大部屋に雑魚寝ということになりますので
居合わせた男女で寝たふりをしながらも適当にペアを作っては、その夜をたのしく乱交して過ごしたそうです。
そこで気が合うと、その後も一緒に同道したりしていたそうですね。
特に中年女性は積極的に迫ってきたそうで、年寄りより誘われやすい若者のほうが旅の途中でへばってしまうなんてことも。
夏目漱石の『三四郎』でも上京する途上、旅の途中で一緒になった女性から夜の誘いを受けるのですが、
野暮で純粋がゆえに断ってしまうエピソードがあるわけですが、明治の頃も状況は大差ないですから
こうした庶民の常識をふまえてみると、三四郎の野暮ったさや世間知らずさがより際立って感じられます。

旅をする男も女もゆきずりの遊びをもとめていましたし、なによりその土地の者も積極だったことが少なくなかったようです。
よそ者のタネをもらうと幸せになるとか厄祓いできるとかいうことで、旅の男と寝る土地の女も多かったんですね。
たぶん狭い農村だと近親婚になりやすいのを避けるために自然と発生した風習だったと現代では考えられています。
現代の貞操観念からするとギョッとするような風習ですが、一応は理にかなっているんですよね。
行商など定期的に行き交いするような人になると、なじみの女を転々と回りながらということも多かったみたいです。
そういうわけですから旅の途中で娼婦でも素人女でも相手に困ることはあまりなかったようです。
女ならなおさら誘えばたいてい食いついてくるのでより簡単に相手を見つけられました。
非日常的な旅でなくても日常の行動半径内でもいつもより遅くなって夜道が暗くて恐くなりますと
通りかかったマトモそうな男を誘っていわゆる青姦をしてから一緒に家まで連れ帰ってもらうとかままあったようです。

旅の途中の楽しみというのは、そういうこともあって今では新幹線や飛行機で数時間で行けるところを
何日もかけてそういうふうに途中の道程もたのしみながら旅していたのが昔の人の旅でした。
どちらかというと現代人は目的地をたのしみますが、昔の人は旅路をたのしんでいたんですね。
あんまりたのしいんで、路銀の許す限りわざわざ回り道をして旅する人も多かったみたいです。

もちろん旅の途中だけでなく目的地での楽しみもまたセックスが最大の娯楽でした。
江戸時代の観光旅行といえば、幕府の許可の関係上、お伊勢参りと相場が決まっていましたが
お伊勢参りをしますと、そのすぐあとに精進落としとして遊郭にゆくのが当時の定番コースでした。
だからこそ伊勢には古市という江戸の吉原、京都の島原と並び称せられる大遊郭が発展していました。
どんな雰囲気だったかというと、映画『千と千尋』のあの異世界をイメージしてもらえるとだいたい同じです。
あの映画の世界観のモデルとなったひとつが古市の遊郭(跡)でしたから。

だいたいこのような環境は戦前まではそこそこ残っていて、鉄道の発達にともない宿場が衰退してゆき
ついに昭和30年代にはわずかに残る程度まで衰退したようです。今もあるのかどうか私は確認はできてません。
こういう時代もあったということを知っていると、出会い系で即セックスとかオフパコとかかわいいもんだと思うわけです。
かつて日本というのは巨大なヤリサーの集合体だったわけですからw
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