L'Anovelién

UNO=日昌晶

Author:UNO=日昌晶
日昌晶(ひよしあきら)
小説家にして作家デビュー請負人、ストーリーコミュニケーションコンサルタント
原稿執筆や講演・講義、オタクビジネス・マーケティングのコンサルティングまで幅広く活躍中!
 unokyokai@gmail.com

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ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪

小説の楽しい書き方講座ブログ 毎週開催の創作塾と連動中!

軍艦とか日本刀とかいつの間にメジャーになったんだ……

私が小中学生の頃、よく眺めていた本といえば『日本海軍艦艇事典』と『日本名刀100選』でした。
しかし少なくとも私の知る限りでは、これらに興味を持っていた同年代の級友なんてほとんどいませんでした。
軍艦の話ができる友達は何人かいましたが、刀について語るほどの物好きなんていなかったんですよね。
それがどうでしょう! 『艦これ』とか『刀剣乱舞』といったゲームのおかでというか”せい”で
いつの間にやら名前だけは知名度があがってしまったんですよね……複雑な思いです。

子供の頃は軍艦のプレモデルを作るのが好きで、でも小学生のおこづかいで買える駆逐艦ばかり買ってました。
桜とか松とか三日月とかそんな感じで。デカい戦艦は値段が高いのであまり買いませんでしたね。
軽巡は旧式だとカッコよくないのですが阿賀野は好きでした。あと重巡だと航空巡洋艦の最上とか作ったな。
ウォーターラインシリーズはタミヤ製とアオシマ製の出来が天と地ほどちがったので好きな艦艇がアオシマ製だと
すごく残念な気持ちになった思い出がありますが、現行モデルはかなり出来がいいみたいですよね。
あと100円プラモで世界の戦艦シリーズがありサウスダコタ(米)やビスマルク(独)なんかも作った憶えがあります。
でもやっぱり軍艦というと大和と武蔵がカッコよさや強さもあって人気は抜群なのですが
年齢を重ねると戦艦扶桑のあのジェンガみたいなアンバランスな艦橋が好きになってきました。
日本初の純国産超弩級戦艦にして見たからに失敗作な佇まいが愛くるしいです。

それと日本刀は天下五剣の一、童子切安綱(どうじきりやすつな、国宝・東京国立博物館蔵)が好きでしたね。
源頼光が大江山の酒吞童子を斬ったという伝説のある摂津源氏重代の刀という由来となっています。
私の祖先は『平家物語』では鵺を退治したとされる源頼政(頼光の曾々孫)から五代の孫を初代としているので、
刀の美しい姿だけでなく、直系の祖先の所有物だったということで何かしらの因縁もあって特に好きなった刀でした。

他にも源氏重代の刀はありまして、頼光四天王のひとり渡辺綱が一条戻橋の鬼の腕を斬ったとされる
髪切(ひげきり、重文・北野天満宮蔵)や頼光が土蜘蛛を斬った膝丸(ひざまる、後に蜘蛛切と改名、現存せず)などがあります。
それぞれの由来は刀の試し切りに罪人の首を刎ねたとき、おそらく正座させ首を突き出すように屈ませた姿勢だったのでしょう。
あまりの切れ味に首はおろかその下の膝まで切れたのが膝丸で、罪人の首とは別にその髭まで切れたのが髭切ということです。
まだ刀剣乱舞では擬人化されていないですが、いずれも名刀です。
というか天下五剣はまだ三日月しか登場していないようですね。
他の三剣は鬼丸(北条時政の伝説)、数珠丸(日蓮の伝説)、大典太(死体三体まとめ斬り伝説)です。

軍艦や刀なんて知らなくてもまるで困らない知識でも実際にゲームとして活用され、それが大成功したように
小説を書くにもこういうどうでもいいような知識なんかも使いようによっては活きることも多いわけです。
あなたは特に役に立つようなことでなくても人が知らないことで得意な分野はありますか?
あれば、それが思いがけず強力な武器になってくれるかもしれませんよ。

JRの陰謀、まんまとウルトラマンスタンプラリー制覇!

この冬、ある一定以上の年齢層には一大イベントとなっているのが
JR東日本 来たぞ我らの!ウルトラマンスタンプラリー2015です。

正直、私はウルトラマン世代かというと微妙な時期だったのですが再放送で昔のウルトラマンやゴジラはよく観ていたし
子供の頃、どの友達の家に行っても怪獣図鑑があったくらいにはまだブームの余韻があった世代なんですね。
なので懐かしさを感じつつも、ちょっと距離を置いた感じで最初は「ああ、やってるなぁ」くらいで
それほど興味がなかったのに、いざスタンプを押してみると懐かしさもあってか、どんどんハマってしまい
当初は全64駅制覇なんて夢にも思わず、10駅でメンコ2枚プレゼントを手軽にもらおうと思ったのが運の尽き……
まんまとJRの陰謀にハメられてしまい、とうとう64駅の怪獣スタンプを制覇して記念の制覇証までもらってしまいましたw

ウルトラマンスタンプラリー2015

それにしても思うのは、自分が子供の頃にかろうじてジャストで放送されていたウルトラマン80なんかより
生まれる前にやっていた初代やセブンのほうが馴染み深いし、怪獣もよく知ってましたね。
実際には怪獣図鑑でしか知らない怪獣も多かったのに、やっぱり初期の怪獣のほうが好きでした。
というかアニメのザ・ウルトラマンとか80は観ていたはずなのですが怪獣の名前どころか姿形でさえ記憶にありません……
80にはメカゴジラみたいなのがいたのだけは覚えているのですが、それでもメカゴジラのほうがかっこよかったですし。

それにしても全駅制覇は精神的にはたのしくもありましたが体力的にきつかったです……
私の行程としては以下のとおりです。
まずスタンプ10個をめざし、平日夜に定期などを利用して田町-新宿の10個をゲット!
プレゼントのメンコももらいました。しかしメンコという時点でターゲットが……子供じゃない!
夜は本当に私が最年少っていうくらい年配層の中高年が多かったので恥ずかしさもなくなりました。
そもそも平成ウルトラマンどころか、ウルトラQ、ウルトラマン、ウルトラセブン、帰ってきたウルトラマンと
初期作品のみのラインナップなところがオッサンホイホイなのがまるわかりです。
というかウルトラマンA以降は怪獣のデザインが子供から見ても子供っぽかったり、経費削減でダサいんです。
初期の人気怪獣の再登場にしても本番用は改造や劣化で実物がないのでヒーローショー用のくたびれたキグルミを
どうにか改造して出演させていたので、パチモン臭がハンパなかったです。
気になる人はウルトラマンレオの円盤生物ノーバを画像検索してください。どれだけ予算がなかったかわかるでしょうw
数千円どころか数百円で作ったんじゃなかろうかとさえ思うほどの怪獣です。
ちなみにレオでは経費削減のため主人公2人以外レギュラー全員が基地もろとも陳腐な怪獣に殺されてしまいました。

閑話休題。さて、スタンプ10個を集めておもしろさに目覚めてしまい、休日を利用して上野-新橋を徒歩で制覇。
本当は浜松町(ウルトラマンジャック)まで行けば区間がつながったのですが、1駅だけ残してしまいました。
惜しむらくは、後々苦労することになる新日本橋(テレスドン)は、このとき歩いて押しておけばよかったですね。

さらに翌週、今度は所用で行った御茶ノ水から中央線沿いに歩き、さらに新宿から目白まで約20キロを踏破!
久しぶりに長距離を歩きまして、目白に到着したときはもう歩き疲れてくたくたでした。
ここまでJRに一銭も貢献せず28駅の怪獣たちを倒しまくりました。

さあ、スタンプ帳も半分くらい埋まったのでコンプも狙えると、ついに課金して全駅制覇に向けて旅立ちます。
2月8日の朝10時に都区内パス750円を買って池袋を意気揚々とスタートしました!
着々と日暮里まで山手線の怪獣たちを集めていき、ついに最難関の常磐線ルートに突入です。
なぜか常磐線は茨城県の取手まであるので、一足飛びに40分かけて取手(ゴルドン)を攻略すると
一駅ずつ戻るようにしてスタンプを回収するのですが、これが大変でした……
まず山手線と違い電車の運行間隔は距離も時間も長い。おまけに天候は氷雨ときてる。
さらに都区内パスは金町までしか効かないので、そこから先は普通に運賃がかかるんですね。
もっと広域の1日パスもあるのですが金額を計算するとわずかに都度精算のほうが安かったので利用しませんでした。
それはもうスイカの残額がみるみる減りました。なんだかんだ全駅制覇するには最低2500円ほど必要です。
JRさんも商売が上手いですね。

ふたたび日暮里に帰ってきたのは予定をはるかに越えて14時半でした。
途中、最もメジャーなウルトラマン(南流山)をゲットするために1駅だけ武蔵野線に乗って、すぐ引き返すとか
マイナーな駅にメジャーな怪獣やウルトラマンがいるという演出が心憎いです。
一応、怪獣たちは各駅から希望をとって抽選ということですが、金町は「カネゴン」、
亀有は「ガメロン」(体長99cmの亀で怪獣ではない)、駒込は「ゴメス」と駅名をもじった怪獣がチョイスされていたりします。
あとはその怪獣に似た駅員がいるからという理由で選んだという駅も意外と多かったですね。
どの駅のどの怪獣、駅員さんかは実際に現地で確かめてみてください。だいたいサルやゴリラ系の怪獣です。
こんな感じで各駅のスタンプ台にはその怪獣を選んだ理由などが添えられているのですが、
あきらかにハズレのマイナー怪獣には選出理由とかまるで触れられていなかったり悲喜こもごもでした……。
逆に1位希望が通ったであろう御徒町はもううれしくてしかたないらしく駅中がゼットンのポスターで埋め尽くされていました。
あまりのポスターの数に肝心のスタンプ台の場所がよくわからないくらいの状況でした。

日暮里に戻った後は京浜東北線で赤羽方面を攻めると、盲腸のように突き出た尾久駅へ。
尾久なんて駅があるのを実感したのは、このときがはじめてでしたね。
調べてみると都内でも3番目に利用客が少ないという超ドマイナーな駅です。
隣駅が赤羽と上野という利便性がいいんだか悪いんだかよくわからないし、駅前は操車場で見渡す限り線路。
一応、B級スポットのミニ遊園地あらかわゆうえんの最寄駅でもありますが普通は都電を利用しますよね。
しかし、この駅の怪獣はなんとゼットンと一位、二位を争うほど超人気怪獣のバルタン星人なのです。
せっかく抽選で当たったんだから御徒町みたいにもっと盛り上げればいいのにスタンプ台が置いてあるだけ。
宇宙忍者の異称があるだけに本当にひっそりとしていましたね。

尾久から再び赤羽に引きかえして、今度は埼京線で新宿方面へ。
板橋のゴモラなどを攻め、新宿からは総武線方面を攻略しに行きます。すでに日没も近くなっています。
常磐線とは逆に、今度は手前の駅からスタンプしていき西荻窪でキングジョーを倒して再び新宿、そして品川へ。
高円寺はニセウルトラセブンなので新橋のウルトラセブンとスタンプの場所を間違えないようにしましょう。

品川から蒲田へは比較的順調に。すでに夜なので子供たちの姿もなくスタンプで並ばなくてもよくなってきました。
30分程度で品川に戻り、唯一残していた浜松町でウルトラマンジャックを回収すると一路、東京駅へ。
そして最後の怪獣テレスドンを倒すべく新日本橋駅へと向かいます。
とはいえ新日本橋駅? 総武線? そんな駅あるのか?
東京駅の地下深くにホームがあるのを探りあて、迷った挙句どうにか新日本橋に到着。
JRでは珍しい地下駅ということで地底怪獣テレスドンということらしいけど本当に見つけにくい怪獣でした。
再び東京駅に着いたのは19時半。最終ゴールの受付は20時まで。しかもゴールがよくわからない場所。
駅員さんに場所を訊いてどうにか制覇スタンプを押してもらい、プラカードの制覇証をもらって任務完了!

すでに半分近くこなしていたので楽勝と思っていた最終行程でしたが、実際には締切20分前ゴールとギリギリでした。
よほど鉄道に詳しく、始発同然で出発しないと1日では回りきれないでしょうね。特に常磐線ルートがつらかった。
それでも久しぶりにというか完全に存在を忘れていた怪獣たちへの思いが蘇ってしまい
スタンプラリーだけではなく、大好きだったエレキングのフィギュアを買ったりとマイ怪獣ブーム到来中です。
白黒のため再放送がなかった『ウルトラQ』もこの機会に全話視聴しましたが、おもしろかったです。
なによりQ出演時の桜井浩子さんがウルトラマンでのフジ隊員役よりずっと魅力的だったのが驚きでした。

今回の怪獣のチョイスを見ると、人気怪獣であっても毒ガス怪獣ケムラーとかは地下鉄サリンを喚起させてしまうし
当節はウラン怪獣ガボラもエントリーしにくかったのかなと思うとちょっと淋しいですね。
かつてスペル星人も雑誌のふろくに「ひばくせい人」と勝手に異称をつけられたばかりに在日左翼系保護者の難癖により
放送禁止、永久欠番になってしまったことが思い出されます。ちなみに今は「吸血星人」の異称が当てられているようです。

ちなみに今回、怪獣のことをいろいろ調べて面白いなと思ったのは怪獣のキグルミの使い回しですね。
有名なところではゴジラを東映から借りてきてジラースとかゴメスに改造したのが有名なところですが
再びゴジラに戻されて、水中など過酷シーン用に使われているんですよね。
また意外な有名怪獣も結構使い回しされていたそうです。下記は有名怪獣たち変身の歴史です。
スタンプラリーにもたくさんの他人の空似関係の怪獣がいるので関係性を知るとよりおもしろくなりますよ。

セミ人間→初代バルタン星人
ガラモン→ピグモン(中の人の交代で足が少し伸びた)
ケムール人→ゼットン星人(頭の前後を逆に使用)
ヒドラ(伊豆シャボテン公園のあの石像が怪獣化)→ギガス(グリフォンからゴリラへ華麗なリフォーム)
ベムラー(第1話)→ギャンゴ(第11話)
レッドキング→アボラス→レッドキング

凄いのは俗にバラゴンボディと呼ばれる使い回しで怪獣映画からQ、ウルトラマンを経て再びゴジラへと戻っていくという
なんとも便利な使い勝手が当時の予算節約を感じさせてくれます。
バラゴン(東映)→パゴス→ネロンガ→マグラー→ガボラ→バラゴン(再び)

そんなこんなで今の時代にQクオリティののほほんとした怪獣映画(特撮)を撮影してみたいなと思う日昌晶でした。

我が一族の住む城址に思う

こう見えても私の祖先は一応、城持ちの武家でした。そして本家はというと未だにその城址に住んでいます。
とはいっても現代人のイメージする立派な石垣や天守閣のある大規模な近世城郭ではなく、小規模の中世城郭です。
中世城郭というのは、たいてい水の張った堀に石垣ではなく空堀に土塁、漆喰塀ではなく木柵、
天守閣どころか建物といえば平屋の粗末な小屋(兵舎、厩)が数棟と簡素な物見櫓くらいしかなかったでしょう。
現代人の感覚でいうと、よく言えば砦、悪く言えば山賊の根城みたいなものにすぎませんがw
城内には数百人が詰められればいいほうで、よく戦国ドラマで数時間で落城したと報告されるくらいの城だったでしょう。

我が一族の城はというと、一族が戦国初期に土着したところを見ると、その頃に築城されたもので
舌状台地(陸の岬のような地形)を利用した平山城的な縄張り(構成)だと推定されます。
現在の母屋や蔵は舌状台地の付け根の斜面を階段状にした部分(曲輪)にのみあり、そこに居住していますが
本来は長さ300mほどの小さな舌状台地の先端頂上部に櫓などを建てていたのではないかと思うのですが
史料などは皆無ですし、江戸時代の一国一城制で破壊したでしょうから遺構等もあまり残っていません。
後北条氏の領内で小田原と鎌倉の中間地点にあったところを見ると、そこそこ重要な拠点だったかもしれません。
でも豊臣秀吉の小田原征伐のときにどう切り抜けたのかわからないのですが、領地は温存されたようで
その後、江戸時代には幕府直轄の天領となった後も我が一族は地侍(郷士)として地域に一定の勢力を持っていたようです。
家格はかなり低かった(貧乏御家人程度?)と思われますが庄屋や代官のようなことをやっていたようなので
地域一帯の年貢米の徴収などを管理していたからお金には昔から余裕があったようで
明治から昭和まで地方議員を歴任したり、いまの当主(伯父)も叙勲されていますから
まだまだ地元ではかろうじて名士と言えるのではないでしょうか。

さりとて昔のことを調べようとしても、今となっては甲冑はおろか刀一本ない状況であり
現存するのは戦国時代まで遡る墓石や供養塔といったものくらいで、わからないことだらけです。
よって城について興味を持っていろいろ調べてみたいのですが、中世城郭の城址なんて土塁の斜面が残ってればいいほうで
ほとんど住宅地に埋没していたり、完全に山に戻ってしまったりして往時の姿を想像するのは難しいです。
また父がまったく歴史などに興味がないのと驚くほど子供のときのことを覚えていないので
手がかりを得るのさえほとんどできなくなってしまっています。

とはいえ、歴史に名を残さない全国にそれこそ無数にあった弱小城でも、先祖が築き治めていたとなれば愛着もありますから
できればもっとよく調べて記録などを残せればと思っているのですが……かなり難しいでしょうね。

今年もよろしくお願いします。

2015年になって2日が経ちましたが、読者のみなさんはいかがお過ごしでしょうか?
カレンダー通りですと、9連休ということで遊びに行く人もいれば、この連休中にいっきに執筆してしまおうという人もいるでしょう。
どちらにしろ今後も創作活動、執筆活動にがんばってくださいね。

それと年末に予定を決めるはずだった新年会の予定なのですが、まだ決めていません。すみません。
とりあえず土曜日という方向で考えていますので、24日か31日とちょっと遅めに開催しようと計画しています。

また創作塾は14日が今年最初の指導日なので、塾生の方は注意してくださいね。

民俗学的に今も昔も日本人は変わらないなと

私はライフワークとして日本の民俗学について、特に性について調べることが多いのですが
かつて当事者から取材記録が残っている江戸時代後期から昭和中期頃までの日本人と
現代社会学的に見る現代の日本人というのは環境こそまったく異なっていながらも
その根は変わらないなと調べれば調べるほどわかってくるんですね。

特に調べておもしろいのは上流階級ではなく庶民や下層民の文化だったりします。
上流階級のほうが文献として記録が多く残っていますが、どうしても”しきたり”などがあって
どこも画一的になってしまい、かつ体面を慮ってしまって人間臭さがないんですよね。
海外に対象を求めると、貴族の奇行や性的倒錯などの例が多数見つけられるのですが
これはあくまで個人の例であって民俗学ではないんですよね。

余談ですが中国大陸の性についても調べたのですが、これがまたひどく退屈なものでしたね。
彼らの文化的背景というのは究極的には「不老不死」であり「養生」こそを追い求めているため
性についても非科学的にしろ、それを追求したものが連綿と続いているのです。
後宮に数千人の宮女をかかえる皇帝でさえ例外ではなく、毎夜多数の美姫と戯れても
射精は5日に1度、皇后に対してのみすべきであるとまで徹底しています。
彼らの文化では射精を我慢して「精」を自分の体内へ循環させることで養生できるという思想があったのです。
しかも清朝になると楊貴妃のような美女に溺れて皇帝が国を傾けないようにと
美女は除外されて普通の容姿の心身ともに健康な女のみを後宮に入れていたそうですから
性的には皇帝であることは恩恵はほとんどなかったとさえ言えます。
それでもきれいでもなければかわいくもない西太后で国は傾いたわけですが。

まあ、中国の話はこのくらいにして日本のことに戻しますと、日本の農村や商人の生活は非常に奔放であり
よく欧米で日本人は性に対して解放的すぎると眉をひそめるこもとも多いのも納得ゆく歴史を持っています。
具体的には過去に夜這いについての記事を本ブログでも何度か書いているので参照してください。
現代社会には「夜這い」の風習はほぼ消滅してしまいましたが源流に流れるものは消えることはなく
別の形として拡がっていっているように感じられるんですね。
ひとつは若衆による村娘の共有化のようなものはなくなったがゆえに、自由恋愛という名のフリーセックスが一般化したことです。
明治以降に導入されたキリスト教的な一夫一妻の価値観を尊しとしながらも内情はかなりフリーなのが実情です。
現に婚前交渉を嫌うキリスト教的な価値観を厳守するような日本人はほとんどいません。
出会い系サイトやSNSなどはいわゆるネット夜這いみたいなものになっているわけです。
昔も夜這いといっても唐突に夜に押しかけるタイプというのは拒絶されて失敗する確率が高いので
昼のうちに娘と会って示し合わせておいて、家の戸締まりを開けておいてもらったりしていたほうが多かったんですね。
そういった示し合わせは平安貴族なら歌のやりとりで雅にやっていましたが農民も似たようなことをやっていたわけです。
そして現代においては直接会わずともメッセージのやりとりで示し合わせているわけです。
しかも実際に会うまで顔がわからないこともあり、女は顔を扇で隠して見せなかった平安時代に先祖返りしたともいえるでしょうね。
つまりツールは変わってもやってることは大差ないわけです。
ただし出会いの機会が均等化されたことにより、それにあぶれてしまった人が多数現れてきたのは現代の特徴でしょう。
かつて村によっては夜這いの相手はくじ引きで決めたり、ローテーションを組んで回っていくシステムも盛んだったので
村人として若衆(今でいう青年会)に所属していれば、まずあぶれることはなかったんですね。
あぶれてしまうのは村八分になった男や馬喰(ばくろう)や博徒など村人としては認められない人々でした。
そういう村外の者が村娘に夜這いをかけたのがわかると通常はリンチを受けて半殺しになったそうです。
とはいえ、そういう者は後家(未亡人)や尼僧に対して夜這いをするのはお咎めなしだったので捌け口は常にあったようです。

現代はというと、そういう捌け口が仮想化してアダルトビデオだったりエロゲームになったりしているとも考えられます。
かつて村外の者というのはごく少数だったのですが、どうしても現代ではことによると半数以上を占めるほどになり
一部の者だけがおいしい思いをしがちだということで、近年は恋愛至上主義の格差などと騒がれたりもするのでしょう。
まあ、昔はほんとセックス意外に娯楽がなかった農村とは異なり他にも娯楽がたくさんあるので
価値が相対的に低下しているということもあるでしょうが、満たされない人のルサンチマンもかなり高まっています。

そういう意味では最近の流行ワードである「マイルドヤンキー」と定義されている人は本当に昔ながらの価値観が守られてますよね。
一昔前の「ワル」と同意義の「ヤンキー」は、とかく反体制、反社会的でしたがマイルドヤンキーは若衆と同じく
地元の自治機構のひとつとして機能しているところがそっくりです。
ちなみに若衆とは若さゆえに悪さもするが一定の自治をムラから認められている組織であり、繁忙期の農作業の手伝い、祭事の準備から
隣村との水争いや一揆のときの割当要員などムラの現役兵力としての役割がありました。

新歓期の作家志望者のみなさんへ

新年度を迎え、いまは大学サークルの新歓期の真っ最中ということで、
駅前ではサークルの看板の下に集まる学生やら居酒屋で騒いでいる学生の姿を見ることが多くなっています。
このブログを読んでいる人にも新大学生やら、これから大学を目指す高校生もいることでしょう。
ということで今回は作家志望者のための大学サークル選びということで書きたいと思います。

まあ、まず作家志望でもそうでなくても共通していえることとして、とりあえず複数のサークルに入っておきましょう。
どうせそのうち合う合わないがありますし、人間関係でもめてやめざるをえなくなることもあります。
最初からひとつに絞るのはあまり賢明な判断とはいえません。体育会系に入部してもそうです。
実際、スポーツ推薦でもなければ体育会系は離部率は高いので、予備として楽に参加できるサークルを抑えておきましょう。
まあ、作家志望であるならあまり体育会系に所属しようなんて人はそう多くないかもしれませんが
森見登美彦さんなんかは京大射撃部出身だったりするのでまったくないとはいえませんから。

それといくつか選んだサークルの内ひとつは大手サークルに入っておきます。
たいていオールラウンド系(飲み会主体)とかテニスサークルとかですが興味がなくても一応入るべきです。
そうすると講義やテストの情報やらが比較的かんたんに手に入るんですね。
私が現役のときはそれを軽視したがためにテストの過去問題などを手に入れるのにえらく苦労したものです。
それと大きいサークルは情報がたくさん入ってくるので、どこがあやしいサークルかなんてことも教えてくれます。
特に興味が無いなら新興宗教系や学生運動系の活動には加わらないほうが無難ですので。

それ以外は自由に好きなところに出入りすれば、入学直後のしょっぱなから躓いてしまうこともないでしょう。
あと新入生でも早い人になると4月上旬にはもう彼氏彼女を作っているし、上級生はもっと手が早いですから
もし彼氏彼女がほしい人や、サークル内に気になる人がいる場合、5月のゴールデンウィークまでにはどうにかしないと
手遅れとなりますから、すぐに行動を起こさないと難しいかもしれませんね。

とはいえ、早々に別れてしまうカップルやオクテの子もいるので、夏休み、クリスマス前、そして来年の春なんかにも
チャンスはあるといえばあるので、創作活動と並行してめげずにがんばってください。
最大のチャンスは新3年生になったときの新歓期です。ここで上級生の男子ならほぼ確実にモテます。
モテないのはよほどダメなのか、あるいは女子の少ないサークルに所属してしまったがためでしょう。
このチャンスだけは逃さないほうがいいと思いますよ!

大学生(20代)のときの経験、特に恋愛経験はその後の創作活動にも大きく影響してゆくものなので
けっしておろそかにせず、また諦めることなく作家志望であるならあるほどがんばってみてください。

都知事選からバレンタイン粉砕デモまで~ネットの影響力

大雪と都知事選も終わり、きょうは2月13日。あしたはバレンタインデーです。
きのうは今年も渋谷で『バレンタインデー粉砕デモ』が革命的非モテ同盟の主催で開催されました。
ちなみに参加者は16名で、そのうちのひとりが私でした。
しかもちゃんと警察に申請したデモなので警察の先導車輌や警官も寒い中、警備してくれました。
写真や動画は検索すれば見つかるので、興味ある方は探してみてください。

さて私はというと、ここ最近ブログも更新せずになにをやっていたかとうと、まあサボっていたわけですが
ただサボっていただけではなく、都知事選当日には家入かずま選挙事務所にちょっとだけ行ってみたり
20:00の選挙終了時には田母神としお支持者の集まっている会場へと足を運んでいたりしたんですね。
当選の見込みがそもそもない家入事務所は投票日当日には撤収作業にはいっていましたが
田母神陣営は熱烈な支持者の集まるなか熱気に包まれていました。
が、開票速報ですぐさま出口調査により舛添当選が流れてしまいましたが……
会場にいた田母神支持者は結構年代は幅広かったのですが、女性の年齢層は比較的若く男性は高齢層が目立ちました。
もしかしたら若い男の子ってほとんどいなかったんじゃないかと思います。
マスコミがイメージするようないかにも「ネトウヨ」っぽい青年というのはいませんでした。
なので落選が伝わったときには本気で泣いている女性の姿が何人もいたのが印象的でしたね。
逆に家入事務所のほうは男性はかなり若い人が集っていましたね。そして女性のほうが男性よりも高めかなと。
本当は宇都宮けんじ選挙事務所にも行ってみたかったのですが時間的に断念しました。
やはり選挙は開票時にだれか(特に支持している候補)の事務所にいるとおもしろいのでおすすめです!

今回、私が注目していたのはネットの反響がどのくらい実社会に反響するのかというものでした。
日々ネットの力が大きくなってきている昨今、実際に投票という行為をともなう選挙において
ネットの意見はどのくらい反映されるのか、とてもわかりやすい指標になると考えたのです。
いろいろと年代別の投票動向などがすでに発表されていますので、その詳細については割愛しますが
結果として現段においてネットの声は実社会においては大勢を変えるほどの影響力はないということです。
ネットでは舛添候補のネガキャン一色でしたが、実際は圧勝ともいえるほどの大差でした。

しかしながらマスコミ的には中盤までドクター中松と同列の泡沫候補としてあつかわれていた田母神候補が
結果4位ながらも組織票なしに60万票も獲得していたのでまったくの無力でもありませんでした。
田母神支持層は30代、40代に特に厚く、投票率が極めて低いながら20代も比率的には高かったようです。
逆に舛添支持層は60代以降のいわゆるネットを活用しきれていない層に集中しているのでした。
年寄りほど人口も多く投票率も高い選挙においてはまだまだネット言論は少数派でした。
とはいえ、いわゆるネトウヨの中心層は30代後半をピークとしているので、あと15年もすれば
選挙において主流となってくるのは田母神候補のような新保守勢力になってゆきそうです。

一方で宇都宮候補のような左翼候補を支持する人たちも意外と若い人に多くなっているようです。
戦後直後から日本共産党が在日朝鮮人を雇って死人がでるほどの暴動を頻発させていたり
内ゲバで殺しあったり、総括と称してリンチで仲間を殺していた学生運動の記憶のある年配層においては
共産党や共産主義というのは活動当事者以外には忌避すべきものとして脳内にすりこまれていますが
若年層では勢力的に弱くなり、庶民迎合の政策を打ちだす共産党や社民党しか知らないようで
いわゆるリベラル的な思想の人たちに受け容れられているようです。
とはいえ過去の都知事選から見て共産党推薦候補の上限は100万票弱で、ほとんどが組織票だとわかっていますので
組織票の強さはありますが勢力としては田母神支持層とさほど変わらない程度のようです。
さらに街頭演説で動員されていた党員たちを見ると高齢化は隠せず、年を経るごとにどんどん減っていきそうです。

ネットの声の大きさは実際の人数ではなく単に発言する頻度だということは、
ツイッターなどで頻繁に見かける脱原発派が実際にはかなり少数だということでもわかっていますが、
それでもそれなりの勢力として実社会にも影響をおよぼしつつあることがわかってきました。
まだ全年代でネットは活用されていないため、まだ新聞やテレビのマスコミの影響を強く受ける世代は多いわけですが
これも時を減れば徐々に変わってゆき、20年も経てば一変してしまうと予想しています。
このような全体を動かしてゆく潮流は変えられないでしょう。

また全体の流れだけでなく、バレンタインデー粉砕デモといった、言い方は悪いですが些細な主張というのは
ネットが普及する以前はまったくもって世間に伝わらなかったし参加者も集まらなかったでしょう。
ですがネットにより全体の中にわずかにしか存在しない少数派でも集まってゆき、これを主張する機会が増えてきています。
都知事選終了直後、私も田母神陣営から外山恒一陣営(前々回の都知事選で「政府転覆」を主張した人)
の集会に6年ぶりに顔をだしてみましたが、今回、外山氏は立候補していないにも関わらず、
なんだかんだ毎夜20人くらいが集まって酒を酌み交わしていたそうです。

全体を覆す大きなうねりとしての影響、少数派が結束してゆく影響をネットは実社会に確実におよぼしつつあります。
まだ世間一般ではその動きを目の当たりにすることは少ないですが、少しアングラ、サブカルまで下りてゆくと
興味深く観察することができますので、いろいろと参加してみて経験してみるのもおもしろいと思いますよ。
そして、そこで思わぬ出会いや交流もできたりしますので、おすすめしておきます。

美少女好きは人生で損をするという話

みなさんは美少女は好きですか?

そう問いかけられて否定する男子は少ないでしょう。
しかし美少女好きというのは人生で損をしてしまうと聞いてもまだ美少女にこだわりますか?

その昔、私がまだ子供だった時分は、学校のクラスで男子が好きな女の子というのは
たいていクラスでも1番2番のかわいい子に集中していたものでした。
もうね、5番手6番手の子なんて異性として眼中にないってな感じでして
いわゆるみんながみんなマドンナ的な女の子に憧れていたんですね。

ところが最近はそうではなくなってきました。
男子も賢くなりまして、分相応というのをわかってきたんですね。
だれもが1番人気のかわいい子とつきあえるわけではないということを。
妥協というと言い方はわるいですが、昔なら見向きもしなかったそこそこかわいい子、普通の子と仲良くなって
そのまま付き合ってしまうということが多くなってきました。
なので小学校高学年や中学生で交際している(いた)という人も割合的にぐんと高くなってきているんですね。
そのため男女交際の低年齢化が進んでいるといっていいでしょう。
実際、私が中学生のときに表立って交際してるなんてカップルはまずいませんでしたが
いまの中学生には少なくないカップルがクラス内でも見られるはずです。

ところが非モテ属性の男子、特に中学生の頃だとスポーツの特異でない男子、おしゃれではない男子というのは
残念ながら妥協しようにも相手に妥協されないんですね……マッチングの問題です。
クラスで一番人気のない女子なら口説けるかというと、そういうわけではないですよね?
そのため非モテな人はほどほどの妥協できないので、それならと理想だけはどんどん高くなるわけですよ。
そして、どうせ手が届かないならということで、クラスの女なんか興味ないぜみたいな強がりが昂じて
二次元キャラにいったりアイドルにいったりしてしまうわけですね。
そうなってしまうと妥協知らずで理想だけが高いまま交際経験することなく年齢を重ねてくることになります。

結果としてただでさえモテないのに交際経験がないわけですから異性の扱い方もよくわからないということになってしまいます。
それこそ最新鋭戦闘機に乗った熟練パイロットを相手に旧型戦闘機に乗った素人が戦うような状況ですよ。
勝てる見込みがないというか同じ戦場にちゃんと辿り着けるかどうかさえわからないみたいな感じです。
はなから勝負にならないわけです。

それならばスペック的に旧型機であるのは仕方ないとしても、パイロットの腕でカバーするしかないじゃないですか。
いい腕のパイロットなら新鋭機を優先的にまわしてもらえるかもしれません。いわゆる雰囲気イケメンというやつです。
だからこそ、いつまでも「美少女」こだわりつづけると損をするのです。
非モテな人ほど交際イコール結婚みたいな安直な図式をもっていますが、若いころの恋愛なんて練習ですよ。
はっきり言ってしまえば練習相手にそこまでこだわることはないということです。
練習で金星を挙げることに血道を上げるのではなく、まずは恋愛の駆け引きや手管を習得すべきなんですね。

蓼食う虫も好き好きというやつで、それほど相手の容姿にこだわらなければ相性のいい異性は見つかるものです。
美少女を追い求めて二次元やアイドルにハマるのも求道といえるでしょうが
人生をうまいこと渡っていきたいなら美少女にこだわらずにやっていきましょう。
彼女や彼氏がいて、別腹で二次元やアイドルを趣味にするのもありなんですしね。
そもそも高齢童貞というのも、これだけ守ってきた純血なんだからブスや風俗嬢になんて捧げられない
なんて変なプライドが先になってしまって、どんどんこじらせてしまうのが原因ですから。

もしもあなたが黙っていても女の子が話しかけてくるようなイケメンでない学生なら
美少女にこだわらず、もっと広い視野を持って女の子と交際する道を選ぶべきです。
女性の場合も同じですが、男性と違ってたいていは現実がわかってるんですよね。

かつての長旅のたのしみ

あすから冬コミがはじまります。
都内近郊だけでなく、全国から参加しようという人たちが移動するんでしょうね。
そうでなくても年末年始は帰省やら旅行やらと大移動の季節だったりもします。

さて、今回は昔の長旅のたのしみについて考えてみたいと思います。
昔というのはまだ鉄道が発達していない頃、もちろん高速道路なんかが整備されていない時代になります。
昔の旅というと、ちょっと知ってる人なら東海道五十三次とかお伊勢参りなんかが思い浮かぶんじゃないでしょうか?
そんな徒歩での移動が基本だった時代、旅にはどんなたのしみがあったのでしょうか?
時代劇ドラマ『水戸黄門』の全国漫遊なんかを観ると、その土地々々の風光明媚な景勝などを愛でたり
八兵衛あたりが土地の名物の食べ物を食べたがるのが基本だったりします。
『東海道中膝栗毛』なんかも基本的にそういうふうなかたちで書いてありますよね。

とはいえ、そんなものが果たして心からたのしかったのでしょうか?
そりゃあ、普段見たこともない景色を堪能するのはありですが、所詮は景色ですよ。
現代人からすれば、たいして教養のない人たちにとっては一見すればそれで満足。それ以上でも以下でもなかったはずです。
また土地の名物料理なんていっても旅の路銀がギリギリな人が大半なわけでぜいたくはできないので
正直、今のように名物料理に舌鼓なんてことはあまりないわけです。
名物の団子だとか安価なものもありますが、たいていどこも同じようなものだし格別美味しいわけじゃない。
そういうわけで、今と昔とでは旅の目的とかたのしみ方がまったくちがっていたわけです。

では昔の人はいったい何を楽しんでいたのでしょうか?
単刀直入にいえばセックスでした。当時の貧乏人の娯楽はそれしかありません。
人がふたりいれば男同士でもなんとかなります。戦前まで男色はそれほど珍しいことではなかったですしね。
どうやって楽しんだかというと、宿場の宿屋にはたいてい飯盛女とか酌婦というのがいまして
これらは食事の世話とか酒のお酌をすることもしましたが、それは名目だけのことで実質的には娼婦でした。
ちゃんとした宿屋の代金にはたいてい女の料金も込みになっていましたし、名物料理よりはるかに安かったんですね。
今でいうユースホステルみたいな簡易宿になれば大部屋に雑魚寝ということになりますので
居合わせた男女で寝たふりをしながらも適当にペアを作っては、その夜をたのしく乱交して過ごしたそうです。
そこで気が合うと、その後も一緒に同道したりしていたそうですね。
特に中年女性は積極的に迫ってきたそうで、年寄りより誘われやすい若者のほうが旅の途中でへばってしまうなんてことも。
夏目漱石の『三四郎』でも上京する途上、旅の途中で一緒になった女性から夜の誘いを受けるのですが、
野暮で純粋がゆえに断ってしまうエピソードがあるわけですが、明治の頃も状況は大差ないですから
こうした庶民の常識をふまえてみると、三四郎の野暮ったさや世間知らずさがより際立って感じられます。

旅をする男も女もゆきずりの遊びをもとめていましたし、なによりその土地の者も積極だったことが少なくなかったようです。
よそ者のタネをもらうと幸せになるとか厄祓いできるとかいうことで、旅の男と寝る土地の女も多かったんですね。
たぶん狭い農村だと近親婚になりやすいのを避けるために自然と発生した風習だったと現代では考えられています。
現代の貞操観念からするとギョッとするような風習ですが、一応は理にかなっているんですよね。
行商など定期的に行き交いするような人になると、なじみの女を転々と回りながらということも多かったみたいです。
そういうわけですから旅の途中で娼婦でも素人女でも相手に困ることはあまりなかったようです。
女ならなおさら誘えばたいてい食いついてくるのでより簡単に相手を見つけられました。
非日常的な旅でなくても日常の行動半径内でもいつもより遅くなって夜道が暗くて恐くなりますと
通りかかったマトモそうな男を誘っていわゆる青姦をしてから一緒に家まで連れ帰ってもらうとかままあったようです。

旅の途中の楽しみというのは、そういうこともあって今では新幹線や飛行機で数時間で行けるところを
何日もかけてそういうふうに途中の道程もたのしみながら旅していたのが昔の人の旅でした。
どちらかというと現代人は目的地をたのしみますが、昔の人は旅路をたのしんでいたんですね。
あんまりたのしいんで、路銀の許す限りわざわざ回り道をして旅する人も多かったみたいです。

もちろん旅の途中だけでなく目的地での楽しみもまたセックスが最大の娯楽でした。
江戸時代の観光旅行といえば、幕府の許可の関係上、お伊勢参りと相場が決まっていましたが
お伊勢参りをしますと、そのすぐあとに精進落としとして遊郭にゆくのが当時の定番コースでした。
だからこそ伊勢には古市という江戸の吉原、京都の島原と並び称せられる大遊郭が発展していました。
どんな雰囲気だったかというと、映画『千と千尋』のあの異世界をイメージしてもらえるとだいたい同じです。
あの映画の世界観のモデルとなったひとつが古市の遊郭(跡)でしたから。

だいたいこのような環境は戦前まではそこそこ残っていて、鉄道の発達にともない宿場が衰退してゆき
ついに昭和30年代にはわずかに残る程度まで衰退したようです。今もあるのかどうか私は確認はできてません。
こういう時代もあったということを知っていると、出会い系で即セックスとかオフパコとかかわいいもんだと思うわけです。
かつて日本というのは巨大なヤリサーの集合体だったわけですからw

腕時計が欲しくていろいろ考える

なんとなく腕時計がほしいなと思ったわけです。
それで、つれづれにいろいろと自分なりに考えてみたことをまとめてみます。

まず現在の腕時計は大別して4種類に分類することができるでしょう。

【1】オートマチック
ゼンマイで駆動する機械式の中でも、装着中の手の振りで自動的にゼンマイが巻かれるタイプ。
もっとも古い機構ながら高級腕時計の多くで採用されている。

【2】クォーツ
セイコーが世界で初めて実用化させた水晶発信器と電池の電気で駆動するタイプ。
機械式よりも精度が高く、部品も少ないいので故障しにくく価格面も安価に抑えられる。

【3】デジタル
時を刻む方式はクォーツと同じ水晶発振器と電池だが、表示方法が液晶画面のタイプ。
アナログ表示のクォーツ時計よりもさらに故障しにくく安価に提供できる。

【4】電波ソーラー
クォーツ時計を改良型で、必要な電力をソーラー発電で賄うことで電池交換を不要にし、
さらに定期的に標準電波を受診することで時刻の誤差を修正する最新式のタイプ。
現在では比較的リーズナブルな価格帯でも提供できるようになった。

以上の4タイプの時計には、それぞれメリット、デメリットがあると思うわけです。
その中でも使い捨てではなく長く愛用することを前提で考えてみると、
デザインや機能面だけでなくメンテナンスや修理のことも気になってくるわけです。
ソーラー時計なんかは電池交換なしに半永久的に駆動するようなふれこみで売られていますが
実際に使用するとなると、光発電した電力を蓄電する二次電池が内蔵されているわけで、
電池である以上わずかずつですが経年劣化してゆくことは避けられないんですよね。
他にもアナログ表示の場合は歯車などの摩耗や潤滑油の酸化劣化などもあって
最高の状態で使用するならば5,6年ごとにメンテナンスが必要らしいんですよね。
オートマチックの場合も5年に1度はオーバーホールで分解清掃が必要なので、
費用的には割安かもしれませんが最新の電波ソーラーでもそれほ優れてはいないようです。

あとは機械式の場合、メーカーの保守期間が終了してしまって部品が手に入らなくなっても
どうにか腕のいい時計職人に部品を自作してもらえるので修理の可能性は高いようです。
クォーツになると電気的部品は自作できないので、メーカーが打ち切ってしまうとそこまでですし
デジタルの場合、壊れにくいし頑強ですが、液晶画面の寿命があるので実は数十年単位で使うことはできません。
もともと世代を超えてまで使うことを想定していないので、それでいいんでしょう。
しかし高級クォーツでも生涯修理対応しているメーカーもあったりします。

そうすると機械式のほうがよいような気もしますが、精度のほうは限界があり、
クロノグラフなど複雑になるほど部品数も多くなってどうしても故障もしやすい構造になっています。
定期的なメンテナンスを怠ると壊れてしまう確率も高まるのでランニングコストは高いですね。
その点、クォーツなら月差15秒といった誤差で作動し、電池交換も3年くらいは持つわけで
機械式よりもメンテナンスとか余計なことを考えず、かなりぞんざいな扱いにも耐えられます。
まあ、高級クォーツには年差20秒とかいった製品もありますが構造が複雑かつ繊細なため
電波時計が登場した現在となっては故障確率を高めるだけになってしまいました。

数十年単位での使用、定期メンテナンスのしやすさ、修理のしやすさから判断すると
まず液晶画面が寿命でダメになってしまうデジタルは除外されてしまいます。
機械式なら定期メンテナンスの頻度が高く費用もかかりますが、後年になっての修理の可能性は最も高い。
クォーツや電波ソーラーなら定期メンテナンスは低頻度で安上がりですが、百年後に修理可能かというと
たぶんいろいろな電気的電子的部品の調達が不可能になってしまうので、まず無理でしょう。

私の場合、いくら高級品でも数十年も使えればいいと思うし、そこまでの価値ある時計は買わないので
定期メンテナンスに悩まされないクォーツかソーラー電波がよさそうかなと思うのです。
また電波ソーラーも10年、15年に一度は二次電池の交換やメンテナンスが必要だし
まだ登場して間もないタイプでありますが、ソーラーパネルもどのくらい持つのかまだ未知数で
デジタルの液晶画面よりは長寿命かもしれませんが時計本体よりは長持ちしそうにないのも気になるところ。
そうなると普通のクォーツのほうが意外といけるかもしれませんね。シンプルなら故障も少ないでしょうし。
数年おきの電池交換のとき、ついでに潤滑油を注すこともできるので時計にもやさしそうですし。
ただ個人的に秒針の動きはクォーツのカチカチより機械式のチチチッと動くほうが好みなんで
その点だけがクォーツに対する不満なんですよね。
クォーツでもできないことはないそうですが、あっという間に電池がなくなるそうです。

まあ、宝飾品や工芸品として考えた場合、割りきって5年、10年と中期スパンで効率よく使う場合など
どこに重点を置くかといった場合で評価はまたがらっと変わってきます。
前者ならブランドのオートマチックがいいだろうし、後者なら電波ソーラーがいいんでしょうね。
とはいえ具体的にどんな時計がほしいかは未だよくわかっていないのでした。

ちなみにいま私が使っている腕時計はというと、精密な星座盤(文字盤部分)が回転する天文時計が2つと
中堅海外ブランドのクロノグラフが1つで、合計3つを気分で使いまわしています。
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